#36

あれから二週間が過ぎた。

嬉しいことに、アンジュはこの国に受け入れられ、国民から祝福を浴び、これから平和な日々を迎えるのだと、誰もが思っていた。


「アンジュ、行ってくる」

「はい、お気をつけて」


今日は半年に1回行われる、ヤヌカ王国との実技演習の日。

毎回互いの国へ行くのが慣例になっており、今回はリーヴェ王国が、ヤヌカ王国に行くことになっている。


「あの、ノラ王子、これを…」

「ん?」


ノラがアンジュから手渡されたのは、小さな御守りだった。


「これ…」

「つ、作ったんです!以前街で見かけた時に、いつかノラ王子に作ってあげたくて、それで…」

(だから最近手に絆創膏を付けていたのか)

「ありがとう、嬉しいよ。大事にする」

「~~~っ!!」


ノラがアンジュの頬にキスをすると、アンジュは顔を赤くした。

何時いつになってもこんな顔をしてくれるなんて本当に可愛らしい、とノラは心の中で笑った。


「も、もうっ!」

「はは、じゃあ、行ってくる」

「はい、お気をつけて」


これから何が起きるかも知らず、ノラは呑気に馬を出し、国を出た。



***



「へー、それアンジュに貰ったの?」


ヤヌカ王国に向かう途中、アンジュから貰った御守りを眺めていると、オッズが後ろから顔を覗かせた。

今日の実技演習は、国王ジェイクとノラとジェノヴァ、そしてオッズの4人とその部隊の一部で向かうことになった。

本当はイマルもいる予定だったのだが、妻であるカンナが体調を崩したとの事で、急遽キャンセルとなった。


「はい、そうなんです」

「相変わらず仲がいいな!」


ジェノヴァがガハハ、と笑う。


「はい。アンジュが来てくれたお陰で毎日がとても楽しいんです」

「うわー惚気聞かされた~」

「アンジュもきっとそう思っているだろうな!」

「全く、羨ましいのう」

「そうだと嬉しいですね」

「惚気はいいから、早く行って早く帰ろ~」



***



ノラを見送り、リマと共に家のことを一通り済ませると、カンナから『城にいらっしゃい』、と連絡を頂き、リマとお邪魔する事になった。


「アンジュ様、行きましょうか」

「はい!」


化粧道具と絵画道具を用意して、家を出た矢先。


「えっ」

「リマさん?」


前を歩いていたリマさんが、立ち止まった。


「リマさん、どうし……」

「……」

「………っ!!」


リマの所に向かうと、リマがお腹から血を出していた。


「リマさん!!」

「に、げ…」

「チッ、新しい力というのはなかなかに上手く使えないものだな」

「リマさん!!」



***



(アンジュ様を、逃がさねば…。それにしても、腹が痛い。血がどんどんと溢れてくる。まだ動ける内に式を召喚して…。)


リマは突然の攻撃に、頭が追いついていなかった。


(目の前にいるのは、エバン大臣…?どうしてこんなこと…。駄目だ、立っていられない。)


リマは地面に膝をついた。


「アンジュ様、逃げて…。式、お願い。アンジュ様を、逃がし…」

「させるか」


リマが式を出そうとしたところで、エバンに上から手を踏まれる。


「ぐあああ!!」

「リマさん!!いや!!やめて!お願い!!」

(くそ、こいつ。私を殺すつもりか。)


手を踏まれては、胸の中に隠してある式を召喚することなど出来ない。


「お願い!やめてください!!」

「全く、ノラ王子がいないと言うから来てみたものの、君はそうか…。マーリン大臣の使い物にならない娘だったかな」

「っく……」


リマを踏みつける足に、アンジュはやめてやめてと泣き縋るが、エバンはうんともすんとも言わない。


「あな、た…、魔導は、大して使えない、はずです、よね…。先程の、力、は……」

「黙れ」

「ぐああっ!」


バキ、と指の骨が折れた音がした。

あまりの痛みに、リマは声を上げる、


「お願いです!やめてください!!これ以上リマさんを傷つけないで!!」

「黙れ!!」

「……っ、がは…」


エバンが、アンジュ様の腹に拳を入れた。


「――目障りなのだよ」

「……っ!!い、たい…」

「やめ、ろ……」


アンジュを傷つけるな、と言いたくても指の痛みで声がでない。

だが、辛うじて頭は少しだけ回る。


「う、あ…」

「この!このっ!」

「あぅっ!」


エバンは今、アンジュに暴力を振るうのに集中しており、リマの方には見向きもしない。

その隙にまだ使えるもう片方の手で、式を召喚しなければも、リマは腕を胸の方に伸ばした。


「し、き……」

「させるか」

「あああっ!!」


瞬間、何かビームのようなものがエバンの指から放たれ、リマの谷間を貫いた。

リマはついに動けなくなり、地面に突っ伏した。


「ふん。さてアンジュ様よ。そろそろ死んで貰おうか」


エバンは初めから、そノラがいない隙を狙い、リマを負傷させ、魔導を使えないアンジュを、殺すつもりだった。


(お前はアンジュ様がこの国に居ることに反対していたものな。だから、殺そうと思ったのか。ふざけやがって。くそ、くそくそくそ!!)


リマは土をぎゅっと握った。


(どうして私は何も出来ないんだ。私にもっと力があれば。

結局父さんの、エバンの言う通りだったんだ。私は使い物ではないと。)


目の前が、どんどん暗くなっていく。


(ノラ王子、申し訳ありません。私は、メイド失格です。アンジュ様を守れず、申し訳ございません。)


リマは意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る