難題

 プライベートの初鹿野君はすぐに話が脱線する。ツーリングの時はそうは感じなかったけど、ここまでとは意外なんてものじゃない。と言うか、あえて脱線させようとしている気さえする。そういう一面を知ることが出来て楽しいのは楽しいのだけど、この調子じゃいつまで経っても次のツーリング先が決まりそうにない。


 とりあえず距離からすると竹田城ぐらいが一つの限界だろうな。距離を伸ばすだけだったら、もう少し走れるけど、ボクは走るだけのツーリング専門じゃない。それなりにでも目的地を作って、そこでの観光も楽しみたい方なんだ。


「わたしもです」


 意見が一致したな。だけどここからまた話が脱線しないように注意しないと。ただそうなると行ける範囲がどうしても決まってくるところがある。ボクもだが初鹿野君もかなり走ってるんだよな。その中で新味を見つけようとして、こうやって会ってるはずなんだ。


「わたしには夢があるのです」


 へぇ、初鹿野君の夢なら聞いてみたいけど、やばいぞ。また脱線しそうな気がする。


「部長とマスツー出来るようになって行けるところが広がったのです」


 はて、ソロツーでもマスツーでも行ける範囲は変わらないぞ、ここは二人だから行けるところが増えたぐらいの意味のはずだが、


「日帰りなら距離と時間の縛りを越えられませんが、泊りにすれば話が広がります」


 なんだって! そりゃ、泊りを入れたら距離は伸ばせるし時間の縛りだって変わっては来る。


「泊りを重ねれば日本一周だって可能になります」


 理論上はそうだ。現実に日本一周をやっているツーリング動画だってある。日本一周は置いといても一泊するだけで行けるところは飛躍的には増える。片道の二倍とまで言わないけど、一・五倍ぐらいは可能になるのはなる。だけどな、


「さすがにソロツー、それも女一人では無理と思ってましたが、マスツーなら夢が広がります」


 その気持ちはわからなくもない。ボクだってソロツーで泊りをするのは気が乗らないところはある。旅費の問題はさておいても、一人寂しく旅館でメシを食うのは嬉しくないんだよ。世の中にはお一人様が好きな人もいるみたいだけど、


「一人旅って格好良さそうですけど、わたしは虚しいからやろうとも思いません」


 ソロツーやってたじゃないかとツッコミたかったけど、日帰りと泊りではレベルが違うのは同意だ。だけどだぞ、


「仕事でもやってるじゃないですか」


 うぅぅぅ、出張の時に男女ペアは普通にありなんだよな。かつては避けてた時代もあったそうだけど、これだけ女性社員が増えれば同性だけのペアにするのは無理が出て来る。ペアにする組み合わせは業務の効率が第一だからだ。


「部長ともやったじゃないですか」


 やったと言うな、出張に行ったとしろ。男と女で出張に行って「やった」なんてしたら、どれだけ誤解を受けるかわからないだろうが。男女ペアでの出張の時は当たり前だが部屋を分ける。ビジホならシングル二つになる。ただ初鹿野君と行った時には、


「ハイシーズンのあんな時期に出張を命じたのは部長です」


 うぅぅぅ、そうだった。あれは先方の都合があったから仕方ないだろうが。それに、初鹿野君とペアにせざるを得なかったのは、あそこはとにかくややこしくて、それも先方の機嫌を損ねての関係修復のためだったじゃないか。


「あそこで尻ぬぐいに出るから仏と呼ばれるのです」


 そうじゃないだろ。あれは部長であるボクが出ないと話をまとめようが無くなったからだ。


「だからと言って部下にペナルティを課したりしないじゃないですか」


 そこら辺のことはややこしいから置いとかせてもらう。とにかくどうしても失敗できない案件だったからサポートには初鹿野君が必要だった。そこに立ち塞がったのがハイシーズンだった。


 どうしても二部屋確保できずにツインに同部屋するしかなかったって事だ。あれは結果的には良かった。あんな無理難題を次から次に出しやがって、こっちはホテルで作戦会議、対策会議を二人で夜遅くまでやらざるを得なかったんだ。


「見ましたよね」


 あれもしょうがないだろ。難題にくたびれ果てていたボクは仮眠を取らせてもらったんだ。少し眠らないと頭が回らなくなっていた。ふと目覚めると初鹿野君がタオル一枚で立っていたんだ。


 ボクが眠っている間にシャワーに行ってただけなんだけど、目覚めたボクと目が合ってしまったんだよ。気まずいなんてものじゃなかったけど、初鹿野君も驚いたみたいで、冗談みたいだけどタオルが落ちたんだよ。


 だから見えてしまったんだ。だけどだぞ、どうしてタオル一枚で部屋の中でウロウロしてたんだよ。男と同部屋だから、


「忘れたのですか。あそこのバスは脱衣場が無かったからですよ」


 あっ、あっ、そうだった。欧米流のトイレとバスが一体になっている形式で、シャワーを浴びたら浴室が湯気で充満する。無理すれば浴室内で着替えも可能だけど、


「あの時刻からバスロープに出来ないでしょうが!」


 まだ翌日にどう対応するのかの方針が決まってなかったからな。ボクが仮眠から目覚めたら、二人で検討する予定だった。


「あそこまで部長に見られてるから、気になりません」


 あれはアクシデントだ。それより何よりシチュエーションが違うだろ。あれは出張だったし、あくまでも業務だ。それに対して今回はプライベートなんだぞ。同じにするのはおかしぎるだろうが。


「それぐらいわかってますよ。でも見ましたよね」


 見てしまった。


「感想は?」


 聞くな。ほんの一瞬だったし、すぐに目を逸らしただろうが。


「でも見ましたよね」


 そんな話をしているのじゃなくて、男女でお泊りツーリングをするのは問題が多すぎるって事だろうが。


「もう部長は踏み込んでますから手遅れです」


 出張先のアクシデントだけで踏み込んだはないだろうが。


「わたしのすべてを見た上に、こうやって何度もデートを重ねています」


 そんな誤解を招くような発言は良くないぞ。やってるのはデートじゃなく、あくまでもツーリングだ。


「二人っきりのマスツーです」


 だからツーリングだって。誰がどう見たって健全な遊びだ。


「これがツーリングじゃなくドライブだったらどう思われますか」


 ドライブだって健全な遊び・・・


「ドライブ先でラブホにしけこんでドッキングしているぐらいの想像はすぐにされます。それはバイク二台でも余裕で可能です」


 そ、それはあくまでも可能性だけの話だろう。


「人って時に可能性からの憶測に殺されます」


 うぅぅぅ、そういう事は多々あるぐらいは知っているが、二人の関係が健全なのは初鹿野君が一番よく知ってるじゃないか。


「まだわかりませんか。部長の生殺与奪はわたしが握っています」


 脅す気か。


「脅しと受け取られるのは心外です。女のわたしがここまで踏み込んだ意味をわかって欲しいだけです」


 ま、まさか。平荘湖の出会いこそ偶然だったけど、それから後はすべて初鹿野君の掌の上で踊らされていたとか。


「部長は初心でお堅いですからね。ここまでしないとツーリングしかさせてくれないじゃないですか」


 あの、その、頭が混乱してる。ここでの正しい答えはあくまでもNOだ。そうすれば話は無難に収まってくれるはず。口ではああ言ってるけど、初鹿野君は自爆戦術なんて取らないはずだ。


 たとえ自爆戦術を取られても、お互い独身だから、それ以上の修羅場は起こらないはず。陰口はしばらく残るだろうが、それだって時間とともに消えて行くはず。浮気でも、不倫でもなく、単なる独身の男と女の恋だからな。


 それなのになぜかNOと言いにくい。ボクは初鹿野君とこうやって一緒にいる時間が楽しくなってしまってる。ここでNOと言ってしまえば、この時間は永久に失われるだろう。それが惜しくてたまらない、いや手放したくない気持ちをどうしようもない。


 そうなれば冗談として交わすのが常套手段だけど、それが出来そうにない。気が付けば外堀も内堀も埋められてしまっている気分だ。これが初鹿野君の話術のマジックかもしれない。脱線とか無駄話と思っていたのも、すべてここに追い込むための作戦だったのかも。


 どうしよう。ボクに残された手段は一つしかない。とにかくこの場を誤魔化して時間を稼ぐ戦術だ。この場でYESかNOの返事をしてしまうのはとにかく良くないはず。なにか上手い遁辞は無いか、どうしたら、どうしたら・・・


「では部長の了解も得られたということで、プランが出来たらまた連絡をさせて頂きます」


 やられた。なにも出来なかった。

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