第四十五話 ありがとう……?

 午後の授業もひめはずっとひざの上に座っていた。

 もうみんな見慣れたのか、ジロジロとみられることは減った気がする。時折視線を感じても、みんな優しい目をしているので次第に気にならなくなった。


 どうしよう。クラスメイトに『子供好き』と認識されているかもしれない。

 もちろん清純な意味ではなく、不純な意味で。


 それについては困っているのだが、実害がまったくないので否定する気力は出てこなかった。

 そんなこんなで、放課後になって。


「陽平くん、実は昨日に続いて今日も用事がありまして……帰らないといけません」


 ひめが残念そうな表情でランドセルに教科書などを入れて帰宅準備をしていた。


「本当はもっとオシャベリしたかったです」


 寂しそうな顔でそう言われると、ついつい引き留めたくなってしまう。

 しかし用事があるのであれば、仕方ないことだろう。


「その分、明日またたくさんオシャベリしよう」


「はい、もちろんですっ。それではさようなら……の前に」


「ひめ? どうかした?」


「陽平くん、ちょっとかがんでもらってもいいですか?」


 彼女はいったい何がしたいのだろう?

 とりあえず断る理由もないので言われた通りにかがんでみる。いつもは胸あたりにあるひめの顔が今は顔の前になって、ちょっと不思議な感じがした。


 幼いながらに、顔立ちがすごく整っている。今は愛らしさの印象が強いかもしれないが、数年も経てばきっとものすごい美人になるだろう。


 そう思わせるような美少女が何をするのかと見守っていると――ひめは急に、背中に両手を回してくっついてきた。

 

『――ぎゅ~』


 いわゆる、抱擁だった。


「えっと……ひめ?」


 正直なところ、無言で抱きしめられて動揺していた。

 ぷにぷにの感触と、ほのかに高い体温と、太陽とミルクが入り混じったような甘い匂いを感じて、更に困惑が増していく。


 なんで俺、抱きしめられているのだろう?


「わっ。抱きしめられてる~」


「星宮さん、なんかぎゅーってしててかわいい!」


「あの男子すごいね……本物だね」


「でも純愛だからセーフなんでしょ」


「そうだね、セーフだね~」


 しかもクラスメイトの前で、俺は何をされているのだろうか。

 そしてクラスメイトまでどうしてそんなに寛容なんだろう?

 生暖かい視線にさらされながらも、ひめの抱擁に俺はしばらく動けずにいた。


 時間にして、十数秒くらいの出来事。

 決して短いとは言い難い時間抱きしめられた後、ようやくひめは抱擁を解いた。


「これで明日まで我慢してください。ロリコンさんの陽平くんには物足りないかもしれませんが」


 ……ああ、そういうことか。

 ロリコンの俺が暴走しないよう、ひめが満たそうとしてくれていたらしい。

 献身的でいい子だなぁと思う一方で、勘違いされていることがやっぱり複雑だった。


 えっと、こういう時なんて言えばいいんだろう?

 否定的な言葉を使うと、抱擁が嫌だったと思われるかもしれない。それは本意じゃないし、むしろひめの思いも行動も嬉しく感じているわけで、だとするなら――この言葉が一番適切な気がした。


「――あ、ありがとう……?」


 感謝。無意識に紡いだその言葉に、ひめは満足げに大きく頷いた。


「どういたしまして、です。えへへ……陽平くんとハグしちゃいました♪ 今日はすごく幸せな一日になった気がします」


 というか、俺以上にひめが喜んでいるように見える。

 好意的な言動に気付かないほど、俺は鈍感ではない。だからこそ、彼女の気持ちも理解しているので……ロリコンと勘違いされても、まぁいいやと思ってしまうのだった――。

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