第11話 反撃の狼煙

 「なぁに、急に? 話の腰を折るようなこと言って」


 「椿さんって優しい人なんだなぁと思いまして」


 「どこらへんが? あなたの要求に応じず、質問に答えたようで何一つまともに答えていないのに?」


 「あ、自覚はあったんですね、それは良かった。えぇまぁ、それでもあなたは優しい人だ」


 「あなた、ちゃんと話を理解しているの? この家に居るということは、アナタのこの先の自由が一切なくなるということなのよ?」


 「あなたが本当にそうお考えなのであれば、それがベストな選択なんでしょうね。


 「ええそうよ。それがベストな選択。だから私は甘くない。


 俺はその言葉を聞き、わざとニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 そして、あえてオーバーリアクション気味に抑揚をつけて相手を挑発し始めた。


 「もう、わざと悪役を演じるのは終わりにしませんか? もし、あなたがその自覚なく本気でこれこそが最適解だと言っているならば、もしくは悪役を演じ切るというのであれば、私の勘違いだったと認めて謝罪します。ごめんなさい」


 ここで再び椿さんが長考に入った。

 おもむろに右手で扇子を取り出し、閉じられた状態のまま左手の手のひらへトン、トン、トンと一定のリズムで叩き続けている。俺の作戦は成功したようだ。


 確かに椿さんの言っていることは正しいし、椿さんにとっては最適解だと思う。

 重要な存在だという俺を監視下に置き、身内を使って死角を与えない。

 桜子さんを追放することで変な気を起こそうとしても、ここの守備は手堅い。


 しかし、それは俺と桜子さんにとっては最適解ではないことは言うまでもない。

 俺は進学できないどころか母親同然の人と無理矢理離され、自由を奪われる。

 椿さんは本当の息子同然の俺と会えないどころか会話の機会すらままならない。


 反論としての最適解を主張するのならば、椿さんは有無を言わさず突っぱねるだけだろう。

 しかし、俺はこの選択が椿本当に最適解なのかと疑問を投げかけた。俺にとってではなく、椿さんにとって、だ。


 だからこそ、椿さんは考える。

 俺から投げかけられた疑問に何か裏があるのではないか?

 それとも、ただ苦し紛れで適当なことを言っているだけではないのか?

 それとも、この選択に対する打開策手札をチラつかせて揺さぶっているのか?

 それは、虚勢ブラフなのか?それとも―――


 俺は更に付け加えて『あなたは優しい人だ』、『悪役を演じなくてもいい』とまで言っている。

 仮に、もし本当に自分椿さんの選択が最適解ではないとして、その選択の打開策を俺が実行したことでまんまと出し抜かれたとしても、周囲から『椿さんの優しさだったんだ。やっぱり悪役を演じていたんだ』と勝手に納得してもらえるように、言い訳できるようにと逃げ道まで配慮されている。


 椿さんの長考は未だ続いている。

 三分、五分と沈黙が続き、周囲もだんだんと焦りと困惑が色濃くなってくる。

 女性たちがソワソワとし出して、椿さんの顔色をチラチラ伺っている。

 立場のある人間である椿さんがそれに気づかないわけがない。

 俺に対して無自覚に無言の圧力をかけていたはずの女性たちが、今度はその矛先を無自覚に椿さんに与えて始めている。

 追い風は俺に向いている。今、ここが勝負のしどころだ。




 「あなたは感情的で臆病者だ。だからこそ慎重で保守的な選択しか出来ない人……その割には脇が甘すぎる。やっぱり俺の見込み違いだったようです。これ以上は時間の無駄ですので、さっさと―――」


 「何が言いたいの? 学校に関しては無理だけど、桜子に関してならもう少し考えなくもないわよ?」


 ムッとした表情で不服そうに譲歩してきた椿さんを俺はあえて突っぱねる。

 既に立場は逆転している。しかしこれは勝ち負けを決めるための勝負事ではない。

 俺は感情をぐっと抑えつつ足を崩して胡坐をかき、あえて横柄な態度で冷たい言葉を放つ。


 「いや、もういいです。あなたとはがないことが分かりましたので。あとはご自身の選択を信じてどっしり構えながら、その行く末を見守ればいい」


 俺は、ポンっと手のひらを膝に当て、この場はもう解散だという意思表示をしながら立ち上がった。

 血行の悪くなった足を労わるために両足を交互に振り、正面に座っている椿さんに一礼して背を向け広間を後にするため歩き出す。


 「分かった、私が悪かったわ。ちゃんと謝罪するわ、ごめんなさい。改めってちゃんとをしましょう」


 俺は立ち止まり大げさにはぁ~、とため息をつき、再び椿さんの方を向く。

 そして、満面の営業スマイル笑みで答えた。


 「やっとご理解いただけたようで何よりです。では、やっとここからが話し合い交渉の始まりですね」




   *




 目の前で酷く憎たらしい笑み営業スマイルを浮かべている青年に対して、畏怖の念を抱いた。


 私は最初から間違っていたのだ。

 自分の数奇な運命のことを知らず、ろくに学校にも通えず、人間関係を築くこともできなかった哀れな青年だと勝手に決めつけていたのがそもそもの間違いだった。


 永遠は私が思っているほど弱い人間ではなかった。

 転々とする生活を通して理不尽な境遇での立ち回り方を学び、花屋の店番を通してほんの僅かな時間の中でも相手の求めることを引き出し、上手に交渉するだけの話術を学んでいた。


 運命を知り、 の私と違い、永遠は何も知らないまま運命に振り回されているのに、強く逞しく、懸命に自分の人生と向き合い、折り合いをつけている。

 そして、疑念や葛藤を抱きながらも桜子のことも大切に想い、支え合って生きている。


 本当に、本当に心から尊敬に値する。



 自身の立場を利用し、有無を言わさずに桜子を追放し入学を認めないどころか軟禁すると一方的に通告する私に対しても臆することなく自分の意思を伝えてきた。

 最初からこちらに交渉の意思がないのだと分かると、私の立場が悪くならないよう配慮し、わざわざ逃げ道まで用意した上で交渉の余地を見出そうとしてきた。

 私がそれに気付けなかったと判断するや否や、今度は強硬手段を取って半ば強引に交渉のテーブルに着かせた。


 あなたは、それほどにまで学校に行ってみたかったんだね。

 あなたは、それほどにまで桜子を守りたかったんだね。

 あなたは、それほどにまで自分の運命と向き合っているんだね。



はとても立派に育っていますよ』


私は心の中でそう呟きながら小さく微笑んだ。




   *




「改めて聞きましょう。あなたの希望は?」


 やっとの思いでどうにか交渉のテーブルに着くことができた。

 正直、そのまま椿さんの命令に従ってこの家に住むことになったとしても、それはそれでどうにかなったと思う。

 隙を見て家を飛び出して、書類は適当にサインを偽造して記入してしまえばいい。

 そして、そのまま寮生活という既成事実を作ってしまえば手出ししにくくなる。

 だけど、それでは椿さんは納得できるわけないし母さんは救われない。


 椿さんが納得し、俺の希望が叶い、母さんが救われる未来。

 それは、交渉という手段を通して互いに歩み寄って手探りするしか見つけられないと俺は思う。


 俺がいくら重要な存在だと言われていても、その詳細が分からない限りは物理的に制限されるものなのか、されないものなのかも分からない。

 しかし、詳細を明かしてもらえないことには自分の考えだけで解決できない。


 それに、母さんが追放されるような形をとることに関しても、それが罰則的な意味合いなのか、それとも物理的な距離を取らざるを得ないような特別な理由があるのかも分からない。

 前者の可能性が僅かでもある限りはその可能性を捨てるわけにはいかないし、捨てたくない。

 母さんが本当の母さんじゃなくても、俺にとっての母さんは桜子さんなのだから。


 だから、俺は強引にでも交渉のテーブルに着きたかったし、着くしかなかった。

 全ては、みんなのため、自分のために。

 そして、がどういうものなのか、知るために。



 「星ノ山高校への進学希望、桜子さんの希望を叶えること、です」


 「そう。確かあなたは提案があると言っていたわね。言ってみなさい」


 「星ノ山高校への入学は椿さんにとっても悪い話ではないはず、ということです。理由は単純明快、ここに居るよりも俺を縛れるし逃げ出すリスクが低いからです」


 「あなたが休んでいる間に資料には目を通しておいたわ。確かに寮生活であれば住居は固定されるし、学費を少し足りない程度だけ援助すれば不足分を敷地内のアルバイトで賄わざるを得ないから更に物理的な制限をかけられる。ということね」


 「ご明察です。でもまぁ、それだと及第点ってところですね」


 「羽虫……いや、お邪魔虫の存在が懸念されるならば学費を満額保障することで接触の可能性を低減できる。とでも言いたいの?」


 「より快適な生活が送れるよう、毎月お小遣いを支給すると尚良いかと」


 「調子に乗るな」


 「ですよね~。まぁ、それはさておき……これを実現すれば、桜子さんがこの家に留まることが可能になりますよね? どこで何をするのか分からないよりも、あなたの監視下に置くことで俺との不用意な接触を制限できる。それに何よりあなたの娘なんだ。これからは親子水入らず平和に暮らせるはずだ」



 俺からの提案は悪い話ではないはずだ。俺を縛り、桜子さんを監視下に置くことで両者を固定することができる。

 唯一、椿にとって懸念があるとするならば、それはの存在だろう。

 満額の学費保障という手段を用いて接触のリスクを低減しても決してゼロパーセントになるわけではない。

 たかが、特定の女性との接触というデメリットを避けるためだけにその他のメリットを全て捨てるとは考えにくい。

 そもそも、男女共学の学校なのだから他にも女子生徒も多数いるわけだし、職員にだって年齢問わず女性はいるはずだ。


 このデメリットさえ受け入れてしまえば、目を瞑ってさえすればすべて丸く収まるわけだし、椿さんも俺も母さんもハッピーな選択になるはず。

 それに、椿さんは『進学は認めましょう』と言っていた。

 手前にある単語が、男子校ならばとか、この家から送迎付きならば、とかでなければの話だが。


 普通に考えればこの程度のデメリットとその他多くのメリットを天秤にかけた場合、言うまでもなく俺の提案を受け入れる方が選択されるはずだ。

 そう、




 「永遠の提案、桜子がこの家に住むのかは私と桜子の親子仲に関わることだからその話は別として、全くその通りだと思うわ。全員が納得のいく落としどころだと思う。学費に関しても問題ない」


 「じゃあ、交渉成立。ということで宜しいですね?」


 「だけど、残念ながら交渉は決裂よ」


 「何故ですか!? まだ決断するには早すぎる! 何か懸念があるなら教えて下さい。きっとみんなが納得いく解決策を考えますから!」


 「その女が同じ敷地内に居る以上、提案は受け入れられない」


 「なぜ、そこまでして顔も知らないあの人に拘るのですか? 女性ならそこらじゅうに沢山いるでしょ? 確認しますが、知人というわけじゃないんですよね?」


 「ええ。どこの誰かも知らないわ。あなたの言いたいことも分かっているつもり。ただ、それでも目の届かないところで永遠と接触する可能性が無くならない限り、この決定が覆ることはない」


 ……やっぱりね。

 もう、そうとしか言いようがない。それしか言えない。

 黙ってこの呪われた運命に従えってことかよ。母さんは俺の監視役(?)みたいな存在だったってことかな。

 だけど、本当の親子じゃないことを知られてしまったからお役御免ってことなのだろうか。


「……ここまで話しておいて、そのような結論ですか、そうですか。とはいえ、椿さんは論理的な思考ができる方だと思っています。これが単なるあなたの過剰な心配性が故の決断だとは思えません。つまりは、この決断はということが原因、それ故に譲歩できないということですよね。そして、その理由は教えられない、と」


 「その通りよ。一族に関わる重要なことなのだから」


 「重要な存在って、便利な言葉ですよね。その言葉一つでどんなことでも突っぱねることができる。でも、これだけは答えて頂かないことには納得できないので答えて下さい。あなたは神宮家の当主、そしてその娘が桜子さん。だけど、俺は桜子さんの子供ではない。ではなぜ、この俺がそこまで制限されなくてはいけないのですか?」


「……」


「教えられない、とすら言えないのですね」


 なんだかもう、どうでもよくなってきてしまった。というか、心が折れたという表現の方が近いのかもしれない。

 俺は生まれた時から蟻地獄の中にいた。いくら必死に手足をジタバタさせようと足掻くだけ無駄。むしろ、足掻けば足掻くほど体力は消耗するし、疲労も溜まる。手足をとられるたび滑って滑って、地獄の底へと加速することだってある。

 だったらもう、足掻くことすらせずに黙って受け入れるしか、ない。


 「俺はただ、普通に学校に通って、普通に友達を作って、普通の青春ってやつを送って見たかった。それが、自分の生きたいと思える学校だったら尚よかった。成就しなくても、片思いでも良かった。ただ、普通に恋してみたかった。普通の人生(?) ってやつを経験してみたかった。ただ、ただそれだけなんです」


 「……ごめんなさいね」


 またしばらくの間、沈黙が続いた。


 「さぁて。こうなった以上、クヨクヨしてても仕方ないし気持ち切り替えていきますか!あ、そうだどっか畑なり花壇なり使わせてもらうことってできますかね?やっぱり植物が好きだから自分で一から育ててみたいんですよね。今の季節だったら何が良いんですかね。誰か詳しい人います? あとそうだ、ついでにDIY? ってやつもやってみたくて。椅子とか本棚から始めて最終的にはお洒落な小屋でも建ててそこで生活するってのもありかも。あとは、あとはそう、釣りもいいですよね!母さんに悪いと思ってやったことなかったけどやってみたかったんですよ。近くにいいスポットってありますかね? それからそれから―――」



 「―――あ~、なんつーか、監視? できればいいんでしょ? じゃあ私が一緒に通えばいいってだけの話じゃないの?」



 自分の気持ちに閉じ込めるために沢山の言葉を重ねて重ねて、もう二度と開くことができないような重くて大きなフタをしようとした。

 それなのに、俺の後方から急に飛び出してきた言葉のせいで両手から全部こぼれ落ちてしまった。


 振り返ると、そこには棒付きキャンディを咥えて気怠そうな表情を浮かべている制服姿の少女が立っていた。

 俺の、長い長い一日は、まだ終わらない。

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