第二十話「侵入者の魔法」

 敵が目の前に現れた瞬間、クレアさんは地面を踏み込んで止まる。

 クレアさんは決して足が遅いわけじゃない。

 けど距離を話していたはずの相手が、今は目の前で立ち塞がっている。


 クレアさんは抱えているあたしを一旦降ろす。

 二本のナイフを華麗に扱う長身の女性は、飄々とした顔でこっちを見ていた。


「今、一瞬で……。どうします?」


「やるしかないわね。さっきと同じ方法で撒いてもアイツの魔法が何か分からない限り追いつかれて逃げてのイタチごっこなだけ。むしろ背中を見せる方が危険よ。それに相手のパートナーが見当たらないのも気になる」


 相手も同じ魔女なら“ブレイド”と“シース”の二人で行動するはず。

 あたしは周りを見渡すも当然ながら人の気配がない。


「サラ、アタシから十メートル以上離れちゃダメよ。瞬間移動か空間移動かそれ以外か。相手の魔法が何か分からないけど、アイツは一瞬で移動できる能力がある。あまり離れるとアンタが狙われた時に対応出来ない」


 指示しながらクレアさんは訓練開始時にかけていた汎用魔法“魔力鎧アーマー”に魔力を流してあたしを保護する。

 

「相手の魔法は干渉型の可能性が高い。干渉型は威力は地味だけど非常に厄介なものも多い。相手に干渉することが出来るタイプなら尚更ね。だからサラ自身も相手をより警戒しなきゃいけないから気を付けなさい」

 

 あたしはアリシアの試験後の話を思い出す。

 “ブレイド”の固有魔法は三種類。

 アリシアやクレアさんのように魔力を光や炎に変換する“変換型”。

 対象に直接影響を与えることが出来る“干渉型”。

 何かを生み出して操る“創造型”。


 クレアさんの読みは相手の魔法は“干渉型”。

 制限や条件があるけど、発動すれば低コストでも非常に厄介な魔法が多くある。

 つまり魔法の対象があたし達の場合、発動すれば一発アウトの可能性がある。


「作戦会議は終わったか?」


 かったるそうに身体を伸ばす侵入者の女。

 クレアさんが戦闘態勢の構えに入ると虚ろな目をカッと開いて特攻する。


「ヒャァッ!!」


「くっ!?」


 武器はナイフ。

 それでも長い手足を活かしたリーチがクレアさんを襲う。

 クレアさんは流石の足技で防いでいるけど、後手に回っているのは変わらない。


「こんのぉ!!」


 クレアさんは爆炎で応戦する。

 相手のリーチもクレアさんの広範囲な攻撃なら――――


「ちょこまかと鬱陶しいわねっ!」


 苛立つクレアさん。

 クレアさんが焼き尽くした場所には敵の姿が無く、離れた場所に移動していた。

 クレアさんの魔法を見て平静でいられるのは戦闘の経験値が豊富の証拠。


「いいのか? そんなに魔力を消費して」


「アンタを灰に出来るなら安い先行投資よ。アンタの魔法も何となく分かってきたしね」


 クレアさんはソルレットの種器シードを纏った爪先で地面を軽く抉りながら、勝気な笑みを浮かべる。


「アンタの種器シードはその二本のナイフ。魔法はそのナイフのあるところへ瞬時に移動が出来る。ただ、おそらく解花ブルームの能力は別にあるわね」


「いい分析だ。まぁあれだけ見せりゃ見当もつくか。じゃあ解花ブルームの魔法も見せてやらぁ……」


 敵は右手のナイフを見せつける。

 刀身の切っ先が僅かに赤く染まっている。

 血が付着しているというよりは、刃に染み込んでいるかのような……


「なっ!?」


 ナイフのある場所に瞬時に移動する――それがクレアさんの分析だった。

 だが敵はクレアさんの背後に瞬時に現れて、その鋭いナイフを突きつける。


「いッ!?」


 クレアさんの咄嗟の反応で地面に転がりながらもなんとか敵の攻撃を躱す。

 

「クレアさん!?」


「大丈夫。掠っただけよ……」


 クレアさんは着られて血が滲む横腹を抑える。

 

「あれ躱すたぁなんつー反応速度だよ」


 敵は驚きながらも楽しそうに笑う。

 クレアさんは血は出ているものの傷は浅そうでとりあえず一安心した。


「なるほど……斬った相手の場所にも移動できる訳ね」


 相手のナイフをよく見ると、右手のナイフは新品のような白刃になっていて、代わりに左手のナイフは刀身の九割が赤く染まっている。

 

「右手のナイフが変色していないところを見るに、そのナイフに染み込ませた血の量で移動出来る回数の制限って訳ね。なら――――」


 クレアさんは相手との距離を一気に詰める。

 左手のナイフは九割変色している。

 クレアさんの分析が正しければ現状どこに居ようと相手は間合いに踏み込める優位性がある。

 いっそ距離を詰めてその有利を無くす方が良い。


「はぁあ!!」


 クレアさんは派手な技を繰り出し続ける。

 いくら何でも魔力の消費が激しいと思うけど、あたしが考えることなんかクレアさんは百も承知だろう。

 今あたしがすべきは魔力を練る事だけだ。


「どうしたぁ? 魔法こそ派手だが攻め手に勢いがねぇぜ?」


 あたしには分からないけど、戦いに慣れた敵には感じ取れるものがあったんだろう。

 クレアさんは図星を突かれたように舌打ちする。


「アンタの種器シード……瞬間移動の数が減っていてと左手のナイフでの攻撃が多い。種器シードの刀身が完全に赤く染まった時、別の能力への条件が満たされると考える。そして、他生徒が見当たらないのがアンタが原因なら、その能力こそがその理由と推測できる」


「ご名答! だが分かったところでどうしようもねぇけどな!!」


 右手のナイフをクレアさんに投げつける。

 クレアさんはそのナイフを蹴り飛ばして防ぐ。

 蹴り飛ばされて宙に浮くナイフをクレアさんは警戒するも、その背後に敵は瞬時に現れた。

 

 投げられたナイフに飛ぶか、解花ブルームの魔法を使って飛ぶかの二択。

 前者を警戒していたクレアさんだけど、敵は解花ブルームを使って背後に移動する。

 ただそれすらも呼んでいたのか、クレアさんは踵を振り上げて炎を纏って後ろ蹴りを繰り出した。


 ただ敵は更に一枚上手で――――


「ィっ!?」

 

 クレアさんの蹴りが空を切り、弾き飛ばしたナイフに瞬時に飛んだ敵はクレアさんを斬り付ける。

 斬られた左肩を抑えるクレアさん。

 指の隙間から血が滲み出ていて、白い制服を赤く染めていく。

 幸い斬ったのは右手のナイフで、クレアさんが警戒していた解花ブルームの発動条件は満たしていない。

 満たしていないけど……


「はぁ……はぁ……」


 敵の右手のナイフも九割方赤く染まっている。

 それほどまでにクレアさんが出血している証拠だ。

 血、体力、魔力、どれをとっても消耗しすぎて満身創痍だ。

 魔力はあたしが補給出来るとしても、それ以外はどうしようもない。


「結構楽しめたがもう終わりかぁ……」


「そうね……」


 クレアさんは僅かに笑みを浮かべる。

 諦めか、死を悟ったのか、どちらにしてもその笑みは敗北を認めたような気がして。


「クレアさん!」


 あたしは咄嗟にクレアさんのところへ駆け寄る。

 あたしの“魔力鎧アーマー”は健在だから、盾くらいにはなれる。

 それでも時間稼ぎにすらならない。


「サラ……震えてるわよ」


 クレアさんを見捨てるなんて出来ない。

 でも初めての実践に恐怖が拭えないのも事実。


「アタシは大丈夫よ。安心しなさい」


 クレアさんは震えるあたしの手を握る。

 血で濡れた手は力強く、優しく、あたしに勇気を与えてくれる。


「オレが言うのもなんだが、気休めは時に残酷だぜ?」


 敵は笑いながら言う。

 それでもクレアさんは強気に言った。


「気休めじゃないわ。まだ勝機はある」


「なら、その勝機ってやつを見せてもらおうか!!」


 敵は一気に距離を詰める。

 あたしはクレアさんを庇う体勢を取って覚悟を決めたその時――――。


「選手交代だけどね」


 もう目前まで敵が迫ったその時、敵の頭を貫くように光が一閃する。

 敵は飛び引いてそれを躱すも、眩い光は地面からいくつも天に伸び敵を攻撃し続ける。

 

 あたしはその光を見て恐怖心が徐々に消えていく。


「やぁクレア。折角会いに来たのにボロボロじゃないか」


「大丈夫!? サラちゃん、クレアさん!」


「ったく、遅いのよ」


「うぅ……アリシア! メイリー!」


 アリシアとメイリーが助けに来てくれて、あたしは嬉しさのあまりクレアさんを強く抱きしめた。


「イタ、痛ィっ!?」


 あ、クレアさんごめんなさい。

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