マスツーへの誘い
ツーリングで出会ったからやはりバイクの話が無難だろう。初鹿野君も女性だからと言うより体格的に小型バイクを選んでも不思議とは言えない。初鹿野君ぐらいの体格でも中型どころか大型に乗るバイク女子もいるのはいる。
あれは乗りたいからそうしているのだろうし、それをあれこれ言う気は毛頭ないけど、体格に比べて背伸びしたバイクに乗るのはシンドイ時にはシンドイんだよ。だから小型バイクなのはわかるとして、たとえばダックスは検討しなかったのか。
「心は魅かれたのですが、タンク容量が・・・」
そこまで気にしたのか。初鹿野君もカブ系のモデルを候補にしていたようだけど、ダックスは三・八リットルなんだよな。これだと満タンで二百キロも走れない。タンク容量で言えばクロスカブも四・一リットルだ。
燃費はカタログ上で差があるとは言えだいたい同じようなものだから、満タンで二百キロも走れないとなると・・・というか満タンで二百キロは度胸がいりすぎるだろ。ダックスならたぶんだが、三リッターぐらいで燃料警告灯が点滅するはずだ。
そうなれば走行条件にもよるけど、下手すると百五十キロぐらいで燃料警告灯が作動してしまう。もっと早いかもしれない。そう考えるとタンク容量は少ないかな。だったらグロムなら六リットルだけど、
「バイクを選ぶのも見た目九割です」
あははは、ああいうスタイルは好みじゃないのか。こればっかりはどうしようもない。ハンターカブもクロスカブも嫌われたか。スーパーカブも同上だ。だから消去法でモンキーにしたのか。
「消去法じゃなく、バイクはMTが王道です」
さっきダックスにも心が魅かれたって言ってたぞ。それはともかくタンク容量と言うか満タンで走れる距離はツーリングで微妙な影響を及ぼすのは同意だ。そりゃ、ガソリンが切れたら給油すれば済む話なんだが、ツーリング場所によっては困る時はあるんだよな。
「クルマの燃費が良くなったせいかスタンドはかなり減っている気がします」
ボクもそう思う。元はガソリンスタンドだったのが廃墟になったり、中古車展示場なったり、トラック置き場になったりしてるのはよく見るものな。田舎に行くほどガソリンスタンドの数は減るけど、そういうところでガス欠のピンチに見舞われるのは嬉しくはない。
「モンキーなら引っ張れば三百キロぐらい走れます。それだけ走れれば日帰りツーリングなら無給油で行けます」
まあそうなる。それが理由でモンキーを選ぶ人は少ないだろうが、隠れたメリットぐらいには言っても良いかもしれない。もっとも、
「あれはなんとかして欲しいです」
燃料計もモンキーマジックなんだよ。とにかく燃料切れの警告が出るのが早すぎる。あれって四リッターぐらいで出ていると思う。
「そうですよ、まだ一・六リッターも残ってます。あの点滅を見ながら一時間も走るのはストレスです」
そういうけど昔のバイクは燃料計が無いのも多かったんだ。ボクが学生時代に乗っていたもそうだった。もちろん燃料切れの警告灯もなかったから、
「どうしてたのですか?」
トリップメーターも無かったからオドメーターで計算してた。最後は燃料コックを切り替えて、
「なんですかそれ」
初鹿野君なら知らないか。あの頃はリザーブと言って、燃料コックを切り替えれば、そうだな一リットルぐらい使えたんだ。それでスタンドを探して給油しろぐらいのシステムだ。あんなもの今でも残ってるバイクがあるのかな。
「今日はこうやって部長と話せてラッキーでした」
逆だろう。せっかくの休日なのに、上司とメシを食べないのといけないのは罰ゲームそのものだ。
「ここでの食事はバイクの故障を直してくれたお礼とプラグ代です。これは部長だからではなく、社会人としての礼儀です。付け加えれば部長の教えでもあります」
はっきり言うな。良いよ、ランチが終わればお別れだし。
「でもビックリしました。同じモンキー乗りだとわかったからです」
バイクが同じなのはたまたまだけど、
「部長は営業部のミステリーと言われています。なにしろプライベートは何も話してくれないじゃないですか」
あれは大した理由じゃない。話せば前職でどこにいたかになるし、その前職をどうして辞めたかになってしまう。あんなもの他人に話せるものか。出来れば棺桶まで持って行って焼き場で燃やしてしまいたい。
「今日は部長のプライベートの秘密を一つ知ることが出来ました」
モンキーでソロツーしていることか。それぐらいバレても構わないけど。そこから初鹿野君は悪戯っぽく笑って、
「部長はマスツーがお嫌いですか?」
ああ、いや、その、とくにソロツーにこだわりはないよ。今日もソロツーだったのはマスツーするにも相手がいなかっただけだけど。
「そうなのです。これもモンキーのネックです」
そこまでは言い過ぎだと思うけど、マスツーするにはあたり前だが相手が必要だ。しかしバイク乗りはどこまで行っても少数派なんだよ。うちの会社にもスクーターで通勤するのはいるけど、あれでツーリングに出かけるものは多分いない。
スクーターでもツーリングするのはいるけど原チャリでするのはまずいないだろ。小型でも少ないと思う。この辺はバイクに求めるものに根本的な違いがあって、小型以下のスクーターなら通勤通学とか、お買い物のために乗るのが殆どだからだ。
小型でツーリングをするとなるとモンキークラスぐらいからになるけど、そもそも長距離ツーリングとなると小型バイクは辛いところが多いんだよね。
「さらにがあります。小型バイクじゃ中型以上のツーリングに付いて行けません」
これは純粋に走行能力と走れる道の制限だ。下道ならまだなんとかなる部分はあるとはいえキツイ峠道では付いて行けない。
「流れの速い道だってそうです」
そうなんだよな。言うまでもないが高速も自動車専用道も走れないからね。だから相手に合わせてもらう必要があるのだけど、あれはあれでこっちも気を遣うし、向こうだって気を遣う。
つうか、中型以上に乗れるメリットは高速を使ってツーリングが出来るは確実にあるんだよ。それも含めて、中型以上でのツーリングの楽しみを犠牲にして付き合ってもらうようなものになってしまう。
だったら小型バイクに乗るのとマスツーすれば良いようなものだけど、学生時代ならまだしも社会人になるとマスツー相手を見つけるの簡単じゃないのはわかるよ。この辺はバイクに乗ってると言うだけで色眼鏡で見られるのもある。
ソロツーが良いかマスツーが良いかは人によって変わるのは変わる。ソロツーが好きな人はあくまでも自分のペースで走りたいとか、一人で走る感じが好きなバイク乗りで決して少なくない。そういう孤高な感じが自分のスタイルみたいな感じだ。
「人って仲間が欲しい生き物です」
それはあると思う。今ならインカム仕込めばマスツーしながら会話だって出来るんだよ。ボクも大集団のマスツーは好みじゃないけど、気の合った仲間とのマスツーは楽しそうだと思ってる。
「だったら話は決まりですね」
な、なんの話が決まったんだよ。なにか結論を求めてのディスカッションをしていないはずだけど。
「これって奇跡的な出会いと思いませんか。だってモンキーに出会う事だって滅多にないじゃないですか」
それは同意だ。これまでに出会ったのは初鹿野君のモンキーも含めてもやっと片手程度だ。
「そんなモンキー乗りが同じ会社の同じ部署にいるなんて奇跡みたいなものですよ」
奇跡までは言い過ぎとしても滅多にない偶然ぐらいにはなると思うけど、
「その二人が実はマスツーをしたいのです。このチャンスを逃す手はありません」
あ、ああ・・・そうなるか。だがな、ボクは男で初鹿野君は女だぞ。彼氏もいるだろうが。
「そこはご心配なく。そんなものいませんよ。部長は彼女がいるのですか?」
ボクもいないが、男と女の二人組のマスツーは良くないのじゃないか。
「女だから出来ないとするのはセクハラです」
それは間違ってるぞ。ボクは初鹿野君がマスツーについて来れないとは言っていない。そうじゃなくて男と女の組み合わせになってることだ。
「それが何か問題なのですか。ではご質問させて頂きますが、営業で男女のペアは宜しくないとされているのですか」
それとこれとは問題が違うだろうが、ボクが言いたいのは、
「話は決まりました。追って連絡させて頂きます」
待て、待て、待て。勝手に話を決めてしまうな。
「部長はそんなに仕事でわたしとペアを組むのがお嫌いですか」
だからこれはプライベートであって、仕事じゃない。初鹿野君は優秀だから一緒に仕事をするのは嬉しいぐらいだが、
「それはこの件の了解と受け取らせて頂きます」
おい、さっさと会計に行くな。まだ話は終わってないぞ。
「ではマスツー楽しみにしております」
待てよ、待ってくれ。あぁ、行っちまいやがった。上手く乗せられたと言うか、嵌められたと言うか。まあ、マスツーをしたかったのは本音ではあるけど、そこに付け込まれて強引に持って行かれたようなものだ。
そりゃ、マスツーしたくても相手がいなかったところに同じ部署に同好の士を見つけたのはわかるが、どうして上司とやりたいんだ。ボクなら避けたいよ。なのに・・・何を考えているのかサッパリわからん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます