第24話 boy meets lunch and girl

 一人で下り坂を下校しながら今朝のことを振り返る。

今日は本当に本当に色々な出来事があった一日だった。主に災難ばかりだった気がする。


 転んだり叩かれたりぶつかったりと物理的な痛みがすごかった。

 それだけじゃなく焦って焦って焦りまくる事態だらけだったし、理不尽な扱いを受けたせいで精神的な痛みも多かった。おかげで心身ともに疲労困憊だ。

 たった半日でこんなんじゃ、明日以降が思いやられる。もっと大人しく過ごすしかないのかなと思いつつも、やっぱり『憧れた学生生活』を無難にやり過ごすのは本望じゃないよなと思い直す。

 もう今日はこれ以上考え事をするのはやめておこう。お昼を食べて、帰宅して、資料に目を通して、足りない物があれば買いに行って、明日に備えて早めに寝る。

 そう、そうだ。それだけに注力して明日以降に備えよう。そうすればきっと今日よりも良い一日を過ごせるはずだ。これが最善手に違いない。


 そんなことを考えながら歩き続け、やっと商店街まで帰ってきた。

相も変わらず『陰気臭い街』だ。平日昼間でも人はそれなりに行き来しているのに、みんな俯いていて活気がなく、誰もかれもが不幸を背負って歩いているかのような悲壮感を漂わせているように見える。こっちの気分まで滅入りそうだ。


 商店街の入り口から数えて三件目、向かって右側にある惣菜店が目が留まった。

陰気臭い商店街に店を構えていながらも、この惣菜店は活気に溢れていて勢いを感じる。要するに繁盛しているということだ。


 店の横、入り口から数えて二件目の空き店舗前に簡易的な長いベンチが二脚と、手芸用品のポピンのような形状の小さな立ち食い用のテーブルが三つ設置されていて、そこで食事がとれるようだ。

 コロッケや肉巻きおにぎりのようなワンハンドフードだけでなく、牛肉弁当や生姜焼き弁当といった、いわゆるガッツリ系の食事も楽しめるようになっていた。


 惣菜店は既に多くの賑わいを見せていて、どこか近くの工事現場で作業していると思われる職人さん達や近所に住んでいると思われる老夫婦、仕事で訪れていると思われるこの街には似合わないキッチリしたスーツ姿のサラリーマンなど様々な人たちがそれぞれ夢中になって食事を楽しんでいた。


 うん、今日の昼食はこの惣菜店で決まりだな。周囲に漂う香ばしい匂い、ガヤガヤと賑わうお客さんの声、みんなにこやかだ。

 迷いもせず、他の選択肢を検討しようともせず、即決した。この雰囲気が『この店は間違いない』と確信を告げているからだ。


 はやる気持ちをおさえつつ、早歩きで店の前まで歩いてメニューをチェックする。

 既に数人が並んでいるが、どうやら注文受付から支払い、受け取りまでの回転がかなり早いようなので、自分は並ばずに邪魔にならない位置からメニューを眺めることにした。

 成長期の男子高校生がコロッケ一つで満足できるわけがないので必然的にワンハンドフードは除外する。いや、ガッツリ食べた後でサイドメニュー的な位置づけで追加オーダーするかもしれないが、まずはメインとなる食事を決めるのが先決だ。


 中華料理屋さんにありそうなタイプの縦長の赤枠の紙に様々な料理名が個別の容姿に油性マジックで書かれている。

 年季が入り過ぎて白い紙がまっ茶色になっているものだけでなく、真新しい紙に書かれた新メニューと思われる料理名もいくつかあった。


 少しだけ迷った結果、目立つ位置にあるまっ茶色の紙に『オススメ』と書かれていた牛肉コロッケ弁当を注文することにした。

 列に並んでから商品を受け取るまでの時間がおよそ三分。とてつもないほどの回転の速さに驚いた。受け取る前に持ち帰りか食べていくかを聞かれ、食べていくと告げたら容器のフタ無しで提供された。


 一瞬、作り置きの弁当なのかな、冷めちゃっているんじゃないかと疑いたくなったが、どうやらそれは取り越し苦労だった。

 受け取ったお弁当はごく一般的なペラペラのプラスチック製の弁当容器だったが、手にした瞬間からアツアツであることがよく分かる。

 というか、白米から湯気が出ているし、おかずもできたてだということが明らかなほど油が輝きを放っている。間違いなく直前に火を通したばかりの作りたてだ。


 最初から期待値が高かったのにそれをさらに上回ってきたので思わず、うわぁと感嘆の声が出てしまった。

 更にはやる気持ちをおさえられず、思わず小走りでベンチの方へ向かった。ちょうど職人さんの集団が食事を終えて立ち食い用のテーブルが一つ空いたので、そのまま滑り込むようにテーブルに牛肉コロッケ弁当を置いた。


 「あっ、すみません。……えっ、三神さん?」


 自分が弁当を置いたタイミングで、ちょうど同じタイミングでベンチから立ち上がり、同じテーブルへと移動してきた三神とバッティングしてしまった。

 制服姿じゃなかったので気が付かなかったが、やっぱり三神だった。


 「……失礼します。ここで遭遇したことは忘れて下さい」

 「いやいや、普通に一緒に食べようぜ!その方が美味しいし!」

 「無理です。男子と一緒に食事なんて絶対に喉を通らないので家で食べます」

 「……へぇ。フタが無いお弁当をそのまま持ち帰って食べる、と?」


 既に歩き出していた三神さんの背中に問いかけると、三神さんは立ち止まりベンチの方を確認した。

 既に席が埋まってしまっていてしばらく空きそうにないことが分かると、苦悶の表情でこちらを睨みつけながら渋々相席することになった。


 「不服です。不心得者が家で食べて下さい」

 「おかず交換しようってわけじゃないんだし、嫌なら喋らなくてもいいからさ」

 「不心得者はあっちを向いて食べて下さい。見られるのは恥ずかしいので」

 「へいへい」


 こうしてお互いが反対方向を向いて視線を交わさないままの昼食会が始まった。

最初はそのままでもイケるかと思ったが、お弁当のあまりの美味しさに自然とテーブルの方向に向き直り、お互い真正面を向いたどころか夢中になり過ぎて頭と頭がごっつんこしてしまった。


 「ちょっ!?いふのまいこっひむいはんれすか!(いつの間にこっち向いたんですか!)」

 「みはみはんこほ、ひふんらへらふふるなほ!(三神さんこそ、自分だけ楽するなよ!)」


 お互い口いっぱいにかきこんで食べていたので会話が成立していなかった。

それほどここのお弁当は美味しかった。

 そもそも、牛肉コロッケ弁当というネーミングから牛肉コロッケが入ったお弁当だと思ってたのに、実際は牛肉カルビ焼きとコロッケが入ったお弁当だったので、それに気づいた瞬間の高揚感を抑えろという方が無理なのである。


 それは三神さんも似たようなものだったらしく、あまりの美味しさに思わずモグモグしたまま会話してしまうほど、食事に夢中なようだ。

 ちなみに三神さんが食べていたのは牛肉コロッケ弁当と比べて緑色が多めでヘルシーそうな生姜焼き弁当だった。


 「一旦、休戦しないか?お互い言いたいことは食事の後。どうかな?」

 「確かに。あなたに失礼を働くよりも食事に失礼を働く方が罪深いですから。その提案、受け入れましょう」

 「じゃあ、そういうことで」

 「了解。ではまた後ほど」


 後ほどと言いつつもお互いの距離は弁当二つ分しか離れていない。

気を抜くと頭と頭がぶつかってしまうほどの距離。しかも真正面。そんな距離感に居ながらも一時的な別れを宣言してしまうほど、ここの弁当が美味しすぎた。


 牛肉コロッケ弁当と向き合うことおよそ十分。ぺろりと完食した。程よい満腹感が幸福感を一緒に連れてきてくれた。大満足である。

 バッティングした時、既に半分程度食べていた三神さんもほぼ同じタイミングで食べ終わったらしく、持参したと思われるペーパーナプキンで口元を拭きとっている。


 「「ごちそうさまでした」」


 幸福感に包まれている俺は、そのまま帰宅すべく三神さんに別れを告げ、空の弁当をゴミ箱に片付けて歩き出した。

 家に帰ったらちょっとばかり昼寝しよう。きっと素敵な夢を見られるに違いない。


 「ちょっと待ちなさい不心得者。話があります」

 「いや、忙しいからまた今度にしてくれ」

 「忙しいって何がですか?どうせ昼寝でもするんですよね?」

 「えっ、いや。まぁ色々よ色々」

 「昼寝ですね。じゃあ別に構いませんね。場所、変えるんでついてきて下さい」

 「いや、話聞けって。ったくもう」


 一秒でも長くこの幸福感に包まれていたかったが仕方なく三神さんの後ろをついてくことにした。

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