3話-6 魔女からの手紙


 結局、すぐに衛生部隊がやってきて、タシスの手当が完了した。

 やはり傷は見た目よりも浅かったようで、命に別状はないようだった。

 秘書の死体は検分されることになり、凶行は『敵国側のスパイであった秘書による犯行』と結論づけられた。


「まさかこのような中枢にまで、イカイかぶれが紛れているとは」


 急いで戻った町長が深い溜息をついた。

 治療後に眠ってしまったタシスを見舞ったアンバーとジィナに、町長が平身低頭する。


「いやあ、私に言われてもね」

「イカイかぶれ……」


 思わず、ふたりは顔を見合わせる。

 なんというか、町長という立場にありながらイカイへの憎しみと差別心を隠そうとも思わない彼の態度が、この状況の一因なようにも思われた。

 敵が居る、というのは心地よいことなのだろう。

 もうすぐ停戦が行われるというのに、町長はどこか所在なさげだった。

 そんな町長が、アンバーにおずおずと手渡してきたものがあった。


「その……あの隣国に処刑された、あのかたのご友人が残していたものです……」

「あー……タシスの?」

「はい」


 町長が頷く。


「それ、本人に渡したほうがいいんじゃない?」

「はい。ただ、私はすぐにでも和平交渉に行かねばなりません。ですから、これをお預けしたいのです」

「ふむ。つまり、秘書に裏切られて、誰が信頼できるかわからなくなった?」

「……お恥ずかしながら」


 町長が俯く。

 そして、付け加えた。


「……あなたは見たところ、連邦の人間でも郵便省の人間でもないようですね」

「おや、人を見る目があるね。さすが町長!」

「ぐ、先程の失態のあとにおっしゃられましても」


 冷や汗をかく町長。

 アンバーはじっと町長を見つめる。

 たちの悪い人間ではないと、思う。

 先程の「イカイかぶれ」云々の発言は、町長個人の性質ではなく、この土地に深く根付いた憎しみによるものなのだろう。

 ……余計に、たちが悪い。


「この手紙は、あるスジを通して届けられたものです。我が街のために命をなげうち、公式文書を待つよう叫んだ彼女が……」

「ん、?」

「ええ、はい。彼女は……ミカエラは、表向は隣国に亡命しているなかでも、連邦への忠誠を忘れぬ模範的な市民でした。この町で働いていた代書屋では看板娘でしたな」


 驚いた。

 タシスの口ぶりから、連邦郵便省所属のスパイだった『友人』とやらはタシスの同性──男性だと思っていた。

 なんというか、ちょっとした偏見だったなと膝をうつ。


「美しく、聡明で……事情を知らぬ市民のなかには、ミカエラが任務のために表向き、隣国に亡命したと知って、彼女を『魔女』だと罵る者もいました」

「……魔女、ね」

「実際、彼女は魔女じみていました……一度でも彼女に会えば、彼女を好かずにはいられない」


 ずい、と町長がアンバーに手紙を押しつける。

 アンバーが何者かを知ってか知らずか。

 タシスの友人──ミカエラという女の残した手紙を、アンバーによこした。


「宛先はタシス局長。ですが、私には……この手紙が、何やら恐ろしい」


 それほどに、魔性を帯びた人間というわけだ。

 アンバーは受け取ってしまった手紙の表書きを眺める。


「……カタラ」


 それが彼女のほんとうの名だった。


「さて、どうしたものかなー」


 アンバーは空を眺める。

 なんとも、すっきりしない幕引きだった。

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