第5話【ダンピール】1

 二人で屋敷に着いたのは結局夜になってからで、エヴァと入れ替わっていたメアリーには心底心配された。抜け出したのを知っている彼女にだけクライムのことは省き吸血鬼に襲われ遅くなったと説明した。

 

 帰る道中エヴァもクライムも無言だった。

 なんて声をかければいいのかわからなかったから。


(まさかクライムが……吸血鬼だったなんて……)


 正直とてもショックだった。エヴァの騎士に就けられてからずっと一緒にいるが、昼も夜もほぼ一日中一緒にいたのに全く気が付かなかった。

 太陽光は平気そうだし、エヴァと同じように普通の食事をしていた。

 唯一の違和感も、他の騎士の誰よりも優秀で強いことくらい。


(それがつまり……そういうことだったのかしら)


 エヴァの知らないところでいつの間にか特別な吸血鬼に咬まれ、変異していたのだとしたら。


 あの時、吸血鬼を倒したクライムはゆっくりとエヴァに近づいた。

 いつもなら頼もしいはずの差し出す手に恐怖を感じてしまい、思わず後ずさる。


 それを見たクライムは一瞬傷ついたような顔をして――。


『クライムっ……違うの、これは』

『いえ……怖がらせてしまい申し訳ございません』


 目を逸らした彼の横顔は寂しそうで、エヴァは彼を怖がってしまったことに罪悪感で胸が締め付けられた。

 

(あなたは私を守ってくれたのに……それなのに私は……)


 それでも恐怖は拭えない。カタカタと震える身体が言う事を聞いてくれない。

 二人とも無事で良かったという安堵と、目の前の絶大な信頼をおいていた相手が吸血鬼だったというショック。

 でもクライムは、普通の吸血鬼とは違う。

 わかってる。何も変わっていないだろうことが。


『明日、旦那様が帰宅されたら報告致します。おそらく私は処分を受けるでしょう』

『! そんな……っ』

『こうなったのは全て私のせいです。それに自分が吸血鬼だったことも……初めて知りましたし、このままお嬢様のお傍にいてはいけない』


 そう言って寂しそうに笑った後、避難していた馬を連れてきて優しくなだめた。

 エヴァが何も言えないでいると、失礼致しますと馬の上にひょいと乗せられる。

 

『早く帰らないとメアリーが心配してしまいますので、少しの間だけ我慢して下さい』


 自身も後ろにまたがると、エヴァの身体が恐怖と緊張で固くなっているまま無言で馬を走らせた。

 なるべく身体が触れないようにエヴァを抱え込み、ただひたすら前だけを見て。


『俺は…………化け物なのでしょうか…………』


 数日前の彼の言葉を思い出す。

 今ならもう”そんなことない”と言えなかった。

 昨日までの自分なら迷いなく言えたかもしれないのに。

 

(あなたは吸血鬼になってしまったの? それとも――)


 不安と疑問と恐怖と、確かな安堵に包まれながら夜道を駆けていった。


 

 

◆ ◆ ◆



 

 汚れた身体を洗い流してから寝た翌朝、父であるエイブラハムが帰宅したので二人で父の待つ執務室に向かい報告をした。


 「……ひとまず分かった」


 神妙な面持ちで考え込む父、エイブラハム伯爵は、深いため息をつきながらエヴァとクライムから事の顛末を聞いた。もの凄く怒られることを覚悟していたエヴァは少しだけホッとする。

 クライムは自分がこれから処分を受けるかもしれないというのにいつもどおり無表情のまま淡々としていた。

 そんな彼を見てエヴァは心が痛くなる。


(クライムを処分なんてさせない……怒られるのは私だけで十分よ)


 例え彼が吸血鬼だったとしても、怖いと本能が言っていてもまだ分からないことが多い。

 それに確かなのは、クライムはエヴァを自分の意思で助けてくれたという事実。

 今だっていつもどおりのクライムだ。きっと彼は普通の吸血鬼とは違う。


 そう考えていると、エイブラハムはおもむろに立ち上がり背後のカーテンと窓を思いきり開けた。

 初夏の太陽の光と優しい木々の香りが風にのって室内を巡る。


「クライム、こっちに来い」


 呼ばれた彼はすぐに傍へ向かう。

 窓から差し込む眩しい太陽の光がクライムの身体を照らしたが、彼は特に眩しそうにするでもなく静かにたたずむ。

 

「やはりな……」

「お父様、これは?」


 つまりどういうこと? という疑問を口にする前にエイブラハムは答えた。


「クライムは半吸血鬼、ダンピールだ」

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