第6話 嵐を呼ぶ転校生⑹

 一通り終わったし、一応報告しとくか。ガタガタ音が聞こえるし、この部屋かな?


「おーい、春宮。服の方は終わった…ぞ?」


「うん、お疲れ様」


 そこには、大量の本の中で寝そべる、春宮の姿が!


「な、何やってんの?」


「あ、カスタードガール。読む?」


 さっきの音は本の山から本を一冊取りだした音だったのか。にしても酷いな。足の踏み場もないぞ。


「読まない!それより掃除しろ。手伝うから」


 それから、漫画やラノベ、雑誌をまとめ、本棚に突っ込み、要らないと言われた物はビニール紐で縛る。というか、今日は家事しかしてない。姉ちゃんの家に来た時のことを思い出してしまうな。あの時は暇なんてもの無かった。


「そう言えば…」


「何?」


「名前何?聞いてなかった」


 あ、そういやそうだ。ほかの三人は自己紹介してたけど、俺のはまだだったな。てっきりした気で居たけど。


「不知火士郎。よろしくな」


「シロイヌ。よろしく」


「シロ…イヌ?」


「シロイヌ。なでなで」


 昔っから変な名前だから、シラズビだのミカンだの変な呼ばれ方はしてたけど…。こんなあだ名は初めてだ…。


「シロイヌのおかげで早く終わる。ご主人様に忠実なわんこ」


「わんこ言うな、それと春宮は俺の主人じゃない」


「そうだね。私の友達一号…。ほんとの、友達」


 ほんとの、友達…か。こいつのほんとの友達とは、多分極道の元頭領であるということを知ってて、なお友達であると誓った友達のことを言うのだろう。それでも…、シロイヌはやめて欲しいのだが…。


「まぁ、せめて二人でいる時だけな。その呼び方」


「ん、シロイヌ」


「あと制服、どこにある?」


「ここ」


 春宮はタンスの中から、真新しい制服を引っ張り出した。まだ袋に入ったままだ。朝こいつが説明してたこととも辻褄が合うな。


「一回着てみれば?」


「ん、分かった…、シロイヌ。外で待て」


「はぁ、言われなくとも出ていくさ…」


 なんで俺が犬のように扱われなきゃならないんだろう。


「よし」


「はぁ」


 ほんとに犬のごとき扱いだな。


「…どう?似合う?」


「目やにと髪型と隈がどうにかなれば、似合ってると思う」


「褒められた気がしない」


 ほんと、人って清潔感とかで印象って変わるよな。俺みたいな性格のやつだと余計だ。すると、何やら春宮は目をぐしぐしと手で擦り始めた。


「ものもらいできるぞ」


「目やに、取りたい」


「なら顔洗ってこい」


「ん」


 短く返事をして、春宮は洗面所に向かった。その間に、俺は今度は埃の大量に残っている床を掃除機で掃除した。ちなみに、掃除機は二階の廊下に転がっていた。


 埃を捨てようと中身を見てみたが、ほとんど埃が溜まってなかった。どんだけ掃除してないんだ。それに、これ結構最近出た掃除機だよな。王手メーカーの。確か、ジュースとかジャムとか零してもそれも吸い込めるとかいう新機能付きだ。俺もほしいけど、何分値段がな。宝の持ち腐れとはこのことか。


「おまたせ」


 おっと。戻ってきたみたいだな。


「うん、いいな…、でも…」


 髪がボサボサなのが気になってたが、縛ったら少しマシになったな。でも、髪下ろしてストレートにした方が似合ってるとは思うけどな。


「ストレートの方が好き?」


「あぁ…って!何言わせんだ!今のは忘れてくれ!」


「やってみる。ストレート。ちょっとしたご褒美だよ。忠犬への」


「そうかい、ありがとよ」


 はぁ、ご褒美…ねぇ。辞めてくんないかな…、イヌ扱い。この調子だと、あと一週間くらいは最低でも引き摺られそうだな。


「あのさ。風呂掃除の仕方も教えて…」


「風呂…だと?お前まさか、風呂掃除今までしてこなかったのか?ここまで家事苦手なのに、なんで一人暮らしなんて…」


「両親は鉄砲玉に当たって死んじゃった。組はもう解体したし」


 鉄砲玉って…。嫌なこと思い出させちゃったかな。これじゃ、檜山とおなじゃないか!檜山に失礼かもだけど!ここは…、話題を変えなきゃ。


「風呂掃除だったよな!さて、行くぞ!」


「うん」


 春宮は、少し暗い顔になっていた気がする。元々、無表情だからよく分からなかったけれど…。「早く」と、急かされた為、俺は階段を下り浴室に向かった。


「うわっ、カビ臭…!」


「カビバスターある」


「ならそれ貸してくれ。あとブラシ。用意しておいてくれよ。俺はちょっとゴーグル取ってくる」


「ゴーグル?」


「そ、ゴーグル。じゃ、行ってくるわ」


 相変わらず、春宮は、俺を不思議そうな目で見てきた。その目は、先程までとは違って見える。なんというか、吸い込まれるように真っ黒な瞳。相浦とは、また違った魅力のようなものがある。


 元ヤクザ頭領の箱入り娘。そんな作り話みたいな境遇を隠して、彼女は暮らしていくのだろう。いつか、俺以外にもたくさんのほんとの友達が出来ればって思う。でも、彼女の秘密を知っているのは俺だけであるという優越感に浸っている自分もいる。俺は、ゴーグルを取りに行き、春宮の家に戻った。


「ゴーグルなんて要るの?」


「かけなかったら目が見えなくなるぞ?」


「盲導犬…」


「冗談言ってる場合じゃないっての」


 俺がゴーグルを持ってくると言っていたからか、春宮もゴーグルをかけていた。俺は、そのゴーグルを引っ張りバチンと額に当てた。「あだっ」と、春宮は少しよろめく。


 あ、あれ?思いのほかカビが深いところまで…!これは…、不知火家直伝カビ駆除術その陸を使う時だ!


「くくく…一網打尽だ、降参しろ雑兵共ォ!」


 うし、落ちかかってきたぞ!もう一押しだ!観念しやがれ!


「楽しそう」


「あ、ごめん。うるさかったな。っつーか、結構日が傾いてきたなぁ。それと、こっちは大方片付いた。最後は浴槽掃除の仕方だな」


「うん、よろしく。知ってるけど、確認したい」


「つっても、水巻いて、バスクリーナーかけて、スポンジで擦って泡落とすだけだけどな」


「うん…?」


 うんとは言ったものの、どこかパッとしない返事だな。これは、目で見て覚えてもらう必要があるかもしれない。


「おーい、士郎ー」


 何やら、窓の外から聞きなれた声が聞こえてきた。浴槽掃除をしてる体勢で、顔を上げる。そこには、洗濯物を取り込んでる姉ちゃんの姿が。前に、「洗濯物を取り込むくらいはしてくれ」って言いつけたのを守ってくれたんだ。感心感心…じゃない!


 考えても見ろ、弟が他人の風呂洗ってるのを見て、姉ちゃんはどう思う?俺は、思いっきり下向いて、聞こえないふりをした。懇親の、誤魔化しだ。

 その時、俺の重心がずるんと前に移動した。年相応に育った俺の体は、浴槽に収まるはずもなく、珍妙な格好で下半身だけ飛び出る形となった。頭から、浴槽に突っ込んだのだ。


「士郎くん、しっかりー…!」


「し、士郎!?」


 春宮はびっくりした様子で、俺の足を引いて浴槽から引きずり出そうとした。あー、ブレザー脱いでてよかった…。って、姉ちゃんがすごい引きつった顔してる!


「春宮…、窓、閉めて…」


「がってん」


「っちょ、士郎ー!?」


 姉ちゃんの呼び声が聞こえたが、聞こえないふりをする以外手はなかった。恥ずかしすぎるよな、こんなの。他人の風呂の掃除をしてるのを見られただけならまだしも、こんな痴態晒して姉ちゃんの顔見れる気がしない!


 俺は、水揚げされたマグロのごとく浴槽から引きずり出された。


「さー、あとは泡を流したらしゅーりょー!排水溝はまた今度な!あっははははは!」


「空元気」


「あっはっはっは…」


 その通りだよちくしょー!今はそっとしておいて欲しいんだが…。やばい、姉ちゃんのあの顔がチラつく…!帰ってどういう風に会話すればいいんだ!


「あの、髪…、泡付いてる」


「いいよ、家で入るから。特に出かける用事もないしな。後はおいおい教えていくから。じゃな」


「あ、あのさ」


「ん?」


 何だろう。モジモジされると、こっちも恥ずかしくなる。俺は、頭を少しかいた。小さな時からの癖みたいなものだな。べっとりと、泡が手に付着する。うげぇ…。


「あなたは私の犬ってことは、二人の秘密にする。だから…、私が元ヤクザだってことも、ふたりのヒミツだからね」


「分かった。でも、俺は認めたわけじゃないからな。誰が犬になるか」


「犬に、飼い主を選ぶ権利はないし、離れる権利もない」


「横暴だな」


 少し、こいつの表情が和らいだ気がする。微笑程度には、笑ってると思う。感情の起伏があまりないのでよく分からないのだが。そんなこんなで、俺の春宮宅初訪問は終了した。

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