第7話 同じマンション
昨日、ひなちゃんに訳の分からないキレ方をしてしまったので、今日学校行くのちょっと気が重いなぁって思っていたけど、ひなちゃんは全然気にしていない様子で、あたしは安心した。同じ2軍女子にも言ったことのない、いま感じているあたしのコンプレックスは子供から少女を経ないで大人になることに対するものなんだと、昨日の晩ベッドの中で考えていた。自分の予想もしないスピードで変化するあたしの身体。それについて行けないあたしの心。どうしても捨てられないかわいい女の子への憧れや固執。だけどそんな憧れや固執は全部ひなちゃんに任せようと思った。だってどう考えたってひなちゃんがかわいいし、絶対にかなわないんだから。
「ひなちゃん」とあたしはホームルームが終わった後に声をかける。「なんか用?」と答えるひなちゃんに「一緒に帰ろう」とあたしは言う。「まあいいけど」とひなちゃんは無表情で答える。でもあたしは知っている。教室を出たらいつものかわいいひなちゃんになる。
「ところでさぁ、鹿渡は美術部に行かんでいいの?」
「うん、行ってもすることないからね」
「じゃあ、何で美術部入ったん?」
「それは絵を描くのが好きだからやな。でもたまに描いた絵を持って行くよ」
「油絵とか?」
「あたしは油性の色鉛筆。昔から絵を描くのは好きだったし、でも絵具って片づけが面倒くさいんだよ。だから色鉛筆」
「ふーん、色鉛筆って100色とかすごいやつちゃうの?」
「そこまですごくないけど、72色のやつ。中学入学お祝いにお父ちゃんが画材屋で買ってくれたんだ」
「画材屋なんて近くにあるんや」
「うん、
「そうなんや。鹿渡が描いた絵とか部屋に飾ってるん?」
「スケッチブックにそのままかな。うち賃貸マンションやから」
「俺も賃貸マンションや。南町って言ってたけど、鹿渡のマンションってどこにあるん?」
「南町5丁のセブンイレブンを過ぎた次の道を右に曲がってすぐのフローラ南館ってマンション」
「えっ、俺フローラ東館やで」
「そうなん、何で南館なんやろってずっと思っていたけど、東館あったんや」
「俺も不思議に思ってたわ」
「同じマンションやったんやね、ある意味」
「そやな、結構古いマンションやしな。確か築25年は超えてるやろ」
「超えてるー。あちこちガタが来てるもん」
意外なところでひなちゃんと共通点があって、あたしは驚いたけどなんだか嬉しくもなった。それに謎だった南館の意味もやっと分かったし。
「ネットが遅いのが困るわ」とひなちゃんが言う。あたしは「パソコンはあるけど、そんなに使わんからうちは問題ないけどね」と答える。
「うち、両親とも仕事で使うねん。それに俺用やから動画を落とすのに時間がかかって」
「うちでパソコン使う仕事って何?」
「母さんが翻訳家で、父さんが大学教授」
「ほんやくか?」
「外国語を日本語にする仕事やな」
「ひなちゃんのご両親って頭いいんやな。うちなんてお父ちゃんは水道屋で、おかあちゃんはパートやで」
「まじめに働いている人に職業の上下関係なんてないで。鹿渡のご両親も立派な大人や」
あたしは何だか憧れのひなちゃんに褒められている気持になって嬉しくなった。そしていつもの十字路で「明日ダイエーな」と大声で言い、ひなちゃんに思いきり手を振った。
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