第十話「やるしかない」
試験開始とともにあたし達は“授吻”を始める。
これから戦いを始めるというのに、この光景は異様に思えるけど、魔女の国ユリリアにとっては普通のことなんだろう。
アリシアと“授吻”は何度もしてきてようやく少し慣れてきたけど、こんな公衆の面前でとなるとやっぱり恥ずかしい。
隙間から漏れる甘い声と吐息、触れる唇の感触、絡まる舌。
優しく腰にてを回されて、あたしは持っている魔力をアリシアに渡す。
そして“授吻”を終えるとあたしは体の力が抜けてアリシアに体を任せた。
アリシアに壁の方に運んでもらい、あたしは壁にもたれて無力に観戦に回る。
「ごめん……」
「大丈夫。あとは私の番だ」
“授吻”を終えても気を失うことは無くなったけど、指先も動かないくらいの脱力感。
もうそのまま眠ってしまいたいけど、今のあたしに出来るのはアリシアの戦いを見届けること。
アリシアはあたしに手をかざす。
紋章やら図形やらがあたしの下に現れる。
“魔法陣”と呼ばれるそれが、あたしを温かい魔力で包んだ。
“ブレイド”の魔法は主に二種類。
魔力そのものを作用させる汎用魔法、
アリシアがあたしに使ったのは魔力で包んで防御する汎用魔法――“
“シース”に魔法は使えないけど、“ブレイド”の魔法陣に魔力を流すことで魔法の効果を増強、補強することが出来る。
ただやりすぎると肝心の“ブレイド”に渡す魔力が底をついちゃうから調整は必要で、その調整をするのが“シース”の役目。
けどあたしにその役目を果たす力はない。
多分、あたしに使ってる魔法も普通より魔力が多めに注がれてる気がする。
「頑張って……」
ステージの中央へと歩くアリシアが背後のあたしに手を振った。
声を張る気力もないけど、多分聞こえたんだろう。
「待たせたね」
「まったくですわ。本当の戦場ならすでに死んでますわよ」
「手厳しいな。だがもちろん背後の警戒はしている。
アリシアが剣を抜く構えを取る。
刀身の無い銀のグリップが現れてアリシアの手に握られる。
グリップガードから、光の刀身が伸びて剣としての形を取った。
「何度見ても眩く美しい種器ですわね。
初めてみるアリシア以外の種器。
見た目は扇だけど、扇骨は鉄製、中の扇面も刃が連なっていてと完全に仰ぐ用途が消えて武器と化している。
それを二本、両手で構えるアウラさん。
「舞い踊りましょう」
扇を開き構えるその姿は、まるで踊り子のよう。
「行きますわよ!」
アウラさんが鉄扇を大きく仰ぐ。
強風が塊となりアリシアを襲う。
アリシアは後ろのあたしを庇って光の刀身で受け止める。
後ろに後退りながらも耐え、アリシアはダッシュでアウラさんとの距離を詰める。
「はぁっ!」
アリシアの振り下ろした光の剣をアウラさんは鉄扇で受け止める。
相手の武器ごと切り伏せていた光の剣も、魔力で補強している武具は一筋縄では切れないらしい。
「噂は本当のようですわね」
鍔迫り合いになりながらアウラさんは話す。
「貴女の“シース”、魔力の扱いがまるでなっていないようですわね。最初の“授吻”で魔力をすべて与えるなんて」
「ブラフかもしれないよ?」
「あれほどの疲弊した姿。もしブラフでしたら軍人ではなく演者になることをオススメしますわ」
「さすがに騙せないか。だが最初の“授吻”で君の“シース”を無力化すれば問題ない」
「出来ますか? 貴女の魔法は特に魔力消費が激しいですのに」
「それは私と対峙している君もだろう? こうして迫り合っている間にも私の剣から“
「そうですわね!」
アウラさんは飛び引いて、扇を振う。
アウラさんの魔法は“
自ら風に乗り舞うように動き、相手を風圧で破壊するのが基本戦法。
圧倒的な実力差しか見たことがなかったアリシアが珍しく押されている。
それも当然、魔力の補充が期待できないから温存しなきゃいけない上に、あたしに向けられる攻撃をアリシアは受け止めている。
完全に、あたしが足を引っ張っている形だ。
「受け身ばかりではわたくしには勝てませんことよ!」
聞いた話によるとアリシアの魔法の利点は圧倒的攻撃火力。
だけどそれは魔力があって初めて活かせる。
「決めますわよ!」
アウラさんは扇を大きく振う。
今までのような打ち付けるような風とは違う。
鋭利なナイフのような、狭く鋭い風の刃。
「――――ッ!!」
アリシアはそれを光の剣で弾くが、手数が多いためか腕や足に切り傷が増えていく。
あたしを囲うように後ろの壁に切り傷がつく。
アリシアは多少の傷を許容してまであたしを守ってくれている。
「っく……」
アリシアは片膝をついた。
光の剣が儚く消えていく。
「魔力が限界のようですわね。フィリラはもうすぐ魔力が溜まります。“
「瀕死の敵を前にとどめを刺さず話を始める。演出にこだわるのは君の悪い癖だよ」
傷だらけのアリシアと汚れ一つのないアウラさん。
それでもアリシアは敗者にはあり得ない笑みを浮かべた。
「ではお望み通り終わらせて――――ッッ」
ぐんといきなり地面から伸びた光の剣をアウラさんは仰け反って回避する。
「惜しい」
「“
負ける。
アリシアが負ける。
あたしが原因で試験に落ちたらアリシアに合わせる顔がない。
ただそれ以上に、アリシアが負けてしまう姿を見るのがどうしてか嫌だ。
その時、あたしの中に何かが込み上げてきた。
体の内に籠る熱が、水のような波紋を広げる感覚。
はっきり言って、超気持ち悪い。
けれど分かる。
これは魔力が少しだけど戻ったんだと。
普段の“授吻”後の魔力が回復する時は気がついたら戻っていたけど、今は魔力で覆われている状態だからか、戦闘を前に感覚が磨がれているのか、はっきりと魔力の波を感じ取れる。
やるしかない。
この感覚を忘れないうちに、魔力を練り上げる。
水を掻き上げるように、“
「鳩尾あたりに……グッと力を入れてグワァ……」
自分の中で魔力が渦巻くこの感覚はめちゃくちゃ吐きそうになるけど、これがあたしに与えられた最後のチャンス。
この機会を逃せば次はない。
教えてもらったコツを呟くと、アリシアは少し笑ったように見えた。
あたしは目を閉じる。
少しでも中で動く魔力に集中したいから。
アウラさん達はあたしを戦力から外している今のうちに魔力を練り上げる。
そのためにアリシアにはどうしてももう一踏ん張りしてほしい。
「……アウラ、君は私の手札がもうないと言ったね。確かに切り札は使ったし、魔力ももうない。だけど手札がないわけじゃない。賭け事はあまり好きじゃないが勝負運は悪い方じゃない」
アリシアはふらつきながらも立ち上がる。
「ここから先は計画もないし勝算もない。山札にあるたった一枚のカード。果たしてこれが吉と出るか凶と出るか……。さぁ、楽しんで行こうか」
「フフ、貴女も随分と演出にこだわるのではなくて?」
「いや、生憎私はそんなタイプじゃない。だが君から時間を奪うのに魔力の無い私が出来ることはこのくらいだろう」
「時間? いやそんなはずは……」
気付いたアウラさんの視線があたしに向けられた。
アリシアが稼いでくれた時間で、あたしは出来るだけ魔力を練り上げた。
「アリシア!」
「サラ!」
全身に倦怠感を抱えたまま体に鞭打って立ち上がりダッシュして、あたしとアリシアは距離を詰める。
させまいとアウラさんが扇を振るって風の攻撃を繰り出した。
アリシアは魔力補給が出来ないと踏んでいたアウラさんは攻めの姿勢で魔力を使っていた。
二回目の“授吻”前の残された魔力じゃ威力も弱い。
その風の攻撃をアリシアの前に飛び出したあたしが受け止める。
「ぃッ!?」
衝撃が体を打ちつける。
さっきまでアリシアが身を挺して守ってくれてたから、あたしの魔力の鎧は無傷そのものだった。
今ので魔力の鎧が完全に消えたけどあたしは無傷で終わったから良し。
アウラさんの攻撃を受けた勢いで、あたしはアリシアの体に飛び込んだ。
勢いよく飛び込むあたしを受け止め、アリシアは回転して勢いを殺しながら抱き抱える。
「まったく、魔法に飛び込むなんて無茶をするね」
「無駄じゃないならなんでもやってやる!」
あたしとアリシアは“授吻”を始める。
大衆の前だから恥ずかしいとか、今は一切気にならない。
アリシアに少しでも多く魔力を送り込む。
視界いっぱいに広がるアリシアの綺麗な顔。
おそらく次の“授吻”は間に合わない。
だからありったけを、アリシアに注ぎ込む。
「「んっ……」」
“授吻”を終えて熱をもった唇が離れた途端、あたしは膝をついて座り込む。
アリシアはその瞬間、アウラさんに飛び掛かる。
魔力量で優位に立ったアリシアが勝てるチャンスはアウラさんが次の“授吻”を行う前の今だけ。
あたしを壁際に運んでいる暇はない。
アリシアは光の剣で怒涛の連続攻撃を繰り出した。
「っく、まだまだですわ!」
アウラさんも負けじと応戦する。
でもやはり保有魔力の差が如実に現れて、アウラさんは防戦に回る一方だ。
「フィリラ! “授吻”を!」
「しかしまだ“
「そんなこと言ってる場合ではありませんわ!」
アウラさんはフィリラさんと距離を詰めようとするも、アリシアが光の剣を伸ばしてそれを阻止する。
「決めるッ!」
アリシアが手をかざすと、眩い光が会場を包み込む。
視界を奪われたアウラさんが出来ることは、広い範囲で風の魔法を使って応戦することのみ。
そんなことをすればアウラさんの魔力が尽きる。
「魔力が――」
「これでッ――――」
アリシアが光の剣を振り下ろす。
咄嗟にアウラさんが鉄扇で防ごうとするも、魔力が込められていないのならアリシアの剣はそれごと断ち切る。
後ろに崩れながら尻餅をつくアウラさんの鼻先に光の剣が触れる瞬間、ピタリと止まる。
「勝負、ありだね」
「……はぁ、負けましたわ」
落胆しながらもどこかやり切った様子のアウラさん。
“
「勝負あり! 勝者、アリシア」
試験官の先生が宣言すると同時、観衆の声が跳ね上がる。
「良かった……アリシアの……か……ち…………」
気が抜けたのか、安堵とともにあたしの意識はそこで途絶えた――――――。
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