第5話 しっかり者は生徒会長と話をする
晴河は生徒会室にて、黒磨と
黒磨は何故か嬉しそうな顔をしていた。
晴河はその顔を見て、自分の思考が見透かされている様な気がして、どこか気分が悪かった。
「それで、話とはなんだ、天使?」
もう既に言いたいことは分かっていると言いたげな顔の黒磨に、少し晴河はげんなりとした。本当に、この人はよく見ていると春河は思った。
「僕は、生徒会選挙に出ようと思います」
春河は黒磨の顔を真っ直ぐに見つめてそう言った。
それを聞いた瞬間、黒磨の顔は一瞬固まると、それが解ける様に柔らかい笑みに変わった。
「そうか……ありがとう。お前はやる時はやる奴だと俺は思ってたよ。
去年の秋頃、新体制に変わり、委員会も一新されてメンバーは総入れ替えした。委員長が決まらなかった時に一人だけ手を挙げたのが、一年生だったお前だ。俺はあの時感心したよ。普通はやりたがらない。一年生なら尚更だ。だけどお前は手を挙げた。お前はこれを誇って良い。しかも、仕事は上級生顔負けだ。十分過ぎるくらいの儲け物だよ」
黒磨は肩を竦めながらそう言った。目は細くされているが、正確に春河を射抜いている。だが、穏やかな表情は変わりない。
春河はただただ困惑するばかりで、自分が一体どんな反応をすれば良いのか分からなかった。
「俺が生徒会長になって一番良かった理由の一つは。お前だ。お前という優秀な人材を見つけられた事こそが、俺の生徒会長になる意味だったんだろうな……」
黒磨は眼鏡を外して、ハンカチを取り出し、レンズを磨いた。きれいになったのを確認すると、また掛けた。
そして、春河の顔をチラッと見るなり、破顔した。
「おいおい、混乱に混乱を極めてるな。大丈夫かよ」
「――元はと言えばそっちが変なこと言い出したせいですよ……」
「おっと、それは失礼したな」
茶化すように微笑みかける黒磨に、呆れの苦笑を浮かべながら晴河は言い返した。その反論に、黒磨は慇懃なお辞儀で返した。
そんな先輩に対し、溜息が止まらない晴河だった。
「はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」
「いやそんなに長い溜息初めて見たんだが……」
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」
「悪かったって。もうふざけない、ふざけないから」
二回の長過ぎる溜息に、黒磨は根負けしたかのように謝った。
息を吸い直した晴河はふっと笑った。
「分かったことは、やけに会長が僕を買ってくれていることぐらいでしたね」
「それの何が悪い?」
「いえ、ありがたく頂戴しときます」
堂々とした態度の黒磨に、笑いながら晴河は返した。
黒磨は腕組みをしてそんな晴河に頷いた。
「そうか……天使がなるのなら、安心して任せられるな……」
「いや、あの〜……選挙ありますからね?」
「どうせお前が当選するんだ。普通にやれば良いんだ、普通に」
ほんわり訂正を入れる晴河に、黒磨は援する様に晴河を指差した。
そこまで緊張はしていなかった晴河だったが、少し安心してしまった自分に微妙な気持ちになった。
黒磨は窓から空を見上げて、光に目を細めた。
「いや〜! 気分が良いな! 気持ちよく任せられるぞ!」
「あと半年ありますよ」
「あ〜……」
晴河からの背後から刺すような言葉に、黒磨はなんとも歯切れの悪い返事を返したのだった。
「大丈夫! これぐらいあっという間だ!」
「そうですね。体育祭に文化祭、クラスマッチも一回に夏休みもありますね」
「ぐああっ! 仕事、仕事がぁぁぁっ!」
空元気の様な感じが否めない黒磨に、晴河は一気に現実を突き付けた。そのあまりの仕事量に、黒磨は発狂気味で叫んだのだった。
晴河もそれを手伝うことが決定している為、自分で言ってはおきながら、嫌な顔をするのだった。
窓の外の、空の向こう側は、少し暗くなっていた。
いつもの通り、生徒会の仕事を片付けて、完全下校時刻ギリギリに二人は学校を出た。
「それにしても、この心変わりは何があったんだ? お前はそこまで自分の気持ちを曲げないだろ」
校門で分かれる直前、黒磨は晴河にそう問い掛けた。
夏はまだ先で、この前よりも帰りが遅かったからか、すっかり夜の風合いだった。つい先程まで曇っていた空が晴れたのか、月明かりが増した。
晴河は微笑んだ。
「友達に相談したんですよ。天気雨の日限定の」
「なんだそれ?」
晴河の答えに、黒磨は疑問気に顔を顰めた。そんな黒磨が愉快で、益々晴河の笑みは深くなる。
黒磨の疑問に答えることなく、晴河は続けた。
「そしたら言われたんですよ。『やる気がないって言ってたのに相談する時点で心は決まってるんじゃない?』って」
晴河は楽しげにそう話す。
黒磨はそれを聞いて、声を上げて笑った。
「あっはっはっ! そりゃ良い友達だな! お前をよく分かってるよ!」
「僕もそう思いますよ」
黒磨の言葉に、晴河も頷く。
二人の距離は丁度街灯から街灯までだ。二人を街灯の光が照らす。その二人の顔には、笑みがあった。
黒磨はゆっくりと、話し出した。
「お前は良くも悪くも自分を曲げない。その根幹には人の為に動くという思いがある。俺はそう思ったから、生徒会長をお前に薦めたんだ。やるなら、やれよ」
黒磨は晴河を真っ直ぐ見つめた。
車道を車が通り抜けた。車のライトが晴河を照らし出し、思わず晴河は目を細めた。
「それじゃ、気をつけて帰れよ」
「分かりました」
黒磨はそう言うと、晴河に背を向けながら手を振った。それに晴河は応えて、家路に就いた。
月明かりは晴河を照らす。
そして、晴河もまた、月を照らし返す様に上を向いた笑った。
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