11:神でい続けた男
俺はいま人生の壁にぶち当たっている。
たった9歳で「小説家になれよ」で年間ランキング1位を取り、「カクヨメ大賞」では大賞も受賞。
その後、初書籍化を果たした作品がコミカライズを経てアニメ化までされた。
神童と呼ばれて舞い上がっていた。
しかしここが俺の絶頂期だった。
その後、何を書いても鳴かず飛ばずで、書籍化はおろか小説サイトのランキングにも載らなくなった。
まぐれ当たりの一発屋。誰もそんなことは言っていないのに、そんな目で見られているような気がしてならない。
20歳になっても過去の栄光にしがみついたまま、大学生活も約半分を終えようとしている。
筆が進まない。
俺は公園のベンチにぐったりと腰掛け、隣に座っていた見も知らぬ爺さんに声をかけた。
「なあ、爺さん」
「んー?」
「あんたは挫折したことはあるかい?」
「ん……」
ボロ切れのような汚いポロシャツを着た爺さんは鈍い唸り声をあげる。
「挫折しかしたことないねぇ」
まるで負け犬そのものといったみすぼらしい声だった。
今の俺もこんな情けない姿をしているのだろうか。
「わかるよ爺さん。挫折ってつれぇもんだよな」
「あんたも挫折しとるんかね?」
「まあな。俺は昔が良すぎた。才能の頭打ちってやつだよ」
「才能か。羨ましいのう」
「いや、そうでもないよ」
俺は爺さんの言葉を否定した。
「子どものうちに開花した才能は毒にしかならない。身を持って思い知った」
「そんなもんかのう。けど才能はあるに越したことはないとワシは思うよ。あんたが羨ましい」
爺さんは俺の事を心の底から羨ましそうに見つめる。
「ワシはいままで努力しかしてこなかった。努力して努力して……それなのに未だに満足のいくものが出来上がらない。だから今日もこうしてここに座って悩んでるんだ」
「へえ」
俺は少しだけこの爺さんに興味を持った。
「なあ、爺さん。あんたは何でそんなに悩んでるんだ?」
「小説のネタじゃよ。次の展開がぜんぜん思いつかん」
驚いた。
まさかこの爺さん……同業者か?
「爺さん、小説を書いてるのかい?」
「うむ。小説家になれよってサイトにかれこれ60年も投稿し続けとるよ」
「ろ、60年!?」
しかも小説になれよに?
この爺さん、60年間もずっと鳴かず飛ばずで作品を書き続けていたっていうのかよ!?
どんだけメンタルバケモノなんだよ!
「60年……そ、それは大ベテランだな。ちなみにどんな物語を書いてたんだ……ですか?」
「お恥ずかしながら……代表作は『一生無職転生』という異世界転生モノを」
「いっ!?」
一生無職転生だと!?
いやいやいや、ちょっと待てよ!
それってかつて小説家になれよ累計ランキング一位に数年間君臨し続けていた伝説のバケモノ作品じゃねえかよ!?
こいつ……鳴かず飛ばずなんかじゃ全然ねえ!
俺は思わずズボンのポケットに手を突っ込み、中にあったコンビニのレシートの切れ端とペンを取り出した。
「おい、爺さん!」
「は、はひっ!?」
「サインをくれ」
「え?」
「俺は子どもの頃からずっとあんたのファンだった。一生無職と言えば今でも俺の中のバイブルだ」
一生無職転生の作者と言えば7歳の頃に書籍化デビューをし、小説家になれよの元祖神童作家として名を馳せていた有名人だ。
子どもの頃は「神童」ともてはやされ、成長とともにネット民からは「神ニキ」「神オジ」と呼ばれ、現在では「神爺」と崇められている。
ずっと神でい続けた男。
毎日投稿は連続20000日を超えており、いまでもその記録を更新し続けている。
つい昨日だってこの爺さんは最新話を投稿していた。もちろん俺はそれを読んだ。はっきり言って神回だった。さすが神爺だった。
くそうくそう。馬鹿にしやがって。
なにが挫折だ。なにが羨ましいだ。
爺さんは恐縮そうにレシートの切れ端を受け取り、サインを書いて俺に返した。
「まさか君が一生無職の読者だったとはね……はい、サイン」
「ありがとうございます。けど、一つだけ言わせてください」
「はい?」
「あんたは天才だ。二度と俺のことを羨ましいなんて言わないでくれ」
「んー」
爺さんは困惑した表情を浮かべる。そして戸惑いがちに、
「しかし、それでもワシは自分のことを才能があるだなんて思ったことは一度もないんじゃよ」
「……」
「小説を書くのは難しい」
その言葉を聞き、俺はいたたまれなくなって思わずベンチから立ち上がった。
「おい、きみ!?」
爺さんの声を無視して、この場から逃げるようにして走り去る。
涙が止まらない。
俺はなんて小さい男なんだ!
これほどの爺さんが今でもたゆまぬ努力をし続けているというのに!
悔しくて悔しくてたまらない。
俺はそのまま家に帰り、ポメラを開いて、そこから無心で小説を書きはじめた。
「くそっ! こうなったら俺も毎日投稿をしてやるぞッ! 最低でも今日から20000日は続けてやるッ!」
こうして俺は憑き物がとれたかのように神童の呪縛から解き放たれたのだった。
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