第37話 溜まりすぎた鬱憤


 ※須藤北斗視点



 宮子と二人、並んで帰り道を歩く。

 妙に心寂しく感じるのは、前まで彩花と弥生がいたから。


 彩花とはもう随分と一緒に帰っていないし、弥生は今日は委員会でいないがいつ俺の手から離れても不思議じゃないし……。 

 

 思い出すのは、今日の教室での会話。

 そういえば弥生が好きだった神田ひるま。

 どうやらあの野郎も好きらしく、弥生と楽しそうに話し始めて……。

 

 これはマズいと思った俺は、すぐに最新刊を読んで話しかけに行った。

 話にわざわざ割り込んだ。

 なのに、なのに……まさか全然ついていけねェとは。

 

 つーかあいつらどんだけ好きなんだよ!

 ぶっちゃけ俺は一ミリも面白いと思わなかった。

 そもそも文学とかよくわからねェし。女抱いてた方がよくね?

 それでもこれまでは神田ひるまをダシに弥生と仲良くできてたって言うのにィッ……!!!


 チッ!

 あァークソッ!!!

 思い出すだけでイライラする!!!

 間違えた俺に対する弥生のまなざし、あの言葉!





『ふぅん、そっか~』





 あの目は完全な失望。

 俺に興味が消えかかった目を弥生はしてやがった!

 たったそれだけで⁉ 話についていけなかっただけで⁉

 俺のこと好きなんじゃねェのォ⁉⁉⁉


 あァークソッ! クソクソッ!!!

 なんでこんなことになってんだ!

 雫をクソ野郎に奪われてからすべてが狂ってやがる!!!

 マジでどうなってやがんだ!!!

 

 俺だぞ⁉ 須藤北斗だぞ⁉

 なのにこんな、こんなァ……!!!



「北斗? 顔色悪そうだけど、大丈夫?」



「はっ!」


 ふと宮子に声をかけられ、我に返る。

 今完全に感情に支配されてた。

 何してんだ俺は! まだ宮子の前だって言うのに!!!


「だ、大丈夫」


「なんか最近、北斗調子悪いん? 悩みあんならあたしに相談していいからね?」


「宮子……やっぱり宮子は優しいね。ありがとう」


 俺がいつも通りのイケメンフェイスで爽やかに微笑むと、宮子が頬をほんのり赤らめる。


「っ! う、うん。任せてよ」


 ……よかった。

 まだ宮子は俺のモンで間違いない。

 ひとまず俺の手元にある宮子を大事にしていこう。

 宮子も奪われたら……たまったもんじゃないからな。


 ……でもどうしたものか。

 わからん、わからん……。


 イライラがさらに募ってくる。

 宮子の言う通り、俺は最近気を抜いてしまうことが増えている。

 みんなが憧れる“須藤北斗”じゃなくなる瞬間がある。

 

 その瞬間を他の人に見られたらダメだ。

 この顔だけは、絶対に死守しないと。

 じゃないと俺の立場が、評価が……。


 あァークソッ!!!

 アァアアアアアアアアアアアア!!!!!


 やっぱりムカつくぅううううううう!!!!

 なんで俺様がこんなことで頭を悩まされなきゃいけねェんだよォッ!!!

 おかしいだろ!!!

 つい最近まで俺の欲するものはほとんど俺の手の中にあったのにィッ!!!

 全部全部、俺の望むままだったのにィッ!!!!


 クソッ! クソクソクソクソッ!!!

 クソガァアアアアアアアアアアアア!!!!!










 早歩きで地下室に入る。


「北斗さん! お待ちしており――」



「いいからありったけの女出せ!!!!」



「すでに待機させてます」


 下っ端を押しのけていつもの部屋に入る。

 するとそこには選りすぐりの美女たちが下着姿で座っていた。

 むっちりとした体。大きな胸!

 整った顔! いやらしい太もも!!!



「全員来いッ!!!」



 全然引き連れ、ベッドルームに入る。

 そして美女全員をベッドに並べ、俺は本能のままにむさぼりついた。


「クソがッ!!! クソ野郎がッ!!!!」


 太ももを舐める。

 胸を舐める。

 顔を舐める。

 美女の体の隅々まで、俺のやりたいように舐め尽くす。


「ほ、北斗さんっ!」


「あっ! ちょっ……!」


「んっ! いやっ!!」


 欲望の限りを尽くす。

 すべてのイライラを女にぶつける。

 それでも収まらないこの怒り。

 怒り怒り怒りィッ!!!!



「お前ら全員、俺に奉仕しろォッ!!! 俺を気持ちよくさせろォッ!!!!」



 美女に満たされる。

 支配欲が満たされる。

 美女が俺に寄ってすがる。

 俺を求めている。

 恥じらいながら、俺の体に触れ、舌を使って尽くしてくる。


 そうだ。これが俺のあるべき姿だ。


「アハハハハハハハハハハッ!!!!!」


 俺は心行くまで、成功者にしか味わえない特権的快楽に溺れるのだった。





     ♦ ♦ ♦





 カウンターの内側でグラスを拭く。


 店内にはわらわらとお客さんが増えてきていた。

 というのもほとんどが常連客で顔見知りなのだが。


「りょうちゃん、おつまみおねがーい」


「了解」


 瞳さんがそう言いながらカウンターにだらんと体を預ける。


「疲れたなぁー」


「瞳さん、まだ営業中だよ」


「わかってるけどぉ……りょうちゃんが私にちゅーとかしてくれたら元気出ると思うんだけどなぁ?」


「冗談言う余裕あるなら洗い物手伝ってくれ」


「ちぇー」


 瞳さんが接客に戻っていく。

 すると店の扉が開き、ちりんという音が響いた。


「どうも、こずえさん」


「あら~荒瀧さん! いらっしゃい!」


「良介くんも」


「いらっしゃいませ」


 強面で巨体の荒瀧さんがカウンターに座る。

 この人も常連客で、この店が開店した初期から通ってくれている。

 

 言われるまでもなく、いつも荒瀧さんが飲むウィスキーを出す。


「ありがとな」


 荒瀧さんは軽くグラスを煽ると、感慨深そうな顔で俺を見た。


「それにしても良介くん、お父さんに似てカッコよくなったなぁ」


「ありがとうございます」


「ほんと、アイツを思い出すよ。懐かしいなぁ」


 父さんに似てる、か。

 もう俺もそんな年になってきたか。


「そういえば、最近は大丈夫か? 前にチンピラがこの店乗り込んできたって聞いたけど」


「大丈夫です。一度返り討ちにしたんで」


「あはははっ! さすが良介くんだな。でも気をつけろよ? 最近は金に目ェくらんだ汚い連中とか、大手不動産会社と癒着してる組も出てきてる。早く手を打ちたいところだが……そう簡単にはいかねぇ」


 荒瀧さんが神妙な面持ちでグラスをテーブルに置く。


「もし何かあったらいつでも俺たちを頼ってくれ。この店、そしてアイツには……返せねぇほどの恩があるからな。できることがあったら、なんでも言ってくれ」


「ありがとうございます」


 俺がそう答えると、荒瀧さんは満足そうに頷いてウィスキーを飲み干した。


 いつでも頼っていい、か。

 そんな状況が来なければいいのだが……。


 そのときが来たら、遠慮なく頼らせてもらおう。

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