大江戸九兵衛奇天烈伝

翠野とをの

第1話 スットコドッコイ九兵衛どん

 大将軍、徳川公が治めしここは全てが集まる日ノ本の中心、江戸の街。

 そんな昼下がりに大きな声が響いていた。



「九兵衛、てめえ、クビだ」

「てやんでい! なんでい急にクビだなんて!」

「なんでも、かんでも、クソもねえよ! てめえはそそっかし過ぎんだよ。この仕事は向いてねえ。悪いことは言わねえから事故で死ぬ前に帰んな」

「そんな……!」



 さて大工の仕事をクビになった久兵衛どん。

 どうしたもんかと友達、"お茶"が働く茶屋へ。



「──それで、早とちりが多くてクビになったと?」

「てやんでい! そこまで酷くなかったと思うんだけどなあ」

「いや、酷いわよ。なんで、『オイ、かなづち持ってこい』って言われて『オイ』の部分で行っちゃうのよ。そりゃ何持ってくるかわかんないし、相手もアンタが戻って来ないから仕事が進まないに決まってるでしょ」

「うぅ……。そう言われると申し訳ねえや」

「でしょう。その早合点、直しなさいな。……でどうするの? これから。仕事無くなっちゃったんでしょ」

「そうだな。どうしような。はは!」

「もう。真面目に考えて。……宛はあるの?」

「ない!!」


 元気よく返事した九兵衛にお茶は呆れてこう提案した。


「元気ねえ。仕事クビになったのに。ならアタシん家で働かない? 丁度人が欲しいと思ってたの。ねえー父さーん! 前に手伝い欲しいって言ってたわよねー?」

「言ったぞ。どうした? いい人見つかったのか?」


 厨房からニョっと40近くの男が顔を覗かす。

 実はこの茶屋、お茶の両親が経営していた。


「うん、まあね。九兵衛のこと雇ってもいい?」

「おう! 九兵衛なら話が早い。昔っから知ってるしな」

「だって。どう? 九兵衛」

「ありがてえ。是非働かせて欲しいってえもんだ!」

「決まりね。じゃあ早速だけど明日の朝からよろしくね」

「合点承知之助!」



 そういうわけで次の日。

 早速働き始めた九兵衛だが……。


「おい、兄ちゃん。この饅頭の……」

「へい! お待ち!!」

「違うよ。俺が欲しいのはこし餡! 粒餡じゃねえよ」

「九兵衛、最後まで注文を聞いてね」


 とお茶に注意される。

 また、


「すみませーん。このみ……」

「へい。みたらし団子だね! いっちょうお待ち!!」

「水って言おうとしたんだけど……」

「九兵衛、最後まで注文を聞いてね」


 と凄まれて、

 しまいには


「すんません。をひとつ」

「へい」


 お茶に抑えられてやっとこさ最後まで聞いたはいいものの、


「お待ちどうさん」

「なんだい、この黒い板は!?」

「言われた通りとふぉんだよう!」

「全然ちげーよ!! ていうかどこにあった!?」


 お茶に頭を叩かれる始末。


「まっさか、聞いてたとはいえ九兵衛がこんなにそそっかしかったとは……。申し訳ねえけどもう雇えねえ」


 店主は頭をポリポリかいて言った。


「いや、悪いのはあっしの方だ」


 捨てられた子犬のように落ち込む九兵衛を見てお茶は申し訳なく思った。


「ねえ、九兵衛。もう1回仕事探してみない? アタシも手伝うから」

「本当かい!? そいつぁ嬉しいってもんだ! ありがとな、お茶!」


 とお茶の手握れば頬が紅くなるのだった。


 ◇◇◇


「先ずはドブさらいね」

「てやんでい! すぐに終わらしたらあ」


 気合を入れて一生懸命やっていく。

 せっせこせっせこ。

 せっせこせっせこ。


「ふぅー。おい、お茶、終わったぞ!」


 僅か半刻(一刻が約2時間)で終わらてしまった。


「あれ、お茶どこだ? って、うわあああ!?」


 ドブから腕が飛び出ており、恐怖を覚える。

 引っ張り出してみるとそれはお茶。


「九兵衛、もっと落ち着いて……」

「え?」


 言われて辺りを見渡せば、大急ぎでやったせいであちこちドブが飛び散って大変なことになっていた。


「もうダメ。臭すぎ。……ガクッ」

「な!? お、オイ、お茶、お茶。目ぇ開けろ! 死ぬな。死ぬなよ。死ぬんじゃねー! お茶ぁぁあ!!」

「うるっせェー!! 耳元で叫ぶんじゃないわよ

 ! 」

「良かったあ。生きてたあ。それにしちゃあこんな酷いことしたふてえ野郎はどこのどいつだい?」

「いや、アンタな。……まあ、とにかく掃除して次の仕事見つけるわよ」

「へい」


 ◇◇◇


「次は木の剪定よ」

「そうじゃのう。こう切って欲しい要望としては、木の丸みを活かしつつ、まるで命が宿るかのように……」


 依頼主の初老の爺さんが長々話し出す。九兵衛、話の途中だが理解したようでそうそうに


「つまり、命が宿った丸いヤツがいいんだな!ドーンと任せてくれぃ!」


 と言った。

 暫くして。


「──これが完成品……」


 所々突起があるが丸い形状。平面かと思いきや生きているかのように顔の凹凸もあって、木の葉素材の若草色のみで仕上げた志向の逸品は……。


「てこれ、ずん〇もんじゃないの!」

「てやんでい。ずん〇もんはずんだの精なのだ!!」

「今すぐやり直せ!!」

「ちなみに、ずん〇もんは、ずんだアローちゅうモンに変身出来んるでい」

「へぇー。そうなんだ、知らなかった〜って違う!」

「わ、わしの木が……珍妙な枝豆に……」


 出来上がった知らせを受けて木を見た爺さん。その場に手を着いて崩れてしまった。


「ある意味条件は満たしてるけどこれはさすがに……」

「そうか。すまねえな。じっちゃん」

「いや、いいんだよ。わしの指示の出し方も悪かった」


 なんとも言えない雰囲気になる。


「あ、ほら木の切り方は上手いんだから、後は最後まで話を聞けばいいだけよ。次行きましょ、次」



 ◇◇◇


「次は駕籠者かごのものよ。アンタ体力だけはあるし、きっと向いているわよ」

「おう、そうかい!」

「新人! 今日からよろしくねえい!!」


 駕籠者とはお客を木製または竹製の駕籠に乗せて2人1組で目的地まで運ぶものである。


「早速だけど、アタシを町のお社まで連れてって。なるべく速くね」

「合点承知之助!」


 お茶は駕籠に乗り込んだ。


「ヨシっ。新人、行くぞ」

「へいっ!!」

「って、おい! ちょっと!!」


 ペアの男が言い終わるや否や片棒担いで行ってしまった。


「まだ俺、担いでねえよ……」


 男、1人残され呟いた。


 ◇◇◇


 お茶に怪我をさせてはと出来るだけ丁寧にでも速くと言われたので急いで走る。

 少しずつスピードを落としながら社の前に着いたが……。


「ふぅっ。やっと着いたー。疲れちまったよ。てあれ? おっさんがいねえ」

「九〜兵〜衛〜」


 ボロボロの駕籠からボサボサのお茶が出てきた。

 体からは怒気が溢れんばかりに放たれている。


「アンタなんで相手が担ぐ前に走り出しちゃったのよ!」

「う、そうだったのか……。気づかなかった。軽かったからてっきりもう担いだのかと……」

「そういうのはいいから。ったくなんでこう、そそっかしいのよ。落ち着いて丁寧に出来ないの?」

「すまねえ。一応努力はしてんだけども……」

「なら出来てないわね。現にこうなっているもの。お手上げよ。その性格を直さない限り働くのは無理!」


 言ってしまってハッと気づく。

 言いすぎてしまったと。

 九兵衛を見れば項垂れていた。

 顔は見えなかった。いや、見られなかった。

 その時──!


「キャア!」

「大丈夫かい!?」


 悲鳴が聞こえ、見回すと、人だかりが出来ていた。


「どうしたんでい?」

「この方が急に倒れてしまって……」


 見れば女の人が倒れていた。

 すると九兵衛はすぐにその人を背中に背負った。


「ち、ちょっと九兵衛。何してんのよ」

「何っておめぇ、お医者様んとこ連れてくに決まってんだろう」

「まだ、お医者様に連れて行くってなった訳じゃあ……。先ずはそこの木陰で様子を見て……」

「ダメだ。何かあってからでは遅くなる。行くぞ、お茶」


 お茶は九兵衛の気迫に押されて渋々ついて行った。


 ◇◇◇


「──いやあ危なかったねえ。少しでも遅れてたら死んでたよ」

「じゃあ助かるんでえ?」

「大丈夫じゃよ」

「そりゃあ良かった!」


 無事医者に診てもらい、助けられた事に九兵衛、安堵の表情を見せる。


「この人は持病があってねえ。あんたお手柄だよ」

「ヘヘッ。嬉しいぜ。それより女の人をよろしくな」


 得意げに鼻の下を擦る九兵衛をお茶はなんとも言えぬ顔で見ていた。


 ◇◇◇


「しっかしほんとに良かったなあ。無事で」

「ええ、そうね。……あの、その、九兵衛、さっきはあんなに酷く言ってしまってごめんなさい」

「良いんでえ。気にすんなって。当たってるしよお」

「九兵衛……」

「直すのはむつかしいが何とか仕事探してみるよ。手伝いありがとな。とりあえず今日はもう帰るわ」


 夕日に背を向けて帰ろうとする九兵衛をお茶は呼び止めた。


「待って!」


 九兵衛が振り返る。


「アタシが間違ってた。みんなに合わせなきゃって、九兵衛が変わらなくちゃいけないって。普通にさせなきゃ。そう思ってた。

 九兵衛は、九兵衛なのに……。

 だから、思いついたの。仕事をんじゃなくて九兵衛のまま出来る仕事をばいいって。……例えば九兵衛が出来そうな事だけ受けるとか」

「何でも屋? でも俺、人の話最後まで聞くの……」

「そう。だからアタシん家が窓口として依頼を取ってアンタに持ってくる。アタシの話だったら最後まで聞けるでしょ」

「うん、まあ。でもよ俺、落ち着きねえぞ」

「大丈夫。アタシも一緒にやるわ」

「え!?」

「やるのは主にアンタ。アタシはアンタを止める係。監督マネージャーよ。……どうかしら?」


 九兵衛、うっ、と呻いて下を向いたと思ったら嬉し涙と共に満面の笑みでお茶に抱きついた。


「お茶〜、ほんどうにありがとぅっ!」

「な、な、な!?」


 意図がないとは思いつつも耐性がないお茶はぶっ倒れてしまう。


「お、オイ! お茶、死ぬな! せ、先生呼ばねえと! 先生ぇぇえ!」

「だから耳元で叫ぶなぁぁあ!!!」


 今日も江戸の城下町は賑やかである。


 おあとがよろしいようで。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る