8、主役はわたくしよ

 楽団がゆったりと曲調を変えると、遠くの席でユスティス様がアミティエ様を誘ってダンスフロアに移動するのが見えました。


「よし、君の料理で俺の頑張る気力が回復したから、ここはひとつ、兄上たちに対抗しよう」

「気力が回復なさったのはなによりですが」


 オヴリオ様は張り切ってわたくしにダンスの誘いをくださったのですが。


 ――とても残念なことに、わたくしは運動音痴……。


「知ってる」

「!?」

 心の声を読まれたように、オヴリオ様がぱちっとウインクするではありませんか。 

 

「君は何回でも俺の足を踏んでいい! むしろ、踏め! 堂々と踏め!」

「は、はいっ」

「わたくしに踏まれて光栄に思いなさいな、くらいの勢いでいけ!」

「そういうご趣味がおありです?」

「ない」

 

 本当でしょうか? あやしいです……。


「ちなみに、足は好きなだけ踏んでいいが、肌が触れ合うのは……」

「嫌なんですのね、わかっていますわ」

「別に嫌ではないぞ。避けようってだけで」

「さ、さようでございますか」

 

 ともあれ、わたくしは差し出された手に手を重ねてダンスフロアへと移動しました。 

 

「君は、ユスティス兄上とダンスを踊ったことがあるんだ。なかなかお似合いだったぞ」

「まあ、それは光栄ですわね。悪役令嬢っぽかったですか?」

「うーん。悪役令嬢っぽいダンスってどんなのだ?」


 そ、それは難しいご質問ですわね。

 わたくしは首をかしげて、考えました。

 

「……ライバル令嬢を転ばせたりとかでしょうか?」

「ふうん。試しにやってみても構わないぞ? 俺がついているから、誰にも非難はさせない」

「え、遠慮しますわ……」

「君はやりたい放題できる身分なんだ。何事においても、遠慮するな。父上のカツラを取り上げても、罰せられない」

「カツラでいらっしゃいましたか」

 

 わたくし、国王陛下の秘密を一つ知ってしまいましたわ。

 とりあえず、無難な言葉を返しておきましょう。

 

「おしゃれで素敵ですわね。わたくしも、金髪のウィッグをつけてみたいなと思ったことがありますわ」

 おしゃれでカツラを着用される方は、多いのです。


「本当に? では、後日届けさせるからつけてみてくれ」

「え、ええ」

 

 話せば話すほど、おかしな方です。話しやすい方だとは思うのですが。

 

 ……ダンスのリードも巧みで、優しいですし。

 優雅なワルツが流れる中、両手を握って導かれるままに体を揺らすと、足元でドレスがふわふわと揺れています。


「お、お話しながらステップを踏むのは、わたくしには難易度が高いかもしれませんわ」

「ステップなんて適当でいいぞ。誰も笑ったりしないし、文句も言わない。君が楽しいと感じるのが、一番大事だ……好きじゃないけど」

「その毎回つけたすフレーズ、本当になんなんですのよ」

 

「……ははっ」


 オヴリオ様は上から覗き込むみたいに笑って、白い歯をみせました。

 清潔な感じのする笑顔は、ちょっと眩しい感じがします。

 キラキラして見えます。格好良いです。


 でも、ほとんど失恋確定状態の当て馬なのですね……お可哀想に。

 

「なんなら、普通に歩いて向こう側まで行ってもいいんだ。そら、いち、にい、さん」

「あ、わっ、あわっ」

 

 リードにふわふわと体が持っていかれて、淑女の嗜みとして練習させられたステップが自然とでき――「ひゃぁっ」はい、途中でしっかり足を踏みました!

 足を踏んだ瞬間にオヴリオ様は「よいせ」とわたくしを持ち上げて浮かすようにして、床に足を戻してくださったので、わたくしは熟しきった林檎みたいにほやほやと赤くなってしまいました。

 

「いっそ、ずっと抱っこして踊るのもいいな! イチャイチャアピールになるぞ! 好きじゃないけど!」

「いちいち一言付け足して台無しにするのお好きなんです? わたくしも好きじゃないですけど?」

「そうそう、その調子!」

 

 お日様みたいに明るく笑って、オヴリオ様が大胆に手を引いてくれます。

 ちょっと振り回されている感じ。でも、悪い気分ではないのです。

 足元でふわぁ~っとドレスが広がって、ゆったりとしたリズムでダンスフロアを移動していけば、他のペアと一緒にフロアをめぐる回遊魚になったみたい。

 

 

 ――……楽しい。気持ちいい……!

 

 

「次に止まったら、背を軽くそらして『主役はわたくしよ』って堂々とポーズを決めてごらん、メモリア。自信をもって」

 

 名前を親しく呼び捨てにされて、わたくしの胸がドキリとしました。

  

「……主役はわたくしよ」

 呟くと、自分がすごく強い女性になったみたいで、不思議な感じです。

 

「うん。いいね。君が主役だ。一番綺麗だ。世界一だ」

 オヴリオ様はそう仰って、笑ってくださいました。

  

 すまし顔でポーズを決めたら、まるで自分が綺麗なお花になったみたい。

 ダンスが上手な令嬢になったみたいな気分。

 運動してあたたまった身体はポカポカしていて、なんだかとても気持ちがよかったのでした。


 ……でも、わたくしの耳には小声で「好きじゃないけど」って呟いたのがしっかり聞こえていましてよ、オヴリオ様。

 

「楽しかった。ありがとう」

「わたくしも、すごく楽しかったです。わたくし、悪役令嬢っぽかったですか?」

 

「そうだな。正直、悪役令嬢っぽさはあまり感じなかった」

「ふぬぬ、次はもっと頑張りますわ」

「いや、別に頑張る必要はないけど……可愛かったし。好きじゃないけど」

 

 ……また仰ってますわ。

 

 ダンスを終えてお互いに礼をすれば、フロアを照らす照明がまぶしくて。

 笑みを交わすオヴリオ様の白銀の髪が光の糸を紡いだみたいに幻想的にみえて。

 とても素敵な思い出がつくれた気がして、わたくしは「帰宅してから日記にこのことを書かなくちゃ」と思ったのでした。

 

 ――忘れてしまったら、悲しいですもの。

 

 せめて自分が忘れても、こんな出来事があったのだ、と日記に残したいと思ったのです。

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