第7話

ウォンイとの初めての夜の翌朝。

チヤがベッドから起きれずにいると、シュリがやってきた。


「チヤ様。おはようございます。朝食はいかがいたしましょう?ベッドにお持ちしましょうか?」


完全に気が抜けて裸のままダラダラしていたチヤは、慌てて布団を被る。


「シュ、シュリ!ありがとう!なんかお腹いっぱいだから、朝ごはんはいいや!」

「そうですか。では隣の部屋に控えていますので、何かあればお呼びください」

「う、うん!わかった!」


チヤの慌てっぷりなど全く気にせず、シュリはいつも通りテキパキと水差しなどを新しいものに変えて部屋を出て行こうとする。

しかし扉を開けたところで急に振り返った。


「一つ言い忘れておりました」

「な、なに⁉︎」

「おめでとうございます、チヤ様」


フフッと笑うシュリに、チヤは真っ赤になってかたまってしまった。




さらに3日後。

リョクヒがお土産をたくさん持ってチヤのもとへやってきた。


「あの後、ジンイ様とお話ししてね。隣にいるだけだけど、公務の時にお側にいてもいいことになったの。時々は食事も一緒に食べようって。コクヒとウォンイ様のおかげだわ。本当にありがとう」


穏やかに笑うリョクヒに以前のような寂しさはない。チヤはその笑顔がとても嬉しかった。

ただ、チヤにはどうしても気になることがあった。


「リョクヒ様のお役に立てたなら良かったです。あの………」

「なあに?」

「ごめんなさい!男だと言うことを隠していて。ウォンイ様の妃とはいえ、王妃様が男と2人でいたなんてジンイ様を不安にさせたんじゃないですか?」


本当に申し訳なさそうにするチヤに、リョクヒは少しだけイタズラ心が湧く。


「そうね〜。確かにジンイ様には面白くないかもしれないわねぇ」

「やっぱり!」

「浮気を疑われても仕方ないわよねぇ」

「浮気!ええ!どうしよう!」


あたふたするチヤにリョクヒが思いっきり笑い声をあげる。


「ふふふ。嘘よ。命をかけて私のために動いてくれたコクヒを疑うはずないでしょ。ジンイ様は、私になんでも話せる相手ができて喜んでるわよ」


リョクヒの言葉にチヤはハーッと脱力する。


「リョクヒ様〜。いじわるしないでください」

「ふふ。コクヒが可愛くて、ついね」


そう言いながら、リョクヒはチヤをまじまじと見つめる。


「?なんですか?」

「いえ。なんだかコクヒに色気がでてきたなぁと思って。………贈り物のおかげかしら?」

「ブーッ!」


贈り物と言われて、チヤが思いっきりお茶を吹き出す。


「ゲホッ……あ、いや、それは……」

「いい香りでしょ、あの練り香水」


『あ、そっちのこと……』


てっきり小瓶のほうを言われたのかと思っていたチヤは、慌てたことが逆に恥ずかしくなる。


「はい。とてもいい香りでした」

「チヤに合うと思って。喜んでくれて嬉しいわ」


ふふふと笑いあい、すっかり安心しきったチヤにリョクヒが切り込む。


「で、小瓶のほうはどうだったのかしら?」

「ブハッ!」


再びお茶を吹き出したチヤがリョクヒは楽しくて堪らない。


「どうやら、ちゃんと使ってもらえたようね。本当はすぐに話を聞きに来たかったんだけど、体がつらいかなぁと思って我慢してたのよ〜。ねえねえ、どうだったの?」


楽しそうにするリョクヒに、チヤは「やめてください」とひたすら抵抗する。

そうやってお茶会の時間は賑やかに過ぎていった。




次の日。話があるとカダがチヤのもとを訪れていた。


「カダ、どうしたの?急に話って」

「チヤ様。実は……」


珍しく言い淀むカダにチヤは嫌な予感がする。


「まさか……イヤだよ!僕、聞かないからね!」

「しかし……大事なことですので」

「イヤだ!なんでみんなして僕とウォンイのことからかうんだよ〜」


耳を塞いでイヤイヤしているチヤに、カダが訳がわかないと言う顔になる。


「ウォンイ様とチヤ様のこと?なんのことですか?」

「へ?僕たちがやっとやったから、からかいに来たんじゃないの?」


チヤの言葉にカダのほうが赤くなる。


「違います!そのような閨のことなど存じ上げません!今日はチヤ様の糸について話に来たのです」

「え?そうなの?」


な〜んだと軽く笑うチヤに、カダはどっと疲れを感じた。



自分にだけ糸が見えることが気になったカダは、チヤと話してから糸や白の人について調べていたらしい。


「10年前。戦場でチヤ様と同じような人物が有名になったことがあるそうです。その者は傭兵団に所属しており、白い髪に赤い眼を持ち、手脚を斬られてもすぐ再生したとか。その特徴から白蜥蜴と呼ばれていたそうです」

「白蜥蜴?……シロのことだ」


クロと共にチヤの保護者をしてくれているシロは、白の里に来る前は傭兵として働いていた。


「お知り合いでしたか。その方の姿を見た中に、白蜥蜴は糸を纏って戦っていると言う者がいたらしいのです。噂を辿って本人に会いに行ったのですが、残念ながら戦死していて話を聞けませんでした」

「カダ以外にも糸の見える人が……」


白の人は里にいる限り普通の人と関わることがほとんどない。糸を出しているのを見せる機会がほぼないので、いったいどれだけの割合で糸を見れる人がいるのかわからない。


「一度白の里に戻って話をしたいな。ウォンイに相談しないと」

「そうですね。ひとまずチヤ様は人前で糸を出さないようにお気をつけください」

「うん。って言っても、僕の糸は天気を読むことくらいにしか使えないから心配しなくて大丈夫かな。ほとんど出すことないから」


あははと笑うチヤに、カダが急に真剣な顔になる。


「チヤ様……」

「何?急に改まって」

「………この度はおめでとうございます」


クソ真面目に祝いの言葉を言ってくるカダに、チヤが半泣きになる。


「だからそれをやめてって言ってるのに〜」




その夜。チヤはカダに聞いたことをウォンイに相談していた。


「糸の見える者か。確かに気になるな」

「それで、一度里に帰って話をしたいんだけど」

「そうか。そろそろ里帰りをと思っていたからそれは構わないんだが、1人でというのがな」


白の里は白の人達が安全に暮らせるようにと、普通の人達からは場所がわからないようにしてある。

それゆえ、チヤの一存でウォンイを連れて行くわけにはいかないのだ。


「なんとか里と連絡をとる手段を考えないとなぁ」

「里から降りてくる人に会うことはできないのか?物の売買をしている場所に行くとか」

「そうだね。よく行く場所なら知ってるんだけど、タイミングよく来てくれるとも限らないしなぁ」

「カダに場所を伝えて、そこで待機させればいい。あいつは真面目だから何日でも飽きずに待ってるぞ」


雨が降ろうが槍が降ろうが待ち続けるカダの姿を想像してチヤは笑ってしまったが、他に方法もないのでウォンイの提案にのることにした。




ウォンイの提案はすぐに身を結ぶことになった。それも意外なかたちで。


「チヤ。チヤ」


チヤが自室でゆっくり過ごしていると、窓の外から聞き慣れた声がした。

見ると、顔の上半分だけを出して窓から誰かが覗いている。


「?………イザナ⁉︎」

「久しぶり」


呼ばれた人物は何でもないかのように手を上げる。

イザナは白の里の情報収集を担当している人物で、クロと同世代で仲が良く、チヤのことも可愛がってくれている。


「どうしたの⁉︎……と、とりあえず窓を開けるね」


チヤは驚きつつもイザナを部屋へ招きいれた。

昔はおかっぱだった髪を短くして茶色に染め、城下町の商人のような姿をしたイザナは軽々窓を飛び越えて入ってきた。


「元気そうだね、チヤ。安心したよ」

「僕は驚いたよ!なんであんなとこに?どうやって⁉︎」


驚きで訳がわからなくなってるチヤを、イザナは「どーどー」と落ち着かせる。


「長とクロに頼まれて時々チヤの様子を見に来てた。そしたらチヤとよく話してる兵士が僕らのよく行く場所で毎日何かを待ってるから、チヤが連絡をとりたいのかと思って。会いにきてみた」


チヤは淡々とした話し方に懐かしさを感じながらも、『ここは一国の王様のお城なんだけどな』と、あっさり忍び込んでしまうイザナに呆れてしまった。


「で。何かあったの?」

「そう!来てくれて助かったよ!実は糸のことで相談したいことがあって」


チヤはカダに聞いたことをイザナに話し、ウォンイと共に里へ行きたいことを伝えた。


「そっか。それは大変だね。すぐ帰って長に伝えるよ」


全く大変じゃなさそうな感じでイザナは答え、窓から再び出て行こうとする。

しかし、ふと止まって振り返り、チヤをジーッと見てきた。


「な………何?」

「………チヤが手を出されてたら相手のイチモツぶった斬ってこい!ってクロに言われてるんだけど…………やっていい?」

「………ダメ………」


もはや自分達のことを言われるのを諦めたチヤは、ひとまずウォンイの身だけは死守した。



そして数日後。チヤはウォンイと共に白の里へ向けて出発した。

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