3話-4 魔女の実力



「愚かですね、この馬車を襲うとは」


 アンバーたちを襲撃した一団は、またたく間に制圧された。

 魔女の出番どころか、ジィナの出番すらなかった。


「優秀ってのは嘘じゃないらしいねー」

「当然です。本来、護衛の増援など必要ないのですが」


 一番年下の郵便兵が、じろりとアンバーたちを睨んだ。

 どうやら、嫌われているらしい。

 捕縛されたのは四人。

 いずれも銃──イカイからもたらされた死の兵器を用いる傭兵だった。

 連邦の町と敵対する勢力に雇われたのだろう。

 敵対する街は、イカイの技術を取り入れており──連邦では禁じられている、イカイとの越境貿易を行っている。

 厳重に封鎖されているものの、ふたつのセカイを繋ぐ穴──『ポート』はいまだ存在しているのだ。


「古くさい権威主義の連邦どもが」


 野盗の一人がつばを吐き捨てる。

 ためらいなく、郵便兵は野盗を蹴り飛ばす。


「始末します」


 すらりと短剣を抜いた郵便兵に、アンバーは驚いて声を上げる。


「まって! まってまって、まって!」

「騒がしいぞ」

「騒ぐよ、そりゃ。始末ってそれ、殺すってこと?」

「当然だろう、イカイに染まったクズ野郎だ」


 憎しみを滲ませた口調に、アンバーは絶句した。

 イカイにまつわるものを扱っている者を、人間ではない何かとみなしている──そんな口調だった。

 ジィナがイカイ産の人型自律キカイであることは、彼らに周知されているはずだ。

 それでも、彼らは憎しみを隠そうともしない。


「それはダメだ。殺しちゃいけない」

「……だが、捕縛するにも捕虜にするにもコストがかかる」


 今は街への移動中だ。

 彼らを捕縛して連行する余力はない。


「こいつらが、我々の位置情報を持ち帰れば、任務に支障がでる。それは看過できることではない」

「……じゃあ、『持ち帰らなきゃいい』わけだ?」

「それはどうだが、素人の屁理屈につきあうぎりはない」

「ほい」


 嫌味を無視してアンバーが、郵便兵のナイフの先に指をかざす。

 地面がめり、めり、と音を立てて隆起した。

 土の精を司る魔術・魔法はアンバーの得意とするところだ。


「な、なんだ!」

 

 アンバーが編み上げたのは、土でできた檻だった。

 堅牢で、人の力では砕けない。


「どう? これで、この人たちは『情報を持ち帰る』ことはできないよ」

「ま、魔女め」

「そう。私は魔女」


 アンバーは腰に手を当てて、「うんうん」と頷いた。

 タシスからアンバーとジィナが「魔女とキカイ人形」であると知らされている彼らであっても、実際に魔法を目の当たりにすると顔色が変わる。


「……聞くのと見るのでは、大違いだったかな?」


 ぐうの音も出ない郵便兵たちに、アンバーはにんまりと笑ってみせる。

 あとは話は早かった。


「いいかい、私は魔女だ。かの越境戦役において、イカイの殺戮兵器をなぎ払った人外の力をもつ者──君たちの護送なんて、ちょろいもんだよ」


 立ち上る威圧感に、ぐっと郵便兵が生唾を呑み込む。

 当然の反応だ。

 アンバーはこっそりと、大量の魔力を練っていた。

 それは手練れの兵士であれば、「殺気」として近くすることができるものだ。


「なんせんす。アンバー、仕事仲間を煽らないほうがいいです」

「おっと、失礼。私のボディガードさん」


 圧倒的な実力を見せたアンバーが、細身の少女にしか見えないジィナを「ボディガード」と呼ぶことで、ジィナに対するまなざしも変化する。


「ってことで、行こうか。停戦なんて、はやいほうがいいからね」


 そこからは、つつがなく物事が進んでいった。

 アンバーに急かされて、一行は紛争中の連邦の街へ向かう。

 街をぐるりと取り囲む門の周囲を、敵国の軍勢が包囲している。


(ふうん、この量の銃を揃えるとは……なかなか、きな臭いですこと)


 隣国の軍の装備は、ヒガンのそれではなかった。

 イカイの技術を取り入れるべきだという革新派だというのは、口先の理念だけではないようだ。

 ただし。

 アンバーにとっては、彼らの監視の中を進むことなど容易かった──ただ一行を、魔法で「見えなくしてしまえばいい」。

 郵便兵たちは半信半疑だったが、敵軍のすぐ横を通っても、なんの警戒もされない状況にただただ目を丸くした。

 

「おお……これが待ち望んだ停戦文書……!」


 城門の番兵にはすでに話が通っていたようで、すんなりと町長に目通りが叶う運びとなった。

 感激に打ち震える町長に、タシスはほっと胸をなで下ろしているようだ。


「これで長く続いた悲劇も、決着ですな」

「ほほほ、タシス様。やはり郵便省を立ち上げた一族の英傑です。見事、この文書を運んでくださった」

「いや、私は何も……」


 タシスが俯く。

 長く続く紛争は、街を疲弊させている。

 町長はやつれているし、街の心臓部であるはずの庁舎もどこか埃っぽく、すえた匂いがするようだった。

 それでも、町長は勇ましく声を上げる。


「さあ、狼煙をあげてくれ! 停戦交渉に入る! イカイの技術に溺れた隣国を退けるのだ!」

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