27:弟子入り志願
「どう? この華麗な
子供らしくない鋭い眼光で俺を
どう見ても小学校の高学年くらいだろうに、歳上を歳上とも思ってなさそうな高飛車な振る舞い。メスガキとか言うのか、こういうのは。
「ハッ。お前くらいの『神童』はどこにでもいる。女ってのは珍しいがな」
繁華街の雑居ビルの地下、俺の
「つーかお前、親は?」
「パパはアマ三段。とっくにやっつけたわ」
「そんなこと聞いてんじゃねえ。今ここに親は付いてきてねえのかって聞いてんだ」
「イマドキの小学生を舐めるんじゃないわよ。一人で電車乗るくらい余裕だし」
盤上の飛車を掴んで成り込みながら、少女はICカードをひらひらと見せびらかしてみせる。
いや、舐めるとかじゃなくて、一応俺はガキの一人歩きを心配してやってるんだが……。
「私からも質問。アンタ、裏じゃ
「お子様がどこで聞きやがった」
「そこかしこで」
「真剣なんて言葉はどこで覚えやがった」
「マンガでよ。悪い?」
随分と教育に悪い将棋漫画もあったもんだな。小学生に
「アンタの言う通りお子様だからお金はない。だから他のものを賭けさせてもらうわ」
「ロリの体なんざ要らねえぞ」
「私が負けたら敬語でも何でも使ってあげる。そのかわり、アンタが負けたら、私を
奨励会と来たか。覚えたばかりの言葉をとりあえず使ってやがるな。
「奨励会が何か知ってんのかよ」
「バカにしないで。将棋界のことは一通り調べたわ」
「じゃあ女流棋士ってのは知ってるか? バカ正直に男に混じって棋士なんか目指さなくても、お前くらいの棋力があればすぐなれるぜ」
俺が本心から言うと、少女の駒音が一段と激しくなった。
「女流なんか眼中にない。私は女で最初の名人になるのよ」
「お前、本気で自分がそうなれると思ってんのか」
「アンタは思わないの? 私の力を目の当たりにして」
無い胸を張り、生意気にフッと笑う少女。よっぽど自信があるらしいが……。
しかし、天才と持て
「神童なんてもんは、育ってみりゃ五人に四人がただの人なんだよ」
「いやに具体的に言うじゃない」
「プロになれずに奨励会を去る人間の割合だ。年齢制限で退会する奴。諦めて見切りを付ける奴。みんな地元では神童と言われてたんだ」
この俺もな――と付け加えるのを
「本気なら俺なんかとお遊戯してる場合じゃねえ。さっさと研修会にでも入って、プロの先生に教えてもらうんだな」
だが次の瞬間、メスガキは俺の目をまっすぐ睨み上げ、意外なことを言った。
「私が会いたかったのはアンタよ。
「……!」
コイツ、俺の名前を知ってやがったのか?
「アンタ、自分は神童だってインタビューで言ってたじゃない」
目の前のガキを笑えない痛い発言。それは小学生名人戦で優勝した時の……。
そうか、『将棋時代』のバックナンバーをネットかなんかで読み漁りやがったか。
「んなもん、ただの黒歴史だ」
「それでも、他の年の優勝者はそんなこと言ってなかった。だから私、アンタの棋譜を調べられる限り調べたわ」
俺の王将に
「私はアンタより強くなった。そう確信できたから来たのよ」
思わず乾いた笑いが漏れた。
――やれやれ、お子様相手にずっと手心を加えて指していたことにも気付かないのか。
しかし、まあ、俺のことを知っていてわざわざ目標にしてくるやつがいる――
ガキの
「さあ、私の勝ちよ。約束通り奨励会に連れていきなさい」
「お前、何も知らねえのか? 棋士でもねえ俺はお前の師匠にはなれねえよ」
「今すぐとは言ってないわ。なったらいいじゃない、私より先に棋士に」
「はあ?」
虚を突かれた俺の生返事に、少女はふふんと得意げに笑って。
「調べたって言ったでしょ。奨励会を追い出されたオジサンでも、棋士編入試験って道があるじゃない」
「お前……」
それがどれだけ細く険しい道かも、このガキはきっと知ってて言ってやがるんだろう。
「とりあえず、オジサンはやめろ。俺はまだ
「師匠って呼んでほしいなら、せいぜい頑張ってね。お兄さん」
クソガキのウインク一つで
コイツと歩む珍道中を想像すると、長く忘れていた熱い炎が再び心に灯るような気がした。
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