第3話 ソウグウ?
「やっぱり総持先生の書くBLはエロいだけじゃなくてエモいのよ。本当にその二つが絶妙な塩梅で両立されてて、まさに匠の業って感じ」
「そうなんだ。すごいねぇ」
「愛も読む?」
「わたし、肌色が多いのはちょっと......」
友香ちゃんがこちらに突き出してくる小説の、過激な表紙を横目で見ながら答える。
こんな会話ができるのも偏に、文芸部の部室にわたしたち以外人がいないからだ。部室棟の二階。先輩たちの残した蔵書が本棚に収まりきらないくらい、四方八方に散らばっている、そんなひっそりとした部屋。
遠くから聞こえる運動部の掛け声、吹奏楽部の演奏。そして隣接している体育館からは、シューズが床を擦る甲高い音。れんもきっとその音の一員だ。
そして、隣の体育館でれんが練習を頑張っている中、わたしは友香ちゃんのBL談義に耳を傾けている。
お母さんの仕事の帰りが早い日は、ご飯の準備をする必要がないから、こうして友香ちゃんと文芸部の活動をする。といっても、部員はわたしたち2人だけだから各々で好きな本を読んだり、お互いの好きな本について語ったり、何も関係ない雑談に花を咲かせたり。本当に緩く活動している。
「ぐぬぬ。また愛へのBL布教連敗記録が伸びてしまった」
「けど友香ちゃんもわたしが薦める本読まないでしょー?」
「だって、愛の好きな小説って男男の恋愛も、エロもないんだもん......私どっちかの要素がないと眠くなっちゃって読めない」
「だからお互い様」
その言葉にわたしたちはどちらからともなく顔を見合わせ笑った。
そうしていると、急に友香ちゃんが血相を変えて声を上げた。
「ああ! 今日その総持先生の新刊の発売日だった!」
「そうなんだ。それは大変」
「だからごめんだけど、今日の活動は切り上げて、メイト寄って帰ってもいい? 近場の本屋でも売ってはいるんだけど、メイトの特典がss付きのリーフレットでさぁ」
「いいよ。わたしも早く帰ってお母さんのお手伝いしたいし」
「ありがとう! 愛本当に愛してる!」
そういって友香ちゃんはガバッと抱きついてくる。
「ダジャレなら面白くないよ」
「なんだと〜!」
そうやって戯れているうち、程なくして彼女の抱擁は解けた。わたしたちはテキパキと帰り支度をする。運動部のように着替えたりするわけではないから、読んでいた本を鞄に入れ、椅子を直し、戸締りを確認したらすぐに部室を出る。そして、そのままギシギシと軋むアルミの階段を降りて、部室棟を後にした。
体育館から延びる渡り廊下。傍でポツンと佇む冷水機。
わたしたちは部室棟の敷地から、渡り廊下の入り口へと歩みを進める。すると、体育館から冷水機に向かって、半袖半パン、黒色の練習着姿の集団がたむろしているのが見えた。彼女たちはみんな一様に背がスラリと高かった。そして、その中にはわたしがよく見知った顔もあった。
「あれ、妹ちゃんじゃない?」
友香ちゃんも気づく。
「うん」
わたしは控えめに視線をやる。すると、れんもこちらに気づいたのか、視線と視線が衝突した。
わたしは昔したようににっこりと微笑んで、手をひらひらと振る。しかし、れんは、練習の影響か真っ赤な頬をぷいと横に向けて、わたしの合図に答えてくれることはなかった。れんのチームメイトもそのやりとりに気づいたのか、れんの頭をポコポコと叩いたり、荒々しく撫でたり、仲良さそうに戯れ合っていた。れんは鬱陶しそうにその手を払い退けていた。
そんな集団の中で一人だけ、こちらをじっと見つめる視線があった。わたしとれんの仲を知らないのだろうか? わたしが視線に応えるように微笑むと、その子は会釈をして、視線を逸らした。
「相変わらず妹ちゃんは釣れないねぇ」
「けど、部活のみんなと楽しくやってるみたいで良かったよ」
「あんた本当にどんだけ良い子なのさー!」
また友香ちゃんが抱きついてくる。されるがままになりながら、彼女のエネルギーを受け止めていると、ふと、れんが目を見開いてこちらをじっと見つめているのが見えた。どうしたのだろうと小首を傾げると、すぐに視線は外されて、冷水機へと駆けていった。
わたしは頭に疑問符を浮かべながら、友香ちゃんの抱擁から脱出し、女バスの集団の横を通り抜けて、靴箱へと向かった。
「けど本当に、妹ちゃん綺麗になったよね。もちろん、中学校の頃も可愛くはあったけど、入学してきた時は愛と同じ髪型だったし、人懐っこい感じで、たまに休み時間、愛に顔見せに来たりさ。あの時と比べると、今はすごいクールで知的なべっぴんさんって感じ」
「そうだよねぇ。本当に同じ血が通ってるのか不安になるくらいの美人さん」
「愛もほんわかしててかわいいから大丈夫だよ。顔が良い姉妹、最高! 本当に、あんたたちを見てると兄弟物のBLの解像度が上がるのなんのって」
「すぐBLに結びつけるんだから......」
そんな風に馬鹿話に花を咲かせているうち、靴箱にたどり着いた。苗字が「川井」のわたしと、「高槻」の友香ちゃんはちょうど良い塩梅で、靴箱の位置が隣だ。わたしは少し背伸びをしながら、一番上のスチール製の取手に指をかける。錆びた音と共に扉が開くと、中から何かが落ちてきた。
わたしは訝しみながら落ちたものを拾う。摘み上げたものは可愛らしい模様の便箋だった。そこに書かれている文面が視界を通じて頭の中に飛び込んでくる。
「なにそれ?」
そう尋ねて、友香ちゃんがこちらの手の中を覗き込んできた。
「って、それラブレターじゃない!?」
間髪入れず、友香ちゃんは叫ぶ。
「そうなの?」
わたしは小首を傾げる。
便箋の上には可愛らしい文字で
「明日、体育館裏に来てください」
と書いてあった。
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