劇場版・仮面バトラーフォワード『ハイスクールオブムジカ』後編

 怪人騒ぎの影響で、遅れて朝のホームルームが始まる。


「おはようございまーす!」


 イーグレットの知らない、ポニーテールにグレーのスーツ姿の女性だった。出席簿を片手に、声の調子も足取りも軽い。


「おはようございます!」


 隣の席に座る勝利だけでなく、クラス全体が挨拶を返している。イーグレットも「おはようございます」と周りに合わせた。昨日までは高校生活が始まるなど夢にも思わなかったが、始まってしまったものには対応していくしかない。


「今日はこのクラスに、転校生が来ました! みんな、拍手で出迎えてちょ!」


 おいでおいで、と廊下に向かって手招きすると、廊下で待機していた男子生徒が教室に入ってきた。


「どうもー! 転校生の、知川ともかわ朱未あけみでっす☆」

「え……」


 知川朱未。コンマの求人情報に応募してきた、勝利からみて一つ年上の青年。そして、秘密結社『apostropheアポストロフィー』の構成員だ。イーグレットは、朱未の腕にアポストロフィーの幹部が所持している腕時計が巻かれているのを確認した。

 ただし、今は勝利とお揃いの男子制服を着ている。元々が中学生と見間違えられるような背格好のため、勝利よりも現役の高校生に近しい見た目となっていた。


「どうしたの?」


 イーグレットの困惑に気付いて、勝利が心配そうに見つめてくる。勝利は朱未の顔を知っているはずで、さらにはアポストロフィーとの関係性も把握しているというのに、何を悠長にかまえているのだろうか。


「私、音が……いや、保健室に行きたいわ」


 タクトに報告しなければならない。とはいえ、ここでタクトの居場所である『音楽室』行きを提案しても、勝利には理解されないだろう。こういうときは『保健室』と偽ったほうが、教室から出て行きやすい。

 と、イーグレットは学校生活を送ってはいないが、学園ドラマで学んだ知識を活用した。


「やっぱり体調よくないんだ。せんせー!」


 勝利が手を挙げる。せんせー、と呼びかけられて、反応したのはポニーテールの女性。


「望月くん、どうしました?」

「イーグレットさんが保健室に行きたいそうなので、つれていっていいですかー?」

「あらあら。朝から大丈夫?」


 出席簿は教卓の上に置いて、せんせーがイーグレットに近付いてきた。せんせーは手のひらをイーグレットの額に押し当てる。


「あなた」


 すぐに額から手を離して、一歩下がった。せんせーの目は驚きで丸くなっている。


「わたしの【楽園】が効いていない……?」

「なんですって?」


 聞き捨てならない。イーグレットは、この世界に存在する選ばれし少女お嬢様のうちの一人だ。本来であれば、望月勝利の変身する仮面バトラーフォワードに守られながら、怪人アイコンを討ち滅ぼしてゆくゆくはアポストロフィーを崩壊させなければならない。


「わたしってば、ヨソのを巻き込んでしまうなんて!」


 せんせーと呼ばれた『お嬢様』はその両手で自らのほおを挟んだ。ムンクの叫びのようなポーズである。


「……ま、まあ、いいでしょう。元の世界よりも、こちらのほうがより優れているのは、すぐに理解していただけるでしょうし」


 開き直った。自信ありげな表情を浮かべている。


「ふざけないで」


 イーグレットは立ち上がった。頭一つぶんの身長差はあるが、せんせーをにらみつける。こうしている間にも紋黄町もんきちょう小灰町しじみちょうの住民たちは怪人の脅威におびていることだろう。


「私たちはここで学生ごっこをしている場合ではないのよ」


 私たち、と勝利を指差す。仮面バトラーシステムバージョン4の搭載されているフォワードベルトでないと、アポストロフィーの怪人は倒せない。仮面バトラーリベロという代わりの戦力はあるが、フォワードと比較してしまうと、頼れない。


 体内のシンボリックエナジーを消費して戦わなければならないが、シンボリックエナジーは消費したっきり回復はしないのだ。勝利がフォワードとして選ばれたのは、シンボリックエナジーを回復できるからである。他の人間にはない特殊な体質だからだ。


「俺もまーぜて?」


 転校生として紹介される流れがなくなり、朱未が話の輪に加わってきた。イーグレットは、朱未の左腕を注視する。ガットブレスレットがあった。


「フォワード」

「ん?」

「変身しなさい」

「え、今?」


 イーグレットは朱未から距離を取り、勝利の後ろに身を隠す。朱未のガットブレスレットは、仮面バトラーガットに変身するためのアイテムだ。アポストロフィーの首領は『お嬢様』を探しており、イーグレットが『お嬢様』と気付かれたら連れ去られてしまうだろう。


「そう、今よ」

「怪人はいないよ?」

「近いのがいるじゃない。ここに」


 朱未をあごで指す。アポストロフィーの関係者ならば、怪人の一種と言っても差し支えない。


「待ってくれよ。俺は今日、星雲学園大学高等部に転校してきたってのに、なんで怪人扱いされなきゃいけないのかね?」


 あくまで朱未は転校生という設定でいたいらしい。勝利は「そうだよ。知川くんのどこが怪人だっていうのさ」と朱未に同情し、肩を叩いた。


「その腕時計とブレスレットは?」


 アポストロフィーとのつながりを証明するアイテムを挙げる。元の世界と同じ形状だ。


「アクセサリーは校則違反って話?」

「いいえ。ふたつとも、アポストロフィーからもらったものでしょう?」


 イーグレットの指摘に、朱未はきょとんとした顔をしている。それから、二つのアイテムを交互に見て、外し始めた。


「な」

「イーグレットさん、厳しいんだね」


 外された腕時計とガットブレスレット。勝利が朱未に「見せてくれない?」と頼むと、何のためらいもなく手渡した。


「わー! シンプルでいいねえ! どんな服にでも合わせやすそう!」

「フォワード! 叩き壊しなさいよ!」


 敵対する組織のアイテムを握っているというのに、勝利は「そんなひどいことできないよ!」とイーグレットに反発する。勝利にできないのならばとイーグレットは勝利から奪い取ろうとするも、ひらりとかわされてしまった。


「ほんと、どうしたのさ。なんか、今日、変だよ?」

「……せんせー、保健室まで連れて行ってもらえませんか?」


 イーグレットは勝利ではなくせんせーの手を取る。仮病ではなく、本当に精神がおかしくなりそうだった。


「おっけー」


 せんせーは黒板にでかでかと『自習』と書く。書いてから、イーグレットと共に教室を出た。


 *


 ふたりが向かった先は、保健室ではなく音楽室。鷲崎わしざきタクトは、グランドピアノにもたれかかっていた。


「ちゃおー」


 せんせーは右手をひらひらさせている。教室で、生徒に見せていた顔よりもさらに楽しげだ。



 対してタクトの表情は険しい。ここ、星雲学園大学高等部に閉じ込めている犯人だと知っているからだ。


「!?」

「ウチから紹介してええんか?」

「どぞどぞ」

「ソイツは音楽の女神ミューズ・シエロや。ムジカ杯の主催者で、お嬢様でもある」


 タクトからの説明を受けて、せんせー改めシエロは腰に手を当てて胸を張った。仮面バトラーシステムバージョン3を開発し、七人の候補者を自らの“執事”を選ぶムジカ杯を開催している。


「わたしは、鷲崎くんのムジカドライバーを返してほしいのよねん」


 ムジカドライバーは、ムジカ杯における戦闘装束への変身を可能とするアイテムだ。前回の開催時に、鷲崎タクトと鳶田夜長の二名はムジカ杯からの脱出に成功している。ムジカドライバーは返却されずに持ち出されていた。


「返却せんよ。これはウチのもんや」


 タクトは指揮棒を振るって、シエロが求めるムジカドライバーを呼び出す。ただし、タクトの持っているムジカドライバーは、現在は仮面バトラーシステムバージョン4に換装されていた。バージョン3のコンダクターにも変身可能ではあるが、中身は原型を留めていない。


「返してくれたら、この世界から解放してあげるのになあ?」

「なんですって!?」

「イヤやって。大事なもんなら、盗まれんようにしときいや」

「タクト……」


 タクトが手放したくないのはわかるが、この世界からは脱出したい。イーグレットはタクトの服の袖を引っ張る。


「ウチらがムジカ杯から出て行けたのは、アンタのミスやろが。ムジカドライバーはいいお土産になったで。コイツがないと、フォワードベルトは作れんかったからな。感謝感謝や」


 イーグレットの手を振りほどいて、タクトはまくし立てた。対するシエロが「むむーっ!」とほおをふくらませる。


 ムジカ杯の開催期間中、七人の候補者はシエロの【楽園】によって生み出されたフィールドに幽閉されていた。このフィールドには、ムジカ杯開催中の一ヶ月間を悔いなく戦えるように、と、シエロがアイテムを降らせている。食糧だとか、強化アイテムだとか。


 タクトと夜長はこのだけはことに気がついた。


 仮面バトラーコンダクターと仮面バトラーノクターンは、お互いの技を組み合わせて「」をしかける。この「逆再生」の効果により、アイテムが元の世界、すなわち、フィールドの外側へとのを利用して、ムジカ杯の途中での脱出に成功したのだった。


 シエロは、他の候補者には『コンダクターとノクターンは脱落した』とアナウンスしている。


「渡してもらえないのなら、無理にでも奪い取るわ。来なさい、!」


 七人の候補者の内訳はこうだ。


 ・美しすぎるフルート奏者

 ・孤高のトランペッター

 ・天より舞い降りたソプラニスタ

 ・路傍のジャズシンガー


 そして、

 ・心を動かす指揮者

 ・サイレンスピアニスト


 最後に、一人。

 前回のムジカ杯の


「やあ」


 その青年は、命尽きるまで踊り続けられるように『鉄の靴』を履いている。


 ムジカドライバーをセットして、白い手袋を取った。シエロを右腕でかばいながら、タクトの前に立つ。


「優勝おめでとう。とでも、言っておいたらええんかな」


 もちろん、タクトの顔見知りの相手だ。命を奪い合うムジカ杯の参加者として、幾度となく戦っている。


「ありがとう。おれの優勝を祝う品として、きみのムジカドライバーがほしい」


 舞踏ぶとうレノン。

 フィギュアスケーターの父とバレリーナの母から生まれた、ダンサー。


「断る」

「……そうか。なら、きみの楽譜スコアはここまでだ」


 ムジカドライバーを腰に巻く。どこからともなく、変身待機音が流れ出した。


「「演奏開始アクト」」


 タクトは仮面バトラーコンダクターに。

 レノンは仮面バトラーパヴァーヌへと変身する。


 *


「戻ってこないね?」


 勝利は暇を持て余していた。朱未と世間話(主にサッカーの話)をしていたが、ネタも尽きてくる頃合い。


「そういえば」


 朱未が制服のポケットから赤色のカードを取り出した。勝利の机の上に置く。


「レッドカード?」


 サッカーでは『退場』となってしまうカード。勝利はフェアプレーを心がけているので、選手生活の中で出されてしまったことはない。


「廊下に落ちていたんだけど、日常的に持ち歩くようなものではないし。サッカー部の人に渡しておこうと思って」

「わかった。預かっておく」

「ところで、フォワードはサッカーの仮面バトラーじゃないか。このカード、ベルトに使えるかな? なんだか、キラキラ光って見えるんだよね」


 朱未の言う『キラキラ』は、シンボリックエナジーだ。このレッドカードは、シンボリックエナジーにより発光している。


「ちょっと、試してみるよ」


 机の上のレッドカードをつまんで、勝利は腰に巻いたままのフォワードベルトにかざす。すると、ベルトが『エキゾーストブースト!』という音声を鳴らした。


「なんだか、感じ!」


 レッドカードは『定められたルールを破った』者に与えられる。

 すなわち、仮面バトラーフォワードを『フィールドの外』へと導くパワーを付与するアイテムだ。


「変身!」


 仮面バトラーフォワードワンチームモード。

 サムライブルーの執事バトラーになる。


「増えた!?」

「「「「「「「「「「「うわー!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」

「同時にしゃべってる!?」

「「「「「「「「「「「全部ボク!?」」」」」」」」」」」


 教室内に十一人の仮面バトラーフォワードが出現し、混沌とし始めた。ここに、慌てた様子のイーグレットが戻ってくる。


「フォワード!」

「「「「「「「「「「「イーグレット!」」」」」」」」」」」

「ど、どのフォワードがホン、い、いや、全員、音楽室に来て! タクトが大変なのよ!」

「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」」


 *


「さすがは、デスゲームの優勝者や。情けも容赦もないんやな」


 コンダクターは音楽室の床に倒れ込んでいた。まだ憎まれ口を叩けるほどの余裕はある。これもコンダクターを強化したおかげだ。もし事前にコンダクターを強化していなかったとしたら、パヴァーヌの『エンドレスダンス』の効果で、コンダクターはその身体を操られていた。


「コンダクター」


 パヴァーヌはゆっくりと、確実に、一歩ずつ距離を詰めてくる。その手にはパヴァーヌの武器であるバトンが握られていた。


「変身を解除し、ムジカドライバーをこちらに渡すだけでいい。これまでの数々の無礼は、渡してくれるのなら、許そう」

「ウチはこのムジカドライバーがないと、元の世界に返してもらえたあとに戦えないんよね。フォワードベルトみたいなんをもう一個作ろうにも、できあがるまでにXデイが来てしまう」

「交渉決裂か」


 バトンが振り上げられる。コンダクターの後頭部をめがけて、バトンは振り下ろされようとしていた。


「ちょっと待った!」

「ボクたち」

「フォワードの」

「ワンチームモード!」


 十一人のフォワードが、誰一人として一番手を譲らないまま、音楽室に勢いよく飛び込んでくる。すべてが望月勝利なのだ。どれがホンモノかと聞かれればどれもホンモノである。


「鷲崎さんっ」

「大丈夫ですか!?」


 十一人のうちの二人がコンダクターを助け起こした。タクトはその二人の顔を見て、助けに来てくれたというのにぎょっとした顔をする。


「さあ、どこからでもかかってきなさい! ほっほっほ!」


 この余裕のセリフは、一人でダメなら二人、二人でもうまくいかなければ三人、と、いくらでも、数で押し切れるからこそ出てきた。


「シエロ」

「あちゃちゃ。まずいわね」

「ここはいったん、諦めるのも手かと」


 パヴァーヌに提案されて、ぐぬぬ、といらだつシエロ。スペックの差はほとんどないのだが、十一人という数の暴力で押し切られてしまう可能性が高い。


「いいこと? 今回は私が! 彼の提案で! ここから出してあげる! よかったわね?」

「殴られ損やないけ」

「なーに? 鷲崎くん」

「別に……」

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