第3話【初めての遠出、王都のお祭りへ】2★
人が良さそうな女性の後に続き路地裏へ入って行く。
するとすぐにポツ、ポツと雨が降り出したかと思ったら、ザアアという音と共に勢いよく降ってきてしまった。
遠くでゴロゴロと鳴る雷。エヴァの嫌いな音だ。
「お嬢ちゃん走れるかい!? 曲がり角に酒場があるからそこまで走るよ!」
「は、はい!」
ばしゃばしゃと雨の中走る二人。
テラスが解放された大衆酒場に到着すると、同じように雨宿りする者や客で賑わっていた。
「ふー……酷い雨だねぇ、せっかくの祭りだっていうのに」
「そ、そうですね……」
なんとか到着したが全身びしょ濡れになってしまった。
帽子をかぶっていなかったらもっと酷かったかもしれない。
「あたしは荷物を置いて来るからここでちょっと待ってな。正門まではすぐそこなんだけどこの雨じゃねぇ。その間に止んでくれりゃいいが……」
ブツブツ言いながら女性はカウンターの方へ向かって行った。
エヴァはドシャ降りの空を見上げ憂鬱な気分になる。
(この雨の感じ……まるであの時のよう……)
はぁ……とため息をついて嫌な気持ちを吐き出す。
お店の時計を見たところまだ日が沈む時間帯ではないが、刻一刻と近づいてきている。分厚い雲に覆われて今は太陽が見えない。
とはいえ完全な夜ではないので吸血鬼が現れるとは思えないが不安は拭えなかった。
(私のせいでまた迷惑をかけてしまったわ……――帰りもこれじゃあ夜になってしまいそうだし……)
不安に思いつつ一人で猛省していると、視界の端に黒い影がひとつ。
「止まないですね、雨」
突然その黒い影に話しかけられ驚いて顔を向けると、そこには黒いコート、手袋、ブーツ、シルクハットと全身黒づくめの紳士が一人立っていた。
どうやらエヴァに話しかけたらしい。
★挿絵
https://kakuyomu.jp/users/yadorisan/news/16818093083549211328
「失礼。突然話かけて驚かせてしまいましたね。貴女はこの雨が止むのを待っているようでしたのでつい」
「え? は、はい……、その……そうですね」
戸惑いながら慌てて返事をするエヴァにくすりと笑みを向ける紳士。
美しい長い金髪に白い肌、赤い瞳の若い男性だった。
赤い、瞳――――。
ゾクリ。
全身に駆け抜ける嫌な予感。なんでだろう。吸血鬼の赤い瞳を連想させるから?
でも今は太陽が隠れているとはいえ日中のはずだ。彼は違う。
だって、吸血鬼は夜しか活動出来ないのだから。
戸惑っていると、彼は気にした様子もなく話を続ける。
「これを。貴女の帽子から落ちるのを見掛けたので拾いました」
「あ」
差し出されたのは先程お祭りで貰った花冠。
雨に濡れているが美しいままだ。
「あ、ありがとうございます」
急いで走っていたので落としたことに気が付かなかったのだろう。素直に礼を言いながらぎこちない笑顔で受け取る。
彼はそんな態度のエヴァに気にせずニコっと笑い返した。
(赤い瞳だからって警戒しちゃったけど……失礼よね)
人畜無害そうな笑顔に緊張を緩めほっとした。
「ああ……お迎えが来たようですよ」
「え?」
視線を追うと、全身びしょ濡れのクライムがこちらに向かって走って来るところだった。
「クライム!」
エヴァは嬉しい気持ちになると同時に、こんなにびしょ濡れになるまで探し回らせてしまい申し訳なく思った。
「お嬢様! 良かった……ご無事で!」
「はぐれてしまってごめんなさい。こんなになるまで探してくれてたのに……」
そう言ってハンカチを取り出しクライムの冷たい頬を拭う。
「私は大丈夫です。それより早く帰りましょう。風邪を引いてしまいます」
「ええ。あなたも早く帰って温まらないと……あ」
す、と静かにこの場から去ろうとする黒づくめの紳士の背に、ありがとうございましたと声をかける。
彼はピタっと止まり少しだけ振り向いた。
「ええ…………いずれまた…………」
クライムの目が見開かれる。
ドクン――――と跳ねる心臓。
「……ぐっ」
急に頭を抱えるクライムに驚くエヴァ。
「クライム!? どうしたの、大丈夫!?」
「…………大丈夫です」
息を整え顔を上げると、既に黒づくめの紳士はいなかった。
(あの男……どこかで――――)
「ちょっと待っててクライム。ここまで送ってくれた女性にお礼を言ってくるわ」
そう言って酒場のカウンターにいる先程の女性に挨拶を済ませたエヴァはすぐに戻ってきて、行きましょと声をかける。
「お嬢様、隣に並んでいた黒づくめの男性は……」
「え? ああ……赤い瞳が印象的な、親切な方だったわ。ほら、この花冠を拾って届けて……って、あれ?」
帽子にかぶせたはずの花冠を触るとくしゃ、という音がしたので見たらなんと――枯れていた。
「嘘……だってさっきまで綺麗に咲いてたのに」
「……吸血鬼……」
クライムが信じられないことを口にした。
「で、でもまだ一応昼間よね? いくら太陽が隠れているからって……」
「はい……。ありえないです」
では一体どういうこと?
益々混乱する頭で考えても今は時間が惜しい事に気が付いた二人は、答えの出ないこの現状を一旦置いといて急いで正門に向かう事にした。
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