13:お節介かもしれへんけどな

「はあー、夜勤明けは疲れるわぁ、ほんま」


 自分が住んでいる安アパートに近い、シフトが自由に組める、そこそこ時給が良い、そんな安易な理由で始めたコンビニの夜勤バイト。

 だけど、そこにやってくるお客や、同じ職場で働く若い大学生や、カタコト日本語のお兄さんお姉さん、そんな彼らの行動が彼女のストレスになるとは思いもしなかった。


 どうして、301円のビール買うのに千円札一枚だけ出すん? 一円玉追加してくれれば、つり銭少ななって、ポケットの小銭も減るし、おっちゃん嬉しくないんか?


 そんな昨晩の出来事を振り返りながら、彼女は安アパートの一室に戻ると、ゲーミングチェアに倒れこむように座る。


 ブンッ!


 疲れた体に鞭打って机上のPCの電源を入れると、目の前の大画面モニターには、日課となっている乙女ゲームのログイン画面が。


 まあ、あたしにはコレがあるから、どうでもええんや。


 ログインして最新データのダウンロードを実行する間に、彼女はキッチンの冷蔵庫から発泡酒を何個か取り出し胸に抱えてから、30歳手前になりすこし垂れ気味になってきたお尻で冷蔵庫の扉を乱暴に閉める。


 ドンッ!


 そんな振動に、冷蔵庫の上に無造作に置かれ、うっすらと埃のかぶった金メダルやGoldの文字が刻まれた盾が細やかに揺れる。彼女が家を出るときに、持っていけと押し付けられた、彼女が神童であった過去を証明する、数学オリンピックや理科学分野ジュニア世界大会の時の輝かしい歴戦の記録。


 ほな、はじめるか。

 彼女が、乙女ゲームの続きを始めようとした時──


 ぴん、ぽーん。

 玄関の呼び鈴が。


 なんや、こんな朝早くに。

 迷惑やなあ。押し売りならお断りやで。


 彼女が玄関の扉を開けると、そこにはベレー帽を斜めにかぶった可愛らしい女の子がぽつんと立っていた──


 ちょ、ちょ、ちょい待ちい。

 あんた、あたしの子供のころそっくりやないの。


「おはよぅ、美人のおねえさん。うふふ」

「あんた、こんな朝早うに、なにしに来たん?」


 彼女は、一瞬戸惑ったが、すぐに女の子を家に引き入れる。


「あれ? 驚かないの。過去の自分とのご対面だよ」

「いや、そりゃ、そうやけど。でもな。昔、遊びでタイムマシン作ったこと思い出してん。その時の記憶があやふやなんやけど、あんた、その時のあたし……なんやろ?」


 冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぐと、彼女は女の子に手渡す。


「うん、ご名答。わたしは、子供のころのおねえさんだよ」


 女の子は、麦茶を一口飲んでから、彼女に大急ぎで告げる。


「そんなことより、急いで! お姉さんの運命の人があと10分でコンビニに来ちゃうから。そこで出会わないと、お姉さんこのまま独身で人生終わっちゃうよ。一生、乙女ゲームと生きていくことになっちゃうよ」

「う、マジ? そんな大事なこと、もっと早よー言って―な」


 彼女は女の子をそこに残すと、着替えもそのままで、急いでアパートから飛び出す。


 うふふ、大丈夫だよお姉さん。

 本当は、コンビニに行く前、この先の曲がり角で、全速力で走っているお姉さんにぶつかる、沢山の荷物を抱えて前が見えない男の人が、お姉さんの運命の人なのよ。

 ちょっと変わった人だけど、お姉さんにはお似合いなの。神童であるわたしが保証するわ。あとは、わたしのこの記憶を消して、過去に帰るだけ。


 女の子は、部屋にかかっている電波時計の秒針をじっと見つめながらほほ笑んだ。


 ごー、よん、さん、にっ、いっち、……、ゼロ!


(了)

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