第十八話「違和感」
「おかしいわね……」
訓練が始まって数時間。
何か違和感を覚えたクレアさんは立ち止まってあたりを警戒する。
「何かありました?」
「おかしいと思わない? 訓練も始まって数時間……いくら演習所が広いからってこうも逮捕者も追跡者も見当たらないものかしら」
「……確かに捕まってる生徒も負傷している追跡の生徒もあんまり見かけませんでしたね。まぁでも偶然じゃないですか? もしかしたらリタイアして演習所から撤退してるかもしれませんし」
「まぁ……そうね。一旦休憩しましょうか」
あたしとクレアさんは近くの岩場に座って休息を取ることにした。
歩き回って少し足が怠くなってきたから丁度良かった。
バックから水筒を取り出して一息つく。
その間も、クレアさんは周辺の警戒を怠らない。
「クレアさん、一つ質問いいですか?」
「何よ?」
「答えづらかったらいいんですけど……どうしてアリシアと勝負してるのかなって」
「別に、面白い話じゃないわよ?」
それでも聞きたいあたしはクレアさんが話し始めるのを待った。
□◆□◆□◆□◆□◆□
この世界は平等じゃない。
それが、幼少期のクレア――アタシの思考を形成する常識だった。
生まれ落ちた瞬間、格差は存在して、才能がある人、要領がいい人もいれば、何もできない人、どんくさい人もいる。
アタシは――――恵まれた人だった。
大抵のことはすぐそれなりに出来て、難しいことも応用を利かせて対処できた。
だから、努力をするという行為に意味を感じられなかった。
そんなアタシを周りは期待してくれていた。
将来大きい存在になると期待して――媚びを売るように迫ってきた。
アタシに恵まれなかったものがあると言うなら対等な存在――――友達だった。
アタシの周りには常に人がいる。
けれどずっと孤独を感じていた。
年齢が上がるにつれ活動する範囲は広がる。
そんなアタシの前に現れた一人の女がアリシアだった。
端整な顔立ち、ブロンドの髪、凛々しい立ち振る舞い。
そしてアタシと同じ――いや、アタシ以上に恵まれた存在。
事あるごとにアタシはアリシアと競う場面があった。
そのすべてに、アタシはアリシアに勝つことが出来なかった。
そうなれば当然、アタシの周りにいた人も、より秀でているアリシアの方へと流れていく。
アタシは本当に孤独になったんだと感じて、もうアリシアに嫉妬する気すら起きなかった。
この世界は平等じゃない。
才能の差は存在して、努力が必ず報われるというのはそんな残酷な事実から目を逸らす言い訳にしかならない。
だからアタシは、アリシアに一生勝てないのだと諦めた。
しばらくして、アタシは“ホワイトリリー”に入学する為の養成施設に通うことになった。
もちろんアリシアも同じところに通うことになり、アタシは憂鬱だった。
絶対に勝てない相手が傍にいる。
それはやる気や向上心を失う理由としては十分だった。
施設に入ってすぐ、適性診断と称して武器の訓練が行われることになった。
一週間前には知らされていて、みんな木剣を振り回して練習している。
アタシは当然、一日目にそれなりに出来たので後は適当に流していた。
一週間頑張ったところでどうせアリシアには勝てないと思ったから。
結果、当然アリシアには勝てなかった。
次は槍を使うと先生が言っていた。
日時は同じく一週間後。
施設からの帰り道、気分転換にと普段とは違う帰路に就いた。
普段と違う道を歩くだけで世界が変わったように見える。
そんなアタシの前にアリシアは現れた。
向こうは気付いていない。
目立たないけどそれなりに空間のある場所で、アリシアは槍を構えている。
アリシアも練習するんだなと最初は思った。
まあでも、アタシと同じように初日でそれなりに出来てしまうんだろうと思って様子を見ていた。
アリシアが動き出した瞬間、アタシは言葉を失った。
あのアリシアが、絶対に越えられないと思っていた天才が、絶望的なまでに槍を扱うのが下手だった。
見てるこっちがイライラするくらい、長い獲物に振り回されている。
その時は意外な一面としか思っていなかった。
訓練当日、アタシはいつも通りアリシアに負けた。
アリシアに負けることは今に始まったことじゃない。
それでもアタシは驚きを隠せなかった。
あれほど絶望的な槍のセンスだったのに、いつも通りアリシアは完璧に使いこなしている。
それからアタシはアリシアの秘密の特訓を見るようになった。
最初はセンスの欠片もないのに、いざ本番という時には完璧に仕上げている。
視点を広げると、アリシアの秘密の特訓場所には今までの“努力”の片鱗が散らばっていた。
豆が潰れて血が染み込んだ柄の木剣、弦が何本も切れた弓、折れた槍の数々。
アタシにはアリシアの積み重ねたものを想像も出来なかった。
気が付けばアタシは、いつも通り次の訓練で使われる投げナイフの練習しているアリシアに声をかけてしまった。
「クレアちゃんじゃないか。こんなところでどうしたんだい?」
「それはこっちのセリフ。昔からずっとここで練習してるわけ?」
「‥‥‥そうだね。見られたから話すけど、私は器用じゃないからこうやって練習しないと上達しないんだ」
「一つ聞かせて。仮にアンタがこんなに頑張っても報われなかったら、これからもこんなことを続けられる?」
純粋な疑問だった。
努力というのはゴールの見えない道を走るようなもの。
必死に走って走って、ようやくゴールしたと思えばそこにはさらに先のゴールがある。
また走ろうと思った矢先、才能のある人は飄々と馬に乗って先を越す。
その事実を知ってしまった時、今までやってきたことが無駄に思えてくるんだろう。
アタシはそんな子を多く見てきた。
アリシアが天才でないことはもう分かった。
努力してアタシに勝ってきたことも認める。
もしアタシがもう勝てないと諦めずにちゃんと努力したら、もしアリシアに勝ってしまったら、アリシアはいつも通り努力出来るんだろうか?
「続けられるさ。それは断言出来る」
「どうしてそこまで頑張れるの? こんなに手をボロボロにして、こんなところで一人で必死こいて、たかが施設の訓練で何がアンタを突き動かすわけ?」
数秒考えて、アリシアは思い浮かべた誰かを見据えるような目でアタシを見た。
「凡人が天才の傍にいるには研鑽を積むしかないからさ。努力が報われるのではなく、報われるまで努力するのが私のやり方だ。もちろん辛いと感じる時はある。けど最近、こうして努力することが楽しいと感じるんだ」
「努力が楽しい?」
「ああ。君に勝てたからね。私が十日かけて出来ることを君が一日で出来ようと、私は君の十倍励むけだ。君に勝つ度、私は天才と呼ばれる人達に近付けた気がする。だから楽しいんだ」
勝ち誇ったかのように笑みを浮かべるアリシア。
アタシはその笑みにカチンと来た。
それは初めて抱いた感情だった。
それからアタシは初めて、投げナイフの練習をした。
最初の一日で的の中に必中、次の日には五割は的の中心に、訓練日の前日には九割が的の中心に当てられた。
もちろん決められた距離の静止した状態で静止した的に当てるだけで実戦には使える技量じゃない。
それでもアリシアに勝つには十分だった。
案の定、アタシはアリシアに初めて勝った。
アリシアが凡人というのなら、アタシが努力する限りアリシアはアタシに勝てない。
珍しく苛立っていたアタシは、アリシアの言葉をとにかく否定したかった。
でもアリシアは変わらなかった。
別の課題でアタシは負けた。
その次は勝ったり、その次は負けたりと、アタシとアリシアは勝ったり負けたりを繰り返した。
次第にアタシには勝った時の喜びや負けた時の悔しみを感じるようになった。
この世界は平等じゃない。
生まれ落ちた瞬間、格差は存在して、才能がある人、要領がいい人もいれば、何もできない人、どんくさい人もいる。
ただ一つ分かったのは――――才能で全てが決まるほどこの世界は退屈じゃないということだった。
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