第42話

「あ……」

 へたくそな絵が描かれている。

 ふっと笑ってしまう。


 リンクル殿下が12歳のころだったろうか。弟の第二王子の誕生日が1か月後に迫ったある日のことだ。

「いいことを考えた!誕生日に絵本を送ろうと思うんだ!シャリナ手伝ってくれ!」

「え?絵本をですか?誕生日が来ると5歳でしたよね……私が手伝うよりも、殿下が選んで差し上げた方が喜ぶのではないですか?」

 殿下が首を横に振った。

「選ぶんじゃない、作るんだ。せっかく外国語を習っているんだ。我が国の絵本を外国語に直した絵本を作って贈ろうと思う。そうすれば絵本も楽しめるし、外国語の勉強にもなるだろう?」

「まぁ!なんて素敵な贈り物でしょう!私は何を手伝えばいいかしら?訳せばいい?」

「それは、俺がやる。シャリナには絵を描いてほしい」

 そりゃそうか。外国語の勉強のためには殿下が訳した方がいい。

 それにしても、私が絵を?

 私は、殿下が訳した言葉のチェックを手伝うとかではなく、絵を描くの?

 殿下が選んだ絵本は、王子が世界を亡ぼすドラゴンをやっつけるストーリーのものだった。

 殿下が翻訳を頑張っている間、私は我が国の絵本の挿絵を見本に、四苦八苦しながらドラゴンの絵を描き上げた。

「なんだこれ?牛は出てこないぞ?」

「牛ではなく、ドラゴンです」

 う、牛……!せめてトカゲと言われるならまだしも……!1時間かけて描いたドラゴンの絵が牛……!

「はぁ?これのどこが……あ、ドラゴンの角のつもりか?牛の角じゃなくて?え?この背中の模様みたいなのが、羽?」

 殿下が眉に皺を寄せる。

 そんなにひどいかな?

「ぷはははっ」

「わ、笑うなんてひどくないですか?一生懸命描いたのにっ!」

「いや、違う、そうじゃない。シャリナにも苦手なものがあったんだなと思ったら……賢くてなんでも知ってて……なんでもできると思ってたのに……!」

 思わず頬を膨らませて抗議する。

「できない事はたくさんありますよ。乗馬はできても御者はできないし……殿下のように剣を振ることもできませんよ」

 殿下は私の顔を見て笑うのをやめた。

「ほっぺた膨らんでるぞ?」

 殿下が私の頬を両手で挟んだ。

「ちょ、殿下っ」

「子供みたいだな」

「どうせ、子供みたいな絵しか描けませんよ」

「すね方が子供みたいだ」

 嬉しそうに殿下が笑った。

 くっ。誕生日が来て私が成人したことが気に入らないのかな?子供みたいな姿を見て楽しいのかな?

「殿下の方こそ、レディに向かってこのような態度は子供みたいですよ?」

 私の頬を挟んでいる殿下の手を取って引っぺがす。

「こ、子供じゃなくたって、するだろ?ほ、ほら、なんか、そういうの劇で見たぞ」

 劇?

 何度か見た劇で、大人がほっぺを手で挟むシーンなんてあったかな?

「あっ!」

 恋人同士がキスをするシーンとか……。確か、そんなのあったかも……!

 真っ赤になって早口で殿下にまくし立てる。

「殿下っ、子供だから許されますけど、もう二度と、レディにしてはダメですよ、これは、その、こ、恋人同士とか特別な間柄の大人がするだけで、普通は大人に対してする行為じゃないですからっ」

 と言ったら、殿下が一度離した手を、再び私のほっぺに当てて、両手で挟んだ。

「殿下っ!」

「ま、俺は子供だから、成人してないしな。構わないだろ?」

「殿下っ!」

「子供っぽいもなにも、俺は子供だからな!まだ、あと5年は子供だ!シャリナが膨れるたびにこうしてやるっ!」

 その時は、いつも皇太子として早く大人になろうとしている殿下が、子供でいるということが嬉しかった。他の子供のように、笑えるならば……と。

 それからもへたくそな絵を何度か殿下に見せたっけ。

「今度こそちゃんとドラゴンに見えるでしょ?」と。



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