2話-4 ヤミ医者の『孫娘』


 アンバーとジィナはゆっくりと山街を歩いた。

 小さな街だが、外から来た者が腹を満たすための店には事欠かなかった。

 

「はー、食べた食べた」

 

 あちこちで買い食いをしたあげくに、しあげにパンケーキを平らげたアンバーは、ふくれた腹をさすって空を仰いだ。

 それなりに洒落たテラス席から見上げる空は、いつもより近くに感じた。

 

「さすがは山の上」

 

 ほわ、とあくびをするアンバーを、ジィナがじとっと見つめた。

 

「あの山みたいなパンケーキ、よく食べられましたね。あんびりーばぼー」

「もう当分、糖分はいいかなー」

「信用なりませんね。アンバーは食い意地が張りすぎています」

「だーかーら、手紙の魔術は燃費がわるいんだって」

「いつか太りますよ」

「ぐっ」

「まんまるになったアンバーも、ジィナは見てみたいです」

 

 ヒガン製の薄い紅茶をずずっと啜るジィナの頬を、ぎゅっと摘まむ。人工皮膚の弾力。

 アンバーは、ぴしゃりと言った。

 

「魔女は、太らない」

「そうですか」

 

 ジィナがまた一口、紅茶を啜る。

 液体を燃料に変成するための内部機関が損傷していなかったことは、ジィナにとって幸いだった──とグンドウは診断していた。

 ジィナが水分だけで永続的に駆動を続けているのは、その変成機関のおかげだ……と。

 

「よかった、ジィナが無事で」

 

 ぽつり、とアンバーは呟いた。



 ジィナが紅茶を飲みきるのを待って、グンドウの家に戻ることにした。 

 修理が完了するまで、空き部屋に滞在できるそうだ。正直、金銭的にはとても助かる。

 イカイ製品の修理は高額なのだ。

 それはヤミ医者を自称するグンドウであっても例外ではない。というか、グンドウは余計にふっかけるタイプである。

 キカイ調律士は、ヒガンの施政者に雇われている一部の者以外はすべて違法な存在だ。グンドウのように住居を転々とし、隠れるように生きている。

 グンドウの家の近くにくると、何やら家の中が騒がしかった。

 

「え、揉め事かな」

「襲撃というわけではなさそうですが」

 

 アンバーとジィナは息を潜めて、金属製の扉から内部に入った。

 瞬間。

 飛んできた何かの部品が、開いた扉から家の外に吹っ飛んでいった。

 

「わっ」

 

 ジィナが左手でアンバーの襟首を引っ張って、物陰に待避させる。

 その間にも、ガシャンガシャンと音を立てて、何らかの部品が飛び交っている。

 

「おじいちゃんの、分からず屋!」

 

 孫娘が叫ぶ声がした。

 グンドウが応じる。

 

「分かってるから止めてるんですが」

「何それ。私がおじいちゃんと同じ仕事をするの、そんなにダメなわけ?」

 

 もう一度、ガシャン。

 なるほどな、とアンバーは思った。

 

「これ、家族喧嘩ってやつだよ」

 

 ジィナが「ふむ」と唸った。

 廃棄されていた人型自律キカイであるジィナは、たまに妙なところで引っかかる。

 

「家族も喧嘩をするのですか」

「んー。家族だから、喧嘩するんじゃないー?」

 

 アンバーは答える。

 

「家族喧嘩がこじれるて家出とかしちゃったりさ」 

 

 彼女が運ぶ手紙のなかでも、家族喧嘩にまつわるものは多いのだ。

 ジィナが続けて質問した。

 

「家族喧嘩というのはこんなに物を投擲するものなのですか」

「うーん、どうなんだろう。一般的な家族にはうといのだよー」

「ジィナも家族には疎いです。キカイなので」

「お、キカイジョークだ」

 

 アンバーの軽口を無視して、ジィナは動く。

 するりと、隠れていた物陰から躍り出た。



 

「……制圧、完了しました。みっしょんこんぷりーと」



 

 数秒後、グンドウと孫娘はジィナにまとめて組み伏せられていた。

 親子喧嘩の制圧するには、残された左腕一本で十分だった。

 

「こんなことしていいと思ってるの? おじいちゃんの客のくせに」

 

 調律士の孫娘が毒づいた。

 

「ジィナたちが客であることと、家族喧嘩の仲裁に入るべきではないというあなたの要求の間に、論理的な繋がりが見いだせません」

「……だからキカイは嫌い」

「ミュゼ!」

 

 グンドウが孫娘に対して、初めて声を荒らげた。

 ミュゼと呼ばれた孫娘は返事をせずに、ジィナを押しのけて地下室から出て行ってしまった。

 大きく溜息をついて、グンドウが頭を下げた。

 

「みっともないところを見せたな、すまん」

「……ミュゼっていうのが、あの子の名前なんだ?」

 

 アンバーの問いにグンドウは答えずに、ゆっくりと立ち上がった。

 ほとんど色つきのお湯になってしまっている出涸らしの紅茶を淹れて、アンバーたちにすすめてくれる。

 

「……ミュゼはあいつの本当の名前じゃない。俺の実の子の名前だ」

「へえ、実子」

「ほんの赤ん坊のころに死んじまったけどな」

「なるほどねー、それで彼女のことを『娘みたいなもの』って?」

 

 グンドウが頷く。

 珍しいことではない。

 越境戦役と終戦に伴う混乱や飢饉のなかで、真っ先に命を落とすのは弱い者だ。子ども、女、老人、赤ん坊。

 

「あの子、自分の名前もわからなかったのかい。生まれたてで捨てられていた赤ちゃんとか?」

 

 そう言ってから、アンバーは気がついた。

 計算が合わないのだ。

 さっき部屋を飛び出していったグンドウの『孫娘』の年齢は、おおむね十代前半だろう。

 だが、街から町を渡り歩いて暮らす調律士であるグンドウを尋ねたのは初めてではない。何年か前に、アンバーはジィナの調律のためにグンドウに会っている。

 記憶喪失か。

 それとも、意図的に名前を伏せたいのか。

 いや、そうではない。

 

「まさか。人型自律キカイ」

「……そうだ」

 

 グンドウが小さく頷く。


「ミュゼは、あんたの連れと同じキカイ人形だよ」 

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