恐れていた事態

 王国暦1084年11月


 ラルが炎を吹き始めたのも今は昔。

 うちの妹は今年で11歳になる。


「アイズ、最近は毎年のようにラルに異変が起きてる。いいか。気を抜くんじゃあないぞ?」

「わかってますよ、父さん。全力でお兄ちゃんを遂行します」

「ふたりとも考えすぎよ。ラルのことをまるで怪物みたいに」


 俺たちは覚悟をして、11歳の誕生日に臨んだ。

 この日のために俺は万全の準備を整えてきた。

 

(何があっても対応できるようにしてある。各種魔導具8つ。術式版カートリッジ24枚。『安全保障銀液ゴーレム・アマルガム』60リットルを部屋の四隅に配置済み。さらに家のまわりは岩石ゴーレム40体で囲んである。そのほか非常用の魔法陣を含めれば、何重にもトラブル対策が組まれている。もっともラルはこのことを知らないが。すべては何かあった時のため。妹を必要以上に不安にさせたくない)


「ラル〜お誕生日おめでとう〜」


 俺たちはいつものリビングで、ラルのために豪華なケーキを用意した。妹の大好物だ。羊の乳で生クリームを作る方法を研究し、半年前についに完成した品だ。ちなみにケーキ作りに必要な卵は、森で出会ったコカトリスという怪物から手に入れないといけないので、この日のためにシェルティたちと共に森を駆け探し回ったのだ。

 

「わあ〜! すごいいい匂い、私これ好きです!」

「こらこらこら、このバカ鹿娘え! それはラルのケーキだ!」


 誕生日会に同席するシェルティが暴挙に出ようとしたところで、トムは慌てて止めに入る。なお、シェルティも今年で14歳になっている。というかそろそろ15歳になるらしい。鹿パワーはかつての比ではなく、人類が敵う代物ではなくなっている。


「あれー? どうしたのですか、ラル。なんだか元気がないですよ?」


 シェルティはラルの表情を覗き込む。

 言われてみれば、ラルの様子が妙だ。

 暗く落ち込んでいる気がする。

 どこか体調が悪いのだろうか。


「……お兄ちゃんの嘘つき」

「え?」


 ラルは角飾りを外して、むすっとして見せてくる。

 さっきプレゼントした金の角飾り。

 毎年のようにプレゼントしているルーン加工を施した品で、今年のものはコカトリスの尾羽をあしらった逸品だ。

 

「これラルの魔力を抑えるやつじゃん」

「……いや?」

「ゴーレムもなんで家のまわりにいるの」


 地面の下に埋めてあるのにバレてる。

 元々、警戒されてたのか。

 どう二の句を繋ぐのか、一瞬思案する。

 その隙間、ラルの頬に一筋の涙が滴った。


「ぐすんっ、お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、ラルのことが怖いんだ……やっぱり、ラルだけ、ラルだけ化け物だから……っ」

「ラル、落ち着いてください。ちょっと話をしませんか」

「お兄ちゃんの嘘つきぃ!」


 ラルの慟哭には魔力が宿っていた。

 魔力放射。魔眼の力が乗ってる。


 俺は正面から己の魔力放射を即座に行なった。

 魔法効果を孕んだ波動を打ち消す。


 衝撃波が駆け巡り、机と椅子がひっくり返る。ケーキがべちゃっと床に落ちた。


 トムは口をパクパクさせ、俺は激しい動悸に襲われていた。シェルティは目を丸くして、ラルと床に落ちて崩れたケーキを交互に見ている。

 ただ唯一、ヘラだけが俺たちを制しながら、ラルへとそっと手を伸ばした。ゆっくりと近づいていく。


「ラル、そっちに行くわよ?」

「ぐすん、お母さんも、ラルが怖いくせにっ」

「怖くなんかないわ。私はラルのママよ?」


 優しい声をかけると、ラルはいくばくか落ち着いていくように見えた。

 ヘラは一歩ずつゆっくりと近づいてゆく。

 その時だった。ラルは目を大きく見開き、両手で体を抱きしめた。喉の奥から炎の鼓動がのぞき、11歳の少女とは思えない重みのある低音が声にまざる。


「ヴ、ゥ、ウッ」

「ラル! ラル、聞いて! お母さんがいるわ! 落ち着くのよ、ほら、いつもみたいに楽しいことを考えましょ!」


 娘を抱きしめ、懸命に声をかけるヘラの腕のなかで、ラルは大きくなる。厳密にいえばもっと血生臭い。皮膚のしたで何かが蠢いているように、骨格ごとの変態過程を急速に行なっているようだった。


 フレームが一段階も、二段階も大きくなり、四肢も長くなる。皮膚が破れ、そのしたから黒いしなやかな鱗に包まれたものが現れる。


「ヴウぁァ、ァアア──!」

「ら、ラル……っ」


 黒く大きな影は、ヘラを腕の一振りで簡単に払ってしまった。ヘラは壁に背中からぶつかった。


「ヘラ!! くそ! まじか、今回のは過去一やばそうだ……ッ、シェルティ! ヘラを!」

「うー! ケーキ!」


 シェルティは床に落ちているケーキを鷲掴みし、口に押し込むと、ヘラを救出して、妹だったものから離れる。


 妹の変容は、ものの1分程度で終わってしまった。

 リビングにいたのは人間のサイズを著しく超過した魔法生物だった。全身を美しい黒い鱗と毛で覆われている。頭部は鋭角で、角を生やし、四肢に尖った爪を備え、頑丈そうな翼と尻尾は、いずれも見覚えのあるものだ。


 それはあり体にいえば、竜種ドラゴンなのだろう。


「はわわ!? ラルが竜に!? これ恐いです!」


 かつて妹だった竜は魔眼をカッと見開いた。

 波動が映る。俺は咄嗟に目を逸らした。

 

「むにゃむにゃ」

「すぴ〜♪」


 トムとシェルティは崩れ落ちて深い眠りに落ちた。

 

「ラル……っ、ラル、落ち着いて、お兄ちゃんですよ……!」

「ヴァアアア──!」


 竜はカチカチと顎を慣らし、口元に炎の気配を漂わせた。

 いかん。火炎の息吹を使うつもりだ。


「くっ! 制御命令オーダー最大拘束バインド・マキシマ!」


 部屋の四隅に仕込んでいた水銀が一斉に竜を拘束する。


「ヴァア、アアア!」


 竜は翼を振り回し、前足で掻き、水銀を切断、壁へタックルして、簡単にぶちぬいて外へ。俺は走って追いかける。


「止めろッ!」


 地面の下から岩石ゴーレムたちが湧き出して、駆ける竜の四肢をつかむ。竜は至近距離から火炎放射を吐いた。超高温と噴射の勢い。ゴーレムは溶けながら、粉々にされてしまう。


 なんという破壊力だ。


 四肢のパワーも相当なもので、ゴーレムたちを容易く振り解く。尻尾を振り回せば、ゴーレムは薙ぎ倒される。竜はゴーレムが際限なく集まってくるのを察すると、ぴょんっと空へ飛び上がった。


「ヴァァァアアアア──!!」

「ラルー!! 降りてこーい!! 頼むぅう──!」

 

 そんな姿、誰かに見られたら、お前は……!


「ヴァアアア!!」


 ラルは空中で大きくのけぞり、胸を膨らませ始めた。大量の空気を吸い込んでいるようだ。俺は知っている。あの所作は胸の内で魔力と空気を練り合わせているのだ。


 俺はコートを翻し、腰のポーチから術式版カートリッジを取り出す。


 青銅製の厚さ1センチ、縦10センチ、横4センチのちいさな板。

 不死王が使っていた粘土板を、小型化し、高性能化したものだ。

 その機能はスクロールに魔術式を記すものとほぼ同室である。ただ、術式版はルーン加工術を利用することで、ひとつの板に、スクロール4枚分の効果を載せている。


 俺は土属性魔術用の術式版を6枚重ねて行使。

 魔術式の構築をすべてアウトソースする。

 空から炎の塊が降ってくる。


「大いなる地の精霊よ、盾となれ、

   ──短縮詠唱『第四魔術だいよんまじゅつ巨人きょじん岩壁がんぺき』」

 

 技術を駆使してできる最速最短の展開。

 時間にして5秒。


 周囲のゴーレムたちを元素に指定し、無理やりに頑強なる壁を召喚して、レッドスクロール家ごと壁のこちら側に覆った。


 激しい爆発音が聞こえて岩壁が一部砕かれた。幸い突破されることはなかった。


 俺は水銀を足場に、一気に壁のうえに登った。

 竜との距離が近くなる。


「ヴアアア! ヴアァアアア!」

「ラル……頼むから」


 竜はひとしきり吠えた後、北方樹海へはばたいていった。飛び去る背中に俺は声をかけ続けた。大きな影が振り返ることはなかった。


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