その世界に落ちた物語

二条タカネ

廃られた世界と不死の使隷

プロローグ

「………ここ、どこだ?」


 目を覚ますと、見たこともない場所にいた。

 見渡す限りの全てが水に覆われ、建物や障害物は愚か、何もない不思議な場所だった。

 少し辺りを見回してみると、水面の上を見たことのない白い鳥が数羽歩いており、暫くすると一斉に空へと羽ばたいて行った。


「っ?!」


 飛び立った鳥達を追いかけるように空を見上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 空を流れる雲の間から見たことのない生き物がまるで空を泳ぐかのように飛んでおり、その近くを巨大なクジラのような生き物がゆっくりと飛行していた。

 更にその向こうには大小様々な島が浮かんでおり、更に向こうの空にはこことは違う全く別の大陸が存在していた。


「すごい………」


 あまりにも現実離れしたその光景に思わず言葉を零し、自然と頰が緩むのがわかる。

 正直夢を見ているのではないかと疑うほどだったが、何故か、これはと断言できた。

 暫くして空から視線を外し、再び水面に覆われた大地に目を向ける。

 改めて見てみると、水面がまるで鏡のようにもう一つの世界を映し出し、幻想的な光景を見せてくれていた。


 水に映る鏡の世界に暫く見惚れていると、ふとこの水に覆われた大地がどこまで続いているのかと少し気になり、取り敢えず今向いている方向に進んでみようと歩き出す。

 しかしある程度、体感で約30分くらい歩いたが何も変わったものはなく、どこまでも水に覆われた大地が広がっていた。


「ほんとにどこなんだ、ここ?」


 それからまた暫く歩いてみるが、結局変化はなく、それどころかこの光景に少し慣れてきていた。

 途中、最初に見た白い鳥や別の見たことのない鳥などに遭遇したが、それ以外は本当に何もなかった。

 そろそろやめようかと歩みを止め、何となしに瞬きをした。


「っ!」


 次の瞬間、先程まで何もなかったはずの視線の先に、一人の〝少女〟が立っていた。

 間違いなく瞬きをする直前まで誰もいなかったはずだ。なのにその〝少女〟は初めからそこにいたかのように、こちらに背を向けて立ち、少しするとこちらに振り向いてきた。


 その〝少女〟はボロ布のような物を羽織っており、顔もフードのようにボロ布を深く被っているため表情は見えない。しかし口元から下の隙間から垂れるように銀に輝く髪が飛び出しており、それが胸の辺りまで垂れていた。

 こちらを確認した〝少女〟はこちらに向きを直し、ピチャッピチャッと足音を立ててこちらに近づいて来た。

 〝少女〟はある程度の距離まで近づいて来ると足を止め、こちらに目線を合わせるように少し顔を上げ、話しかけてきた。

 しかし………


「え?」


 どういうわけか〝少女〟の声を聴き取ることができなかった。〝少女〟は確かに声を出している。しかし何故か声の〝音〟だけが聴き取ることができなかった。

 するとこちらの様子に〝少女〟が気づき、どこか諦めるように口を閉じ視線を下げ、小さく息を吐くと再び目線を上げ口を開いた。


 また聴き取ることのできない声で話そうとする〝少女〟だが、どうしてか………


『そうか………お兄さん、違うんだね』


 そう、言っているような気がした。


「っ?!」


 次の瞬間、突如下に落ちるような感覚に襲われ、気がつくと水中深くに沈んでいた。

 突然のことに驚くも、水中でありながら呼吸ができることに気づき、そのことに不思議に思うが少し落ち着きを取り戻し、水面へ上がろうと泳ぎ出す。

 しかしどういうわけか上がることができず、それどころか逆に沈んでいた。


 すると次第に意識が薄れてゆき、瞼が重くなってゆく。なんとか耐えようとするが抗えず、次第に意識が遠のいていった。

 あと少しで完全に意識を手放しそうになるところまできた時、ふと水面からこちらを見下ろす〝少女〟と目が合った。

 フードに隠れていたが見下ろす形になったことで見えたようだ。その瞳は虹色みを帯びた綺麗な瞳で、見つめているとその瞳の中に吸い込まれそうになるような、そんな感じがした。


 しかし、何故だろう?

 別にそういう分野に詳しいわけでも、まして得意なわけでもない。

 なのに何故だろう?

 〝少女〟の瞳が、とても深い悲しみと諦めに包まれ、泣いているように見えた気がした………



 ◆◆◆***◆◆◆



「………………ぅん?」


 頬に吹き付ける微風にこそばゆさを感じ、体に触れるチクチクとした優しい感触に意識が目覚めていく。

 薄く目を開くと、視界一杯に広がる青と白いモコモコとしたものが映り込む。それが空と雲であることに気づくのに少し時間がかかった。


「………ここは?」


 少しずつ意識がはっきりとしていき、体を起こす。

 そこは自然豊かに生え渡った、広大な草原の一角だった。

 草や苔で隠れているが、至る所に人工物らしき物があり、少し先に見える高台には大きめの人工物らしき物も見える。


「どこだここ」


 すぐに思い浮かんだ言葉がそれだった。

 こんな場所住んでいる近くにはない。どこか別の場所ならあるかも知れないが、行ったこともないし、見たことも聞いたこともない。

 夢だろうか? 一瞬そんなことを思い、試しに頬をつねってみる。

 ………痛い、どうやら現実のようだ。


「ん? あれ?」


 ふと、何かを忘れているような気がした。

 何がというわけではないが、目覚める前にどこか不思議な場所にいたような気がする?

 しかしどういうわけか、記憶に霧がかかったように思い出せい。


「………なんだっけ?」


 なんとか思い出せないかと頭を捻る。

 しかしどうしても思い出すことができず、暫くして諦め、辺りを見回そうと立ち上がる。

 改めて見回してみるが特に変わったものもなく、あっても変わった花が咲いているだけだった。

 他には何もなさそうなので、少し先に見える高台へと向かうことにした。


 草原を歩いて少しすると、高台まで登れそうな坂道を見つける。坂は少し急だったがなんとか登ることができ、先程見えていた大きな人工物が目の前に現れる。

 それは形が大きく崩れ、元々の形状が判断できないまでになっていたが、なんだろう?

 どこかで見たことのあるような、そんな感じの形状をしていた。

 どことなく、公園にあるような屋根がある休憩所に似ている気がする。


「うわぁぁぁ………」


 大きな人工物を通り抜けた先、高台の向こう側には絶景が広がっていた。

 それは遠く離れた場所からでも見えるほどに大きな街だった。全体の半分ほどが緑に染まっているが、元の形が大きく残されていた。


 その光景は荒廃した未来の世界といった感じで、まるでゲームやアニメの世界に入り込んだような気分だった。

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