たどりついた最後の想い
「おはようございます。そろそろ起きられてもよろしいかと」
美玖は先に起きてたのか。何時かな、朝風呂も入りたいから起きた方が良いよな。寝床から体を起こして美玖の方に向いた瞬間に寝惚け眼がバッチリと目覚めた。頭に浮かんだのはそこにいる女は誰なんだ。
「顔に何か付いてますか?」
声も話し方も美玖だ。そうなると美玖になるはずだけど・・・ちょっと待てよ、美玖じゃないぞ。いや、よくよく見ると美玖にも見えないことも無いけど、息も止まりそうなぐらいの美しさじゃないか。
「これですか。昨夜に戻すって言ったじゃないですか」
戻す? そんな事を言ってたな。あれって顔のことだったのか。いやいや、戻すって言うけど、変わり過ぎだろ。ここまで来ると別人だ。こんなものどうやって?
「女は化粧で化けられる生き物です」
それぐらいは知ってる。女優や夜の蝶が営業用のメイクを落としたら誰かわからなくなるって話だろ。ボクより早く起きたのは、その顔になるためだったのか。
「まあそうなんですけど、忍者ハットリ君から化けたのじゃなく、こっちが素の美玖です」
えっと、えっと、それって本来が素の美玖で、普段は忍者ハットリ君に化けてたって事なのか。
「そうです。剛紀に惚れてもらった顔に戻しただけです」
ボクが惚れた顔? 知らないぞ、そんな顔。ボクが知っているのは忍者ハットリ君の顔だけだ。
「剛紀は出張の夜に見たじゃありませんか」
出張の夜? いやいや、見てない、見てない。あの時だって忍者ハットリ君だったぞ。
「隠さなくても、もう良いかと」
隠してないって。あの時だけど、これは言いたくないな。でも、美玖が勘違いしてそうだから話すか。ここまでの関係になれたからもう良いはず。とはいえ話しにくいな。
「久しぶりですけど、感想は?」
だから知らないって。あの夜だけどベッドサイドに美玖は立ってたじゃないか。驚いたボクは横向きに寝てたから視線を上げようとしたんだ。その時に突然バスタオルが落ちただろ。そこで目に飛び込んで来たのが美玖の美しすぎるバストだ。
あんなもの見せられたらどうしろと言うんだ。ひたすら見てた。でもそこで気づいた。この裸の女は美玖だって。これだってバストの形で気づいたのじゃなく、あの部屋にいるのは美玖しかいないはずの消去法だ。
ここからが本当に話したくないのだけど、ボクだって男だ。それも凡人だし、間違っても聖人君子じゃない。見たかったんだよ。だからバストから視線を上げるのじゃなく、下げたんだ。そうだよ美玖のあそこを見たかったんだよ。そこまで見れたところで、間が悪くなり気まずくなった美玖は体を翻してバスルームに行っただろうが。
「よく言いますよ。あの時に目を合わせたじゃないですか」
角度的にはそうだ。ベッドに横向きに寝ながらから美玖のバストを見れば、顔は視界の中には入る。けどな美玖の美しすぎるバストに注目し過ぎて顔は認知していなかった。この辺は美玖の顔なら良く知っているから意識から完全に飛んでいたぐらいで良いと思う。
美玖は目が合ったように感じてたみたいだから、適当に話を合わせていただけなんだ。だいたいだぞ、美玖のバストとあそこを見るのだけに熱中していたなんて恥ずかしくて言えないだろうが! だからまったくあの夜の顔は覚えていない。その証拠に素の美玖を見ても誰だか分らなかっただろ。
「えっ、それなら忍者ハットリ君の美玖に惚れたとでも言うのですか?」
そんな答えにくい質問をするな。男はいくつになっても見た目九割だよ。その基準で言えば悪いけど忍者ハットリ君は不合格だ。
「では美玖の体に惚れたのですか?」
否定はしないが、それでも顔が忍者ハットリ君だから不合格だ。
「ならば美玖のどこに惚れたのですか?」
男だって少しは成長する。顔とかスタイル以外の部分だって評価できるようになる。ボクが惚れたのは美玖と言う人間だ。これじゃ、漠然としてるな。美玖の性格に惚れたんだよ。
「それを信じろとでも!」
ああそうだ。性格に惚れると評価の世界は一変する。すべてが魅力的に見え出すんだ。エラそうに言ってるけど、ボクだって初めての経験だ。今だったら胸を張って言える、忍者ハットリ君だって世界一愛おしい顔にしか見えないよ。
「そんなこと、そんなこと、あり得ない・・・」
おいおいどうして泣くんだよ。そんなに悪いことを言ったか。出張の夜に美玖の大事なところを見てしまったのは悪いと思ってるし、最初は忍者ハットリ君を恋愛対象に思えなかったのも謝る。だけどさ、今は惚れてるし、ここまでの関係を結んでるじゃないか。
あかん、ますます泣いてしまった。ボクに出来るのは美玖を抱き寄せてあやすぐらいしか出来ないよ。気に障ることを言ったのなら、本当に謝る。頼むから機嫌を直してくれ。お願いだ。
ひとしきり泣きじゃくって、少し落ち着いてからポツリポツリと話してくれた。言われたら当然だけど、高校時代までは素の美玖だったわけで、これだけの美人だと
「名越由衣状態でした」
そうなるはず。モテモテ女にならない方が不思議だ。由衣はそういう環境に順応してあんな女になったけど、
「美玖の顔しか見てくれないのです」
高校までだろ、そうなるよ。男って残念だけどそういう生き物だ。ボクだって例外じゃない。
「大学生になった時に美玖の性格を見てもらおうと・・・」
大学デビューとして忍者ハットリ君に化けたって言うのかよ。そんなことをすれば、
「男に見向きもされなくなりました。その時にわかったのです。美玖の性格は最低で最悪だと」
やり方が根本的に間違ってる。まずだ、いくらなんでも忍者ハットリ君はやり過ぎだ。ボクだって見た目だけなら不合格にしたぐらいなんだぞ。それにだぞ、相手を誰だと思ってるんだ。大学生と言ってもまだ高校を卒業したばかりだろうが。
そんな連中の恋人基準は見た目九割、いやそれ以上だ。これは社会人になってさえそんなのは掃いて捨てるほどいる。性格で勝負したい意図はわかるけど、最低限の見た目基準をクリアしないと性格評価なんかしてくれるものか。
地味女程度でも彼氏をゲットするのがどれだけ難しいかぐらいわかるだろうが、それぐらい見た目の関門は大きいんだよ。そこに忍者ハットリ君で挑もうなんで無謀の極みどころか単なるアホだ。
せめて、せめてだぞ、良く見たら可愛い程度に調節出来なかったのか。四年もあったのだから少しは考えろよな。いくらでも手直しする余地があるじゃないか。社会人になってからは?
「美玖もありきたりの平凡な幸せが欲しかったのです。そのために素の美玖に戻り七洋の夜叉になりました」
そういう事だったのか。美玖が七洋の夜叉だと知ってアンゴルモアの恐怖の大王の能力はすぐに合点が行ったけど、顔については違和感しかなかったんだ。だってだぞ、空恐ろしい程の美人の噂はどれだけ高かったことか。
「そんな七洋の夜叉に寄って来たのは結婚詐欺師。美玖の最低性格の性格にはお似合いすぎる男でした」
ぐむむむ、美玖の純情を食い物にしやがった結婚詐欺師はいつかドラム缶にコンクリート詰めにして海に放り込んでやる。けど、けどだ。美玖には悪いがそうなった原因だけはなんとなくわかる。
七洋の夜叉時代の美玖は星雷社のアンゴルモアの恐怖の大王並に怖かったはずだ。いくら素の美玖になろうとも、怖すぎて安易に近づけるようなものじゃないだろ。そこに付け込まれたんだよ。
くそぉ、これだけはどうしても許せない。結婚詐欺師のクソ野郎は詐欺の仕事のためだけに美玖の純情を弄び、役得ぐらいで処女まで堪能しやがったんだ。こんな鬼畜の所業がこの世にあってなるものか。いつの日かガトリング砲で木っ端微塵にし、アスファルトに混ぜ込んで道路舗装にしてやる。
結婚詐欺被害のショックから七洋物産を辞め、なんとか立ち直った美玖は神雷社に就職し、二度と色恋などするものかと忍者ハットリ君になったのか。なのにどうして出張の夜に、
「まさかの出会いがあったからです」
それって、
「新人教育を受けた時に好きになってしまいした。こんなものどうしようもないじゃないですか。忍者ハットリ君では無理があり過ぎますから、素の美玖で誘惑しようとしたのです」
美玖の思い込みと勘違いはあれこれあるにしろ、忍者ハットリ君の美玖にしろ、素の美玖にしろ、ボクが惚れたのに違いはないよ。どっちも美玖じゃないか。
「違います。全然違います。こんな最低最悪の美玖の性格に惚れるなんてあり得るはずがありません。なのに、なのに・・・」
ボクを信じろ。二人の初夜は現実だし、ボクはもう美玖しか考えられない。ボクは一穴主義だと言ったろ。ボクが関係を持ちたいのは一穴主義を貫き通したい女だけなんだ。二人失敗してるから、今度こそはと選び抜いたのが美玖だ。
「選び抜く? 他に誰かいましたっけ?」
それを言うな。言葉の綾だ。それでもウィンウィン関係だと思わないか。ボクが欲しいのは一穴主義を貫ける女だし、美玖が欲しいのは自分の性格を認め愛してくれる男だ。お互いが欲しいものが一致してるから最高の組み合わせじゃないか。
「でもこの最低最悪の性格では・・・」
しつこいぞ。美玖の職場でのキャラはひたすら怖い。アンゴルモアの恐怖の大王の呼び名はダテじゃない。けどな、怖がられてはいるけど、決して嫌われてない。それどころかあんなに慕われているんだぞ。
「あれって、社長の趣味でマゾ人間を集めてると思ってました」
アホか! 美玖が女王様で、美玖の教育が調教で、部下をマゾ奴隷に仕立てているつもりだったのかよ。星雷社はSMクラブじゃないし、そんなマゾ奴隷の社員を養成してどうするって言うんだよ。
そうじゃなくて、あれだけ部下をシゴキ倒しても嫌われるどころか尊敬されているのが美玖だ。どれだけ頼りにされ、美玖のためなら、どれだけ張り切って仕事をしているのかが見えないのか。美玖への慕い方は崇拝レベルだろうが。
それが本当の美玖の性格で、その性格にボクが惚れて、惚れて、惚れ抜いただけだ。どこにもおかしいところは無いだろうが。それぐらい美玖の性格は良いのだよ。だからボクの一穴に選んだし、そうなってくれた美玖しか愛す気はない。
美玖はボクの一穴になったと言ってくれたじゃないか。あれってその場の戯れ言だったのか、それともSMプレイの一環か。それを信じて感激していたボクはピエロで、それを腹の底で笑っていたのか!
「笑うなんて滅相も無い。剛紀の愛の雫を受け止め、ついに一穴にさせて頂けた喜びと感動は言葉で表せるものでありません。あの瞬間に心からの誓いを立てさせてもらいました。これは神聖にして不可侵であり、たとえこの場で捨てられても美玖の一穴は永遠に剛紀のものです」
だからボクは一穴主義だって。一穴主義って恋人が出来たり、結婚すれば浮気どころか一夜のアバンチュールも、風俗遊びもしないぐらいの意味に使われるはず。だが、ボクに言わせればそんなものは常識以前の話だ。
ボクは一人しか愛したくないし、愛せないんだよ。これじゃ、わかりにくいか。愛すると決めたらいくらでも綺麗に見えるし、ひたすら愛おしくなる。これが異常に高まって他の女への興味が一切無くなってしまう。
ボクは選んだ一穴しか愛せない男だ。美玖がボクの一穴でありたいと思い続ける限り、愛して、愛して、愛し抜くしか能がない男なんだ。美玖が永遠ならボクも永遠。それも知って美玖はボクを選んだのだろ。
「うぇ~ん・・・」
その後は大号泣状態であやすのが大変だった。
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