第46話 家族

 近所にある公園に、ルー・ルシアンを呼んだ。聖歌高校についての報告も兼ねて、色々と聞きたい事がある。この公園は既に廃れ、ここを訪れる者はいない。

 しばらく待っていると、タバコを咥えたルー・ルシアンが公園にやってきた。俺が報告する時は、いつも何処かの店を利用するのを知っていてか、仕事着の黒いコートを羽織っている。全容は分からずとも、俺が何かを企んでいると察している。

 

「一ヶ月ぶり。元気してた?」


「……俺があんたを呼んだのは、報告する為だ。それなのに完全武装だなんて、何を警戒している」


「そうなの? なんだ、期待して損した」


「期待?」


「君がようやく私から独り立ちするものだと思ってね。もっとも、君に勝ち目は無いけど」


「力の差は理解している。俺はあんたには敵わない」


「……そうかい」


 ルー・ルシアンは吸い終えたタバコを術で新品に戻し、再び火を点けて吸い始めた。右手でタバコをつまみ、左手はポケットの中。たまに俺から視線を外し、周囲のあちこちを見た後、再び視線を俺に戻す。

 

「なんだか落ち着かないね。あちこちに目があるようだ。でも反応は三つ。一つは君で、もう一つは……ハハ! 懐かしい人物じゃないか! あそこの電柱を見てみなよ!」


 ルー・ルシアンが顎で指した方へ視線を移すと、電柱の頂上に一羽の鴉がとまっていた。あの時、一羽だけ逃げたのを見たが、懲りずに俺を狙っているのか。怪異にならずに鴉の姿のままな所から察するに、変異化する為の媒体が足りていないのだろう。それに今はルー・ルシアンもいる。下手に手を出せないはずだ。

 俺は視線をルー・ルシアンへ戻し、まずは聖歌高校についての報告を始めた。


「聖歌高校についてですが、特殊な人物達と接触しました。聖歌高校を裏で監視する生徒会。そして、ネムレスと名乗る金髪の男」


「生徒会から聞こう」


「監視の目があちこちにあり、校内にあるいくつもの空間を管理しています。案内人と、生徒会に所属する二人と交流しました。案内人はただの人間。だが、生徒会のメンバーは実体を持たず、幽霊に近い存在だった。力の程度は未だ見れていないが、少なくとも、攻撃を仕掛けてこない信頼関係を持った」


「聖歌高校の謎について聞いたか?」


「いや、連中は管理の事で手一杯だ。聖歌高校の謎については、もう一人のネムレスという人物の方が有益だ。聖歌高校の裏にある教会は現在鎖で封鎖されている他に、十二の行事に存在する怪異によって封印されている。ネムレスの話が確かなら、その怪異を全て殺せば、教会の封印が解けて、謎を知れるらしい」


「つまり解決間近って事か。じゃあ、てっとり早くやろう。君が殺した怪異を除いた十二の行事の怪異の居場所を教えろ。私が代わりに片付けにいってやる」


 やけに親切だな。だが、ルー・ルシアンが残りの怪異を片付けてくれるのなら、確かにてっとり早い。どんな怪異であれ、ルー・ルシアンなら一週間の内に片付けてくれる。ズルいやり方だが、ネムレスも承知するだろう。

 問題は、封印が解けた後だ。


「ネムレスという男は、教会に封印されている怪異、あるいは更に上位の存在だと仮定している。教会の封印を解けば、奴も自由になる」


「そのネムレスとかいう奴は、君に何か言っていたか?」


「お互いの為としか。聞く耳を持たない奴ですから」


「いつ接触を?」


「俺が初めて登校した時だ。奴は学校の玄関前で、俺を待ち構えていた」


「君が初対面だと思っていても、ネムレスは君を見た事があるのかも。つまり、君が計画に使える人間だと。でも問題ない。さっきも言ったように、私が残りの封印を解く。場所はまとめて後で連絡して。君は教会に行き、あの学校から離れた者が不可解な自殺をする真相を探るんだ」


 ルー・ルシアンは話をまとめ、タバコを吸いながら立ち去ろうとしていた。


「待て。まだ話は終わってない」


 そうだ。まだ肝心な事を聞けていない。ルー・ルシアンをここに呼んだのは、こっちが本題だ。


「俺の体に埋め込んだ厄物について、教えてくれ」


「教えるも何も、君はもう体験しているだろ? それがある限り、君は死なない」


「なぜ俺の体に厄物を埋め込んだ。何が目的だ」


「……なるほど。懐かしい人物が顔を出してると思えば、そういう事か。何処まで聞いた?」


「ほぼ全て。あんたには最愛の人がいて、その人物を蘇らせる為に厄物を作った。だがそのまま使えば、厄物の力を制御出来ずに怪異になる。そこであんたは、死産したばかりの俺に厄物を埋め込んだ。俺で厄物の力を調整して、完璧な状態になった時、俺はあんたの想い人の犠牲になる、と」


「ほぼ当たってる。でも間違ってるところもある。蘇らせるだけなら、厄物なんか使わずに出来る。もちろん、私の腕だから出来る事だよ? 君に厄物を埋め込んだのは、そうするしかなかったからだよ」


「ちゃんと説明してくれ! あんたはなんで俺を生き返らせた!」


「余計な事は考えない方がいい。厄物を取り除く約束の日まで、良い思い出を作っておきなさい」


 話を切り上げようとしたルー・ルシアンだったが、俺の背後に視線が向くと、咥えていたタバコが地面に落ちた。俺の背後には、クロがいる。そしてクロの姿を見て、ルー・ルシアンは動揺した。


「動揺したな。どんな怪異を前にしても眉一つ動かさないあんたが動揺した。それはクロに対する、ある種の特別があるからだろ」


「……ハ、ハハ……そうか、上手くいったのか」

 

「あんたは知ってるんだろ、クロの事を。教えてくれ。クロは一体―――」


「知る必要は無い。というより、教える必要が無いと言った方が正しいか」


「どういう事だ?」


「フッ。つくづく私は天才だな」


 自惚れた言葉を呟きながら、ルー・ルシアンは俺達から背を向けた。


「お、おい! まだ話は終わってないぞ!」 


「教える必要が無いと言っただろ? 封印については私に任せろ。君はネムレスについて調べるんだ」


 去り際に手を振って、ルー・ルシアンは公園から出ていった。結局話をはぐらかされてしまったが、反応を見て確信出来た事はある。

 ルー・ルシアンは教える必要が無いと言った。つまり、クロに対する俺の認識が合っているという事。今の俺はクロを母親のように思っている。


「……お前、俺の母親だったのかよ」


 クロは姿勢を低くして、手の平を前に出した。よく分からないが、とりあえずハイタッチした。悪くない気分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る