第三十四話 結果報告
氷川市には東銀、一宮と呼ばれる二大異人街が存在する。東銀が表の顔だとしたら、一宮は裏の顔である。一宮の方が組織間の縄張り争いが頻繁に起こる。
金蛇警備保障はその一宮に事務所を構えていた。社長のランはシュウの師匠である。
その日、シュウは金蛇警備の社長室にいた。師匠に結果を報告しに来たのだ。二人は来客用のソファーに座り、アイスコーヒーを飲んでいる。
「しゅうちん、お疲れ様! 良かったねー、カリスちゃんを守れて」
からからと笑うランは、シュウと同じ金髪、金色の目をしている。無造作に肩まで伸びた髪には艶があり、前髪は斜めに流していて片目が隠れ気味である。
彼女は社長だが、服装はカジュアルだ。エメラルドグリーンのパーカーにショートパンツを穿いている。
ギャルのような外見で威厳は無いが、ランは【
「そうですね。お師匠のお陰です。危ない場面もありました。GPSのお守りは役に立ちましたよ」
今日のシュウは青柳色の甚平を着ている。これは便利屋金蚊の制服である。
「まあ、金蚊オープンして一年以上経ったか。順調そうで何よりだねぇ。しゅうちん。で、カリスちゃんは今何してるの?」
「龍尾と龍王の抗争を懸念して警護を延長していましたが、明日で終わりです。シャーロットさんは部屋の片付けをしていますよ」
ランはアイスコーヒーを飲みながら頷いている。そして含みのある笑顔を浮かべながら言った。
「どう? 少年。彼女と良いことあった? お姉さんが相談に乗るよ」
シュウは思わずアイスコーヒーを吐き出しそうになった。咳き込みながら答える。
「ないない! ないっす! そりゃ……意識はしますよ? でも、異人の歌姫と便利屋の俺が釣り合うわけないっす! 所得が違います。しょ・と・くが!」
慌てるシュウを見てランは呆れながら言った。
「はぁ? 養ってもらえば良いじゃん! あっちの方が年上なんだから。多分、あんたのことを危ない場面で救ってくれた王子様のように思っているわよ、彼女」
「いやー、彼女は皆に優しいっすからね。リンやチェンにも同じように接していますし。俺だけ盛り上がって自爆するのは避けたいっすね」
ランはアイスコーヒーをズズゥと飲み干した。そして溜息をついてこう言った。
「そうかねぇ。あんたにしか見せていない顔があると思うんだけどなぁ、お姉さんは」
師匠の発言に、シュウはシャーロットの傷跡やパニック発作を思い出した。
「……」
シュウは黙ってアイスコーヒーを飲んでいる。その様子をランは母親のような思いで見ていた。
「まあ、好きにしなさい。でもね、後悔だけはするんじゃないよ。しゅうちん。あ、りんりんにも気を遣いなさいね」
「……分かりました。それでは帰ります」
シュウはアイスコーヒーを飲み終えると席を立った。そして一礼するとドアへ向かう。ランはシュウの背中に声を掛けた。
「そうだそうだ、全然関係ない話なんだけどね」
「はい、何でしょう?」
シュウはランの言葉に振り返った。ランは足を組み直すとこう続けた。
「しゅうちんさ、親のことって……どう思ってる? やっぱり恨んでる?」
想定外の質問にシュウは一瞬思考が停止した。数秒間考え、こう答えた。
「いや、覚えてないっすね。別に恨んでもないですし。まあ、育児放棄した方々としか」
シュウは淡々と答える。感情的にならず冷静であった。それが本心でもある。
「そっか」
「俺の親は師匠と施設長、それと大家さんっすね。リンもそう思ってるんじゃないかな?」
シュウの返答に、ランは頬を膨らませて怒った。
「ばっか! せめてお姉さんって言いなよ! まだ三十代よ、私は」
「あはは、そうでしたね。ではまた」
シュウはドアノブに手を掛けた。ランはもう一声掛けた。
「しゅうちんさ。……何か胸騒ぎがするのよね。こう……上手く言えないけど、気を付けなさい。これはお姉さんの勘よ」
シュウは軽く手を振ると社長室を出た。ランはシュウのことになると過保護になる。またいつもの老婆心だとシュウは思ったのであった。
(まったく。もう事件は終わったのに心配性だな、お師匠は)
出入り口で立哨している木村と高橋に挨拶をして、金蛇警備の事務所を後にした。
シャーロットとの時間はもう残り僅かだ。シュウは一抹の寂しさを覚えながら家路を急いだのである。
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