第10話

決闘の舞台といっても、草原の草を倒して円を描いただけの簡単なものである。

その両端にシロとシュアンが立っている。


「決闘の勝敗は相手を降参させた者の勝ちとする。ただし、相手を死に至らしめた場合は即刻負けとなる。我が里が勝てば、白の里は今後一切我が里の動きに干渉しないこと。白の里が勝てば、我が里は集落への襲撃など普通の者たちへ危害を加えるのを一切禁止する。以上の条件でよろしいか」

「異論はありません」


シロの後ろに控えている長が答える。


「では、これより決闘を開始する」


言うが早いか、シュアンが剣を構えて突撃してきた。

シロはギリギリのところでそれをかわす。


『早い!さすが長になるだけある』


続いて繰り出される糸と剣の攻撃にシロは防戦一方になる。

全員がシロが不利かと思ったが、次の瞬間、シロは糸を使って目にも止まらぬ速さでシュアンの後ろをとった。


『これなら!』


だが後ろからの攻撃も糸で弾かれ、お互いに距離を取って仕切り直しとなる。


「なかなか強いじゃないか。さすが代表に選ばれるだけはある」

「お前も強いよ。全然隙を作れない」


「光栄だ」と言うと、シュアンは再び距離を詰めてきた。激しい打ち合いが始まる。

するとシュアンはシロにしか聞こえない声で話し始めた。


「私はクロのことを愛している」

「は?」


動揺するシロの腕が切り落とされる。

隙をつかれてシロは地面に仰向けで倒されてしまった。

馬乗りになったシュアンが剣を振り上げながら更に話しかけてくる。


「お前がいなくなればクロは私の物になるのだろうか」


その言葉にシロの怒りが爆発する。

上に乗るシュアンを蹴り上げて距離をとり、剣と糸全てを威嚇するようにシュアンに向ける。


「アイツを物みたいに言うな!アイツは髪の色も腕が生えてくるかも何も気にしないで、誰にでも優しさを与えられるヤツなんだ。誰よりも人の心に敏感で、誰よりも温かい。そんなアイツを、白の人だそれ以外だなんてくだらない理由で殺すようなヤツに誰が渡すか!」


シロの言葉にクロは涙が出てくる。

だが、同時に言いようのない不安に苛まれた。


「そうか。なら、勝ち取ることだな。己の力で」


シュアンの糸から奇妙な圧力を感じた瞬間、シロにはシュアンの姿が見えなくなった。


『え?今までそこにいたのに』


戸惑うシロの腕が再び切り落とされる。


『なんだ!何も見えなかった!』



白の里では一方的に切られるシロに疑問の声が上がっている。


「なんだ?威勢のいいこと言ったと思ったら急にやられっぱなしになったぞ」

「どうしたんだ?おい。しっかりしろよ」


対するシュアン側では、全員シュアンの能力を知っているため勝利を確信していた。

そんな中でクロだけが不安そうに決闘を見守っている。



「どうした?口だけか?そんなことではクロを守れないぞ」


シュアンは存在を消してシロに近づき、再び挑発するようなことを言ってくる。だが、シロは不適な笑みを浮かべて言い返した。


「守る?アイツが大人しく守られるようなタマかよ」


そう言うと、シロは地面に蹲った。


「なんだ?そうやって急所を守ってるつもりか?無駄だ」


そう言ったシュアンがシロに近づいた瞬間、シロが的確にシュアンの胴を剣で切りつけた。

驚きで糸の能力を解いたシュアンは、シロにも胴に大きな傷を受けているのが見えた。


「なぜわかった」

「お前たちは糸に頼りすぎなんだよ。どこにいるかなんて、草の沈み方見たら一発だろ」


フンっと強気な顔で言うシロに、シュアンはなぜクロが彼を好きなのか理解した。


「そうか。………私の負けだ。完敗だよ」


わっと白の里陣営から歓喜の声があがる。

シュアンの側からもホッとする声が漏れた。


だが、一部の人間は納得のいかない様子で声を荒げる。


「ふざけるな!こんな勝負で何が決められるってんだ!俺たちが普通のヤツらにどんだけ苦しめられてたと思ってるんだ!」

「そうだ!殺して何が悪い!」


部屋に来てくれた女性たちが、声を荒げる者たちから守るようにクロの周りを囲む。


「おい、お前たち、いい加減に……」

「なんで殺したいの?復讐?」


止めようとしたシュアンの言葉を遮って、シロが質問する。


「それもあるが、俺たちが虐げられるのは数が少ないからだ。だが白の人の数はどんどん増えている」

「だから殺し続けてアイツらが減れば、俺たちの方が多くなって今度はアイツらが虐げられる側になるんだ」


「ふ〜ん。じゃあお前たちは自分達が多数派になったら、少数派の意見は聞かなくなるんだね」


シロの指摘に騒いでいた者たちがかたまる。


「は?……何言って………」

「だって、そう言うことでしょ。自分達が苦しい間はなんでもありにして、自分達が楽になれば耳を貸さなくなる。随分自分勝手だね」


男たちは言い返せない。

すると、シュアンが小さな笑い声をあげた。


「お前たち、もうやめよう。完全に私たちの負けだ。道を見直す時が来たんだろう」


そう言いながら、シュアンの体が大きく傾く。

仲間たちが慌てて駆け寄るより早く、シュアンを支える影があった。


「クロ………」

「喋るな。すぐ治療するぞ。おい!誰かコイツ運ぶの手伝ってくれ」


クロの迫力に先ほどまで荒ぶっていた男たちが大人しく従う。そのままクロはシュアンを連れて陣営に戻って行ってしまった。

ポツンと残されたシロは、喜ぶのも忘れて唖然としたままクロの去ったあとを見ていた。



シュアンの傷は見た目ほど深くはなく、傷薬と包帯で手当てをして、ひとまず陣営は落ち着いた。


「はあ。良かった。それほど酷くなくて。お前、死ぬつもりなんじゃないかって心配したぞ」

「死ぬ?私が?それはない。私が決闘で死ねば最悪の展開になるだろ」


ホッとしてシュアンの横に座るクロの近くで、一緒にシュアンを運んできた男たちが決まり悪そうにしていた。


「お前たち。普通の人間であるクロに私は助けられた。もう白の人だ普通の人だ言う気はないな」

「……ああ。長を助けてくれて礼を言う」

「みんな戸惑うなかで、見事な動きだったぞ」

「お前なら長との結婚も認められるな」


結婚の言葉にクロが吹き出す。


「お前たち。クロには心に決めた人がいるんだから、そんな事を言ってはいけないよ」

「え?そうなんですか?俺はてっきり長の恋人なのかと」

「私はあっさり振られた身だ。でも悔しくはないよ。なんせ相手は………」


そこまで言ってシュアンはハッとする。


「クロ!なんでここにいるんだ!しかもせっかくの服をそんな血だらけにして………」

「いや。なんでって。お前が怪我したから」

「それならもう大丈夫だから、シロのところへ行け。早く」


シュアンの剣幕にクロは追い出されるように陣営を飛び出て、白の里側へ向かった。



「いやぁ。やっぱりクロは向こうの長のことが好きなのかなぁ」

「変態親父じゃなかったしね」


歓喜に騒ぐ仲間内で、シロは抜け殻のようになっている。

イソラとイザナはそんなシロをからかって楽しんでいる。


『クロ………。あっちの長、かっこよかったもんな。背も高くて、強くて、里の長で。負けもすんなり認めて非の打ち所がないじゃないか。もう俺がクロにしてやれるのは、兄弟として祝福してやることくらいか』


更に抜け殻になっていくシロをイソラたちがそろそろヤバいかと思いかけたら、グシャグシャの格好のクロが陣営に飛び込んできた。


「シロ!ごめん!お待たせ!戻ったぞ!」


いきなりやってきて前に立つクロに、シロは夢でも見てるのかと思った。


「え?クロ?なんで?向こうの陣営に行ったんじゃ?」

「?シュアンの手当てが終わったから戻ってきたんだよ。それより、ありがとう。争いを終わらせてくれて。見事な戦いだったぞ」


言い終わらないうちにシロに抱きしめられる。クロは驚いて中途半端な腕の角度で止まってしまう。


「クロ?ホントに?戻ってきたの?夢じゃない?」

「何言ってんだよ。ちゃんと目の前にいるだろ」


シロの腕の力が強くなる。


「クロ。好きだよ。いなくなって死ぬほど心配した。もう離さない。腕切られても何されても離さないからな」


突然の告白にクロは面食らうが、シロの必死の姿が可愛くて笑顔になる。


「いや、お前は腕切られてもすぐ生えてくるだろ」


笑いながらクロはシロをギュッと抱きしめた。




シロは離さないと言ったが、「傷の具合が気になるから」とクロはシュアンが治るまであちらの里にいることになった。

結局告白の返事はなく、シロは白の里で宙ぶらりんな日々を過ごす。その間も2つの里の話し合いは進み、お互いの行き来も活発になった。


2ヶ月が経った頃。やっとシュアンに心配がいらなくなったからと、クロが帰ってくることになった。

1人で帰れるとクロは言ったが、シロが絶対迎えに行くと言って聞かなかったため、最後はクロが折れるかたちになった。

久しぶりの再会に胸を躍らせるシロが訪れると、クロは決闘の時と同じくらい着飾って待っていた。


「ああ。毎日クロを綺麗にするのが楽しみだったのに、寂しくなるわ」

「遊びにくる時は新しい服を用意するから連絡してね」

「お肌の手入れも忘れないでね。ちゃんと化粧水荷物に入れといたから」


女性たちがクロを取り囲んでキャイキャイ楽しそうにしている。

シロはクロに近づきたいのに近づけない。


「にしたって今日はやり過ぎだろ。花の浮いた風呂にまで入らされたぞ」

「だって。せっかく好きな人と再か」

「わー!わー!わー!」


シロへの返事はまだだが、こちらの里の人達にはクロの気持ちはすっかりバレている。

必死にごまかしたおかげでシロには伝わらなかったようだが、クロの慌てっぷりを女性たちは微笑ましく見ていた。


「クロ!飯は食ってから行くだろ。クロの好きなもんばっか用意したぞ」

「気に入ってた菓子も荷物に入れといたからな」

「時々は顔出すんだぞ」


次から次へと人が顔を出してクロに声をかけていく。こんなにもクロが里の者たちに好かれていたことにシロは驚く。


「シロ。騒がしくてすまないね。みんなクロと別れるのが寂しいんだよ」


シュアンが笑顔でやってきた。


「シュアン。傷の具合はどうだ?」

「もうすっかり治ったよ。心配かけたね」

「俺はまだ心配だけどな。今夜から一緒寝れないんだ。大丈夫か?」


クロの言葉にシロは衝撃を受ける。


『一緒に寝る⁉︎誰と⁉︎シュアンと⁉︎』


「大丈夫だ。お前のおかげで随分と穏やかに過ごせるようになった。ありがとう」


頬を撫でるとクロは気持ち良さそうにしている。

その姿と今の会話に愕然としているシロに気づいて、シュアンは少しいじわるをしたい気持ちになった。


「でも、たまには遊びに来て一緒に寝てくれたら嬉しいが」

「いいぜ!いつでも来てやるよ」


クロの嬉しそうな笑顔にシロは立ち直れなくなる。

そんな3人のやりとりに周囲は必死に笑いを堪えていた。


「ところで白の里への土産を部屋に置いてきてしまってね。取ってきてくれるかい?」

「?ああ。いいぞ」

「ついでにシロに里を案内してやってくれ」

「わかった。ほら、シロ行くぞ」


ショックで完全に気を失っているシロの手を引いて、クロはかけていく。

シュアンはその姿を笑顔で見送っていた。


「さっきのは、ちょっといじわるが過ぎたんじゃないですか」


ふふっと楽しそうに、最初にクロを囲んでいた女性の1人がシュアンに話しかける。


「少しくらいいいじゃないか。ふられた者から選ばれた者への嫌がらせだよ」


答えるシュアンは嬉しそうだ。

彼にとって自分が選ばれるかは問題ではないのだろう。クロが幸せならばそれでいいのだ。



「あっちに畑が見えるだろ。こっちは白の里やうちの里と違って高地にあるから、育てるものが全然違うんだ。手伝ってて楽しかったぞ」


クロはシュアンの部屋へ向かいながら色々な話をして歩く。

だが、シロには何も聞こえていなかった。


『一緒寝るって。やっぱりクロはシュアンが好きなのか?いや、むしろ付き合ってるのかも。今回白の里に帰るのだって、結婚の報告をするためなんじゃないのか?だって、俺は好きだって言ったのになんの返事もないし。つまりはそういうことなんじゃ………』


「シロ?どうした?」


話をしても全く反応のないシロを不思議に思い、クロが顔覗き込んでくる。

急に目の前に現れたクロの顔に、シロは心臓が跳ね上がった。


「うわ。お前、背ぇ伸びたな。見上げないといけないじゃねぇか」


至近距離で見上げてくるクロの顔に、シロはドキドキが止まらない。ふわっといい香りまでしてくる。

だが、薄く紅を塗られた唇が目に入ると、今度はズキっと痛みがはしった。


『シュアンが好きなら、付き合ってるなら、もうキスはしたのかな。この唇にシュアンは触れたのかな』


思わず指でクロの唇に触れていた。


「シロ?」

「シュアンのこと、好きなの?」


シロが悲しそうな声を出す。

クロはなぜそんな事を言うのか、そんな声を出すのかわからない。


「へ?なんで?」

「だって、一緒に寝たって」


ああ。と、クロはシロが誤解していることに気づいた。


「寝たって、成り行きだぞ。シュアンの部屋にベッドが一つしかなくて。アイツも色々あるから、なんかほっとけなくて。安眠のための抱き枕みたいなもんだ」

「でも、シュアンはクロのこと好きなのに」


なんで知ってるんだ?とクロの顔が赤くなる。

それを見たシロは更に傷ついた顔をした。


「いや、でも、ちゃんと断ったし!シュアンは無理矢理なにかしてくるようなヤツじゃないぞ!ほんとに横で寝てただけだ!」

「じゃあ、なんで俺の告白の返事はくれないの?」


クロの顔がこれ以上ないほど赤くなる。

本当はクロはシロに気持ちを伝える気でいた。でもまさかシロも自分のことが好きだとは思わなかったので、驚いて返事をできないままになってしまった。


「……ごめん。八つ当たりだ。こんなヤツがクロに選ばれるはずないよな」


そのままシロはクロから離れて歩き出そうとする。

クロは必死で胸倉を掴んで引き寄せた。


「グッ!」


シロは唇に柔らかな感触を感じた。


……と思ったら、勢いがつき過ぎてお互いの唇に殴られたような衝撃がはしる。


「っっっっ!」

「ったぁ!」


2人して地面にうずくまる。

唇に加えられた衝撃は地味に痛かった。


「クロ、なにす」

「どうだ!思い知ったか!」


目に涙をうかべながら、クロが起き上がってシロに指を突きつける。


「俺が好きなのはお前なんだよ!返事も聞かずに諦めんな、このばぁか!」


それだけ言うとクロはシロを置いて先に行ってしまう。

我に帰ったシロは慌ててあとについていく。


「待って!クロ!今のもっかい言って!あとキスももっかい!」


調子にのんな!と怒るクロを、シロはにやけた顔で追いかけて行った。






最後まで読んでいただき、ありがとうございました、

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