第2話 星空の下で

 その日の仕事はつつがなく終わり、レティシアは湯浴みを済ませてからアスールと約束した屋上へと向かった。


(夜の屋上って結構寒い、もっと着込んでくればよかった)


 屋上に上がると風が直撃する。ぶるっと身震いしながらレティシアはきょろきょろとアスールの姿をさがした。


「お疲れ様。レティシア、こっち」


 声のする方に目を向けると、暗闇にランプが一つ光っている。ランプを片手にアスールが手招きをしている。その姿にレティシアはホッとすると、急いでアスールの方へ駆け寄った。


「あわてないで大丈夫だよ。ほら、ここに座って」


 促された場所には小さなベンチがひとつある。二人がぎりぎり座れるくらいだろうか。アスールが先に座ると、片手を差し出された。レティシアは恐る恐るその手を取り、アスールの隣に座った。


(団長の手、あったかいな)


 伝わる手の暖かさにドキドキする。しかもベンチが狭いのでアスールとはゼロ距離とも言っていい。肩と肩が触れ合って、その触れ合っている場所もなんだか熱く感じてしまう。


「こんなに冷たくなって。寒くない?」


 アスールはレティシアの両手を自分の両手で包み込み、心配そうにレティシアを見つめる。暗闇の中、ほんのり光るランプの明かりに照らされるアスールの顔はいつも以上に魅力的でよりドキドキしてしまう。


「大丈夫で……っくしゅん!」


 大丈夫だと伝えるはずが、盛大にくしゃみをしてしまった。これでは余計に心配させてしまう。そしてやはりアスールは眉間に皺をよせ、何を思ったのか片手をレティシアの肩に添えて自分の体に密着させた。


「ほら、やっぱり寒いんじゃないか。もっとこっちにおいで」


 アスールの腕に引き寄せられ、レティシアはアスールの片腕にすっぽりと包まれている。


(え?え?えええ?)


レティシアは自分の置かれた状況に軽くパニックを起こしているが、そんなレティシアをよそにアスールは近くにあった大きめの毛布を片手で手繰り寄せ二人の背中に器用にかける。毛布とアスールに包まれ、レティシアは寒いことなどすっかり忘れてしまうほど熱くなっていた。


「だ、団長、こんな姿、誰かに見られたら……」


「ここはどこの部屋からも見えない位置だから大丈夫だよ。……それとも、見られたらまずい誰かでもいるのかな。例えば、……ブランシュとか」


 アスールの声音が急に低くなる。なぜここでブランシュの名前が出てくるのだろうか。レティシアは不思議に思ってアスールの顔を見上げると目が合う。その瞳は不安と憤りと焦りが入り混じったような不思議な色をしていた。


「なぜブランシュが出てくるんです?」

「……君たちは、ほら、同じ年だし仲がいいだろう」

「まぁ、他の団員よりは仲がいいかもしれませんね。そういえば今日ブランシュにも同じようなことを言われました。団長と私は仲が良いって」


 最後の一言を聞いた瞬間、アスールの手に力がこもる。レティシアがまた不思議そうにアスールを見ると、アスールは目をそらしてうつむいた。


「ブランシュのこと、どう思う?」

「どうって……良い子だと思います。他の団員と違って言われたことはちゃんとするし、何かあると手伝ってくれるし。気が利く子ですよね」


 レティシアが思わずふふっと思い出し笑いをすると、アスールは辛そうな顔で地面を眺めた。


「やっぱり、仲がいいんだな」


 ぽつり、とつぶやくとアスールは静かにため息をついた。ブランシュと仲がいいのは良くないことなのだろうか?


「だめ、ですか?寮母として団員と仲良くするようにって言っていたのは団長ですよ。私みたいな寮母なんと仲良くしてくれるのはブランシュくらいです、貴重だと思います」


「あ、あぁ、それはそうだけど……相手はどういうつもりで仲良くしているかわかったもんじゃない」


 最後の方の言葉は消え入るような声だったのでレティシアには聞こえなかった。


「団長?」

「……なんでもない。そんなことより、今夜は団長と寮母じゃなくて昔の俺たちに戻ろうっていったよね」


 昼間の会話を思い出し、レティシアはそういえば、とアスールを見つめる。先程の思いつめたような表情は消え去り、レティシアを妹のように可愛がる昔のアスールの顔になっていた。


「ほら、空を見て。これをレティシアに見せたかったんだ」


 促されるままに空を見上げると、そこにはいつの間にか満天の星空が広がり、時折流れ星が流れては消えていく。


「きれい……!」


 目を輝かせて星空を見上げるレティシアを、アスールは嬉しそうに見つめていた。


「レティシアは昔から星空を見るのが好きだったろ。最近は忙しくて星空を見る余裕も時間もないんじゃないかと思って」


 その言葉にレティシアは思わずアスールを見て微笑む。


「ありがとうございます、団長……ううん、アスールお兄ちゃん!」


 レティシアの笑顔に、アスールは息を飲んだ。そして、嬉しそうに目を細めて笑う。


 その夜、二人は飽きることなくずっと夜空の星を見上げていた。






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