第4話

次の日。シロはクマまみれの顔で布団からでてきた。


「うわ!どうした!寝れなかったのか?」


クロが驚いてシロの両頬を掴んで顔を覗き込んでくる。

昨日まではなんとも思わなかったその行為が、クロの顔が、今はキラキラ輝いて見えてしまう。思わずシロは顔を背けてしまった。


「だ、大丈夫!ちょっと修行がキツくて疲れただけだから」

「ホントか〜?しんどいならちゃんとイソラに言えよ」


そのままクロは朝ごはんの支度に行ってしまったので、シロはホッと胸を撫で下ろした。



その日の修行は散々だった。

シロは攻撃どころか防御も追いつかず、イソラの糸に何度も打たれ、腕を切られて弾きとばされたところで休憩となった。


「なんだい、そのザマは。やる気がないなら里に帰ったほうがいいんじゃないか」


全く集中できていないシロにイソラから厳しい声が飛ぶ。

シロは情けない顔で大人しく聞いている。


『なんか様子が変だな。クロ君に対する態度もおかしかったし。やたらギクシャクして、昨日までと全然違って………ん?もしかして?』


「君、もしかしてクロ君を好きなこと自覚してなかったのか?」


イソラの的確なツッコミに、シロは飲んでいた水を盛大に吐き出した。


「はぁっ、はぁっ、な……何言ってるんだよ」


思いっきり動揺するシロにイソラは呆れる。


「え?本当に?あんなに独占欲丸出しだったのに?無自覚だったの?ウソだぁ」


イソラは信じられないという顔をしている。

そんなにわかりやすい態度をとっていたのだろうかと、シロは恥ずかしくなった。


「なになに?なんで自覚したの?今どんな気持ち?」


やたらと楽しそうに聞いてくるイソラに、シロは「楽しむなよ」と文句を言いながらも昨夜あったことを話した。


「クロが寝返りでこっち向くたびにドキドキするし。向こうは何も気にせず顔近づけたり触ってきたりするし。もう心臓がもたないよ」


だんだんと惚気っぽくなっていく話にイソラはニヤニヤしてしまう。


「まあ、気持ちはわかるが修行は修行だから集中しろよ」

「わかってるよ。ちゃんと切り替える」

「なんだったら家、別々にしてやろうか?」

「それはイヤ」


シロの即答にイソラは大笑いしてしまった。




その頃、クロは悩んでいた。


『なんかシロの様子変だったな。修行が辛いのか。生活が変わったのが負担になってるのか。飯は足りてると思うんだけどな』


う〜んと唸っていると、後ろから小さな影に抱きつかれた。


「クロ!捕まえた!」


抱きついてきたのはチヤだった。そういえば鬼ごっこ中だったと、「捕まっちゃったな」と言いながらチヤの頭を撫でてやる。


「糸使わない鬼ごっこ面白いね。僕、糸の力弱いけどこれならみんなに勝てそう」


白の里では鬼ごっこは糸で相手が逃げるのを妨害してタッチするらしい。クロは糸が使えないので、普通に走って捕まえるルールにしたら子供達は大盛り上がりしている。


「トアとセンもすぐ捕まえてやるぞ〜」


勢いこんでチヤが走り出そうとすると、急に突風が吹いた。風にのって木の枝がチヤに向かって飛んでくる。


「危ない!」


慌ててチヤを庇って抱きしめる。木の枝はクロの腕を傷つけ、破片がチヤの頬を掠めた。


「ッツ!」


腕の痛みにクロは顔を顰める。チヤの頬はかすり傷程度のようなので、抱きしめていた腕を解いた。

その様子を見ていたトアとセンが慌てて駆け寄ってくる。だがクロの腕の傷には見向きもせず、心配した顔でチヤを取り囲んだ。


「大丈夫?チヤ」

「顔見せて。……うん。これくらいならすぐ治るよ。薬もらいに行こう」


子供達はあーだこーだとチヤの傷を見ている。

すると、ほったらかされたクロの隣に突然少年があらわれた。


「傷を見せて」

「え?あ、………へ?」


あらわれた少年はイソラと同じ顔をしていた。


「え?イソラ?なんでここに?」

「イソラじゃない。僕はイザナ」


イザナと名乗った少年はテキパキと腕の傷を確認していく。


「すぐに手当てしたほうがいい。僕らの家に薬があるから行こう」


そう言うとイザナはクロを抱き上げた。横抱き、いわゆるお姫様抱っこの状態になる。


「え?いや、自分で歩ける!おろせ!」

「イソラに君のこと任されてる。大人しくしてて」


騒ぐシロの声で子供達がこちらの様子に気づいた。不思議な顔で駆け寄ってくる。


「イザナ?なんでこんなとこにいるの?」

「クロ?あれ?腕の傷治ってない。どうしたの?」

「外の人は腕を怪我したらしばらく治らないし、切れたら元に戻らない。話をしただろう」

「え?そうだったっけ?大変だ。体に塗る傷薬で治るのかな?」


その会話を聞いて、クロは子供達の反応の理由がわかった。腕の傷はすぐ治るからと、チヤの顔の傷を心配したのだろう。


『感覚が違うんだ。シロもそんなことがあったんだろうか。周りと違うことで戸惑ったことが』


クロが考え込んでしまったので、イザナは大人しくなって良かったと家まで運んでいく。

子供達も心配そうにあとをついてきた。



「これでいい。この薬はよく効くから2〜3日で治る。それまで包帯はとらないで。チヤは今夜風呂に入る時にはずしていい」

「………ありがとう」

「イザナ、ありがとう」


腕に包帯を巻いたクロと、頬にテープを貼られたチヤがイザナにお礼を言う。


「クロも、守ってくれてありがとう」

「腕が治るまで困ったことがあればお手伝いするよ」

「怪我治らないのに気づかなくてごめんね」


子供達は心配したり反省したり忙しい。

クロは「大丈夫だよ。ありがとう」と優しく3人を宥めた。


「そう言えば、イザナはなんであそこにいたんだ?イソラとは兄弟なのか?」


チヤを膝に乗せて頭を撫でながら、クロはそもそもの疑問を口にする。


「イソラにクロの護衛を頼まれて見守ってた。イソラとは双子の兄弟」


イソラと全く同じ顔、同じおかっぱ頭に、表情だけは真逆な無表情でイザナは答えた。

無表情のわりには子供達に好かれるのか、トアとセンはイザナを取り囲んでワイワイと騒いでいる。


「俺の居場所をイソラが知ってるのも、イザナのおかげだったのか。そばにいるの全然気づかなかったな」

「隠密の修行も兼ねてたから。でも見つかったしこれからは普通にそばにいる」


子供達が懐いてるからだろうか。無表情で口調もそっけないが、なんとなくクロはイザナにいい印象をもった。




腕の傷を見たシロは予想通り取り乱したが、イソラに「平常心!」と言われるとグッと堪えた。

何なんだろうとクロは訝しんだが、シロの奇行に付き合ってるとキリがないので考えないことにする。

その日はそのまま何事もなく終わり、2人で家に帰った。シロはなんだかソワソワ落ち着かない。変なヤツだなと思いながらクロはやっぱり考えないことにした。


「クロ。腕の怪我が治るまで風呂に入るのを手伝ってくれないか?」

「………へ?」


夕飯の時にクロからとんでもない依頼がきた。


「痛みはないから家事をするのは問題ないんだが、濡らすのはよくないからな。体を洗うのを手伝ってくれたら助かる。ダメか?」


少し困った顔で言ってくるクロにシロのほうが困り果てる。


『その顔はダメ。可愛すぎる。ってなに考えてんだ、俺は。それに風呂なんて何百回と一緒に入ってきただろ』


「………いいよ」

「ホントか!助かる!」


ぱぁっとクロの顔が明るくなるのを見て、シロは『この顔も可愛いな』とどうしようもない感情に振り回されていた。



「あ〜。気持ちいいなぁ」


極楽といった感じでクロは湯船に浸かっている。横ではシロが、欲望を抑えながらクロの体を洗うのに疲れ果ててゲッソリしていた。


『クロの体。綺麗だった。俺みたいに病的な白さじゃなくて、薄くピンクに色づく白い肌が色っぽくて。美味しそうだ………』


そこまで考えてシロはガンガンと桶に頭を打ちつける。


『何考えてるんだ、俺。クロの体なんて見慣れてるだろ。好きだって自覚してからなんかおかしいぞ』


煩悶するシロのことなどお構いなしに、クロは湯船から腕を伸ばしてシロを引き寄せる。


「なあ、シロ。聞きたいことがあるんだが」


黒い髪から雫が落ちる。至近距離で顔を覗かれてシロは動くことができない。


「腕を怪我した時、子供達は最初全く反応がなかったんだ。腕の傷はすぐ治ると思っていたんだろう。俺は傷が治らないと知って慌ててたんだけど、シロもそんなことあったのか?人と違うことで感覚のズレを感じることが」


黒い瞳が悲しみで揺れている。

シロが辛い思いをしてきたんじゃないかと、クロは我が事のように悲しんでいるのだ。


「………大丈夫だよ。感覚がズレてると感じることはあったけど、クロがそばにいてくれたから。寂しさも辛さも感じたことないよ」


シロはクロの優しさが嬉しくて。

ただただ愛おしさでクロの髪に触れる。


「ありがとう。クロがいてくれて良かった」


ふわりと穏やかな笑みがクロに向けられる。

そんな風に笑うシロを見たのは初めてで。

クロは急に心臓が跳ね上がるのを感じた。


『え?なんだこれ。なんか胸が苦しい。苦しいのに、嬉しい』


心臓のあたりに手を当てると自分が裸だったことを思い出して、クロは急に恥ずかしくなる。


「そ、そうか。それなら良かった。俺、そろそろ上がるからお前も風呂の用意してこいよ」


シロから体を隠すようにクロは湯船に沈んでいく。

急に焦りだしたクロを不思議に思いながらも、シロもこれ以上裸のクロといるのは限界だったのでこれ幸いと風呂場をあとにした。



その夜。クロは風呂場で感じた胸の痛みについて考えていた。


『なんか、シロの笑顔を見たらこの辺がギュッてなったんだよな。シロが凄くカッコよく見えた』


その時の笑顔を思い出すと、まだ心臓がドキドキしている。

寝返りをうってシロのほうを向くが、シロは反対を向いてしまっていて顔が見えない。


『顔が見たかったな………』


残念に思う自分を感じた時に、クロは自分の気持ちの名前に気づいた。

心臓のあたりの服を掴む手に力が入る。


『俺……シロのこと好きなのか?』


自覚した瞬間、今日風呂場で散々体を洗ってもらったことを思い出して真っ赤になる。


『いやいやいやいや。シロはなんとも思ってないだろ。裸なんて見慣れてるし』


頭をブンブンふって邪な気持ちを追い出そうとする。

でもどうしてもシロの手の感触を思い出してしまう。


『………明日からは無理してでも自分で体を洗おう。絶対に』



クロが自分の気持ちに気づいてパニックを起こしている頃、シロは眠れなくて困っていた。


『ダメだ。目を閉じるとクロの裸が浮かんできて眠れない。油断すると体を洗った感触まで思い出してしまう』


せめてもの抵抗でクロに背を向けて寝ているが、シロの頭の中は欲望が渦まいていた。


『平常心!平常心だ!これくらい耐えられなくてどうする!シロ、お前は誰よりも強くなるんだろう!』


よくわからない理論まで持ち出して、なんとかシロは平常心を保とうとしていた。



そうやってお互いへの気持ちに振り回される2人は、朝になるまで悶え続けた。

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