はいぷり - Haiku Prince -

朽木桜斎

第1話 宇宙の平和が危ない!(俳句のせいで)

夜桜よざくらに きりきりいの 地虫じむしかな」


 桜をあしらった着物姿の男がそう唱えると、手にしている白い短冊たんざく墨文字すみもじが浮かび上がった。


 その文字はまるで虫のように、キャンバスの上をドロドロとうごめいている。


「ぐうっ、心臓が……!」


 武装した数十名の屈強な男たちは、一様いちようむなぐらを押さえはじめた。


「どぅふふ。どうですか、心臓を虫に食い破られる気分は?」


 着物の男は下劣げれつみを浮かべている。


「く、苦しい……」


 武装した男たちはたちどころに倒れ込んでしまった。


「どぅふ。宇宙警察の精鋭部隊といえど、わたしの闇俳句やみはいくの前ではジャッパも同然ですねえ。ああ、『ジャッパ』とはわたしの生まれた土地の言葉で、『カス』の意味ですよお?」


 着物の男はケラケラと笑っている。


 そこに一人だけ、立ち上がった人物がいた。


「おのれ、縊木崩斎くくるぎ ほうさいっ!」


 彼はふらつきながらも、転がっているショックガンをひろった。


「おやおや、いまの句で心臓がズタズタのはずですのに。ずいぶんがんばりますね、あなた」


 縊木崩斎と呼ばれた着物男は、そでで口もとを隠しながらいやらしい顔をした。


「貴様などに、宇宙の平和は渡さない……!」


 ショックガンを手にした男は、どんどん荒くなる呼吸をおさえながら、決然としてそれをかまえた。


「あ~あ、こういうタイプって一番嫌いなんですよね、わたし。しかたがない、もう一句、みますか」


「くらええいっ!」


 トリガーを引こうとしたそのとき――


星屑ほしくずを やすよるなり 闇桜やみざくら


 再び短冊に文字が浮かび上がった。


「ぐあああああっ! かっ、体があああっ!」


 かまえていたじゅうごと、男の体は地獄の業火ごうかに包まれた。


 縊木崩斎はまたケラケラと笑った。


「どぅふふ。星屑のように燃え尽きておしまいなさい、宇宙最強の戦士どの?」


 銃は焼けげ、男の体もどんどん炭のようになっていく。


 ここまでだと彼は覚悟した。


 そして心の中で、ひとつの想いを念じた。


(アスハ、頼む……必ずや正義の俳句戦士たちを見つけ出し、この邪悪な陰謀いんぼうを打ち砕いてくれ……そして宇宙を、宇宙の平和を……)


 男はとうとう消しずみになってしまった。


 縊木崩斎はその『カス』をながめながら、満足そうにほほえんだ。


「どぅふう。かつて宇宙最強と呼ばれた戦士ゴウキ・レイもやっつけたことですし、これで宇宙はわたしのものですねえ。どぅふ、どぅふふ……」


 彼が笑っていると、背後から別の着物姿の青年が走ってきた。


「先生、たいへんです。ゴウキ・レイの娘アスハが、正義の俳句戦士たちを見つけ出すため、地球へと……」


「おやおやあ、それは困りましたねえ。面倒ですがわれらも行かねばなりますまい、地球へね」


 縊木崩斎は特殊ガラス越しに青い惑星を見つめた。


 そしてここに、宇宙の存亡をかけた戦いの幕が上がったのである。

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