第24話 副作用、或いは
(熱い……体の熱が治まらない。これも剣気の副作用か? 着替えを持って庭園で水浴びでもしてくるか……)
ぼやける頭でそんなことを考えながら、レニーは自室へと続く廊下を歩く。
城内各所に立つ警護の騎士はレニーの姿を見ると驚いた顔を見せたが、何があったかを察しているのか声を掛けてくることはなかった。
(我ながらひどい有様だ。こんな姿、あの方には見せられ……)
自室まであと数歩というところで、レニーの足が止まる。
廊下の先、曲がり角の向こう側に隠れながら顔をちらりと出してこちらを覗いているアレクシアを発見してしまったから。
彼女はレニーの姿に気づくと、さっと姿を隠した。
(何をやっているんだあの方は……可愛い……)
徐々に落ち着いていた心臓が、再び激しく動き出した。
だが先ほどとは違い、ふわふわとした甘い感覚が全身を包んでいる。
「アレクシア嬢」
そう声を掛けると、彼女はひと呼吸置いて廊下の角から出てきた。
先ほどとは違う、簡素なワンピースにショールという服装。普段と違ってサイドの髪を結い上げておらず、すべて下ろしていた。
どこかあどけない、無防備にも見えるその姿に、レニーの心がざわめいた。
「レニー様。そのお怪我はどうなさいましたの」
「たいした傷ではないから心配いりません。それよりも、こんな夜更けにどうなさいましたか。俺に何か御用が?」
言いながら、彼女に近づく。
ちらりと振り返ると、近くで警護していた騎士は気を利かせたのか、廊下の角を曲がって姿を消した。
「手紙をお渡しした後、レニー様がお部屋から出て行ったようだとメリンダから聞きました。もしかして手紙に良くないことが書いてあったのでは、余計なことをしてしまったのではと」
「俺を心配してくださったのですか。うれしいです……とても。手紙には感謝の言葉などしかありませんでした。救われた気持ちです」
「それならいいのですが……」
彼女の心配そうな視線が、腕の包帯やあちこち赤く染まったシャツに注がれる。
「本当に心配いりません。父と修業をしていただけで、怪我はよくあることです」
「……」
「それよりも」
もう一歩、アレクシアに近づくレニー。
アレクシアは驚いた顔でレニーを見上げた。
「こんな夜更けにメリンダも連れずお一人で歩いてきては、いくら城内といえど危険です。あなたはとても美しいのですから」
白い頬がさっと赤く染まる。その
入浴を済ませた後らしく、艶やかな髪からはかすかに甘い香りがした。
手を伸ばせば届く距離。触れたい、という欲求が唐突に頭を支配する。
そうしてしまわないように、強く拳を握った。
「辺境伯子息の婚約者におかしな真似をするような輩はこの城内にはいないと信じたいところですが、あなたの美しさに理性を失う男がいないとは言い切れない」
「迂闊な行動をしてしまいましたわ。恥ずかしく思います。……ところで、シャツのボタンをもう少し……」
そう言われて見下ろすと、たしかにシャツのボタンを上から二つほど開けており、胸の真ん中あたりまで露わになっていた。
「レディの前で失礼しました」
ボタンを片手で留めつつアレクシアに視線をやると、彼女は目をそらして赤くなっていた。
普段は凛としているのに、時折こうして純情さを見せる。そんな彼女を見るたび、レニーの胸は高鳴った。
今も苦しいほどに心臓が激しく動いている。
「わたくしはこれで失礼します。どうか怪我の手当てをなさってくださいませ」
「だいたい済んでいます。部屋までお送りします、アレクシア嬢」
「入浴や着替えなどなさりたいでしょうし、お気遣いなく」
「俺がお送りしたいんです。どうか」
「……わかりました。ありがとうございます」
二人並んで、アレクシアが使っている客室に向かって歩く。
それだけで、レニーは幸せを感じていた。
(こうしてずっと彼女の隣にいられたら、幸せだろうな。本当に第一王子殿下の気が知れない。こんなにも美しく優しい女性を自ら突き放すなんて)
幸せな時間はすぐに終わり、彼女の部屋の前に着いた。
ありがとうございました、と礼を言う彼女を見つめていると、先ほど頭の奥に追いやった欲求が再び顔を出す。
(離れたくない。このままずっと一緒にいたい。触れたい……せめて髪に触れるだけでも。……だめだ、やはり今日の俺はおかしい。これも剣気の副作用か)
じゅうぶんに冷静になってから訓練所を出たつもりでいたが、まだ足りなかったのかもしれないと思う。
「アレクシア嬢。俺はしばらく修行の日々が続くと思います」
「そうなのですね」
「その間……今日のような時間に俺を見かけても傍に寄らないでください。訓練の後の俺は、おそらく普通ではないと思います」
「……? 承知いたしました。レニー様を困らせるつもりはないので、そのようにいたしますわ」
「こちらの都合で申し訳ありません。俺は……」
言いかけた言葉をなんとか飲み込む。
アレクシアが不思議そうな顔をした。
「いえ……なんでもありません。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
彼女が部屋の中に入ったのを確認してから、来た道を引き返す。
動悸はしばらく収まらず、レニーは頭を冷やすために庭園で何度も水をかぶった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます