第24話 敗北のまま終われるかよ


 ※花野井彩花視点。



「今度の休日、俺とデートしない?」


 須藤くんがまっすぐ私を見つめる。

 一瞬頭が真っ白になった。


「で、デート?」


「うん、デート」


「あ、それって宮子ちゃんとか弥生ちゃんとか含めてってことだよね! こないだも勉強会しようって言ってたし……」



「違うよ。二人っきりでって意味さ」



 須藤くんが少し強めに言う。

 

 どういうこと?

 私とデートってそんな……。

 違和感しかない。

 そして今の須藤くんの雰囲気が、全然いつもと違う。


「困惑するよね、そりゃ」


「えっと……」


「正直、リレーで九条に負けちゃって恥ずかしいし、あれだけ大口叩いといて……って自分でも思うんだけど」


「あはは……」


「だから気分転換に出かけたいなってさ。それに……俺、もっと彩花と話してみたいんだ」


 須藤くんが微笑む。

 いつもの爽やかな微笑みが、私にはどこか黒ずんで見えた。

 

「彩花のこと、もっと知りたい。学校だけじゃ知れないことも、色々」


 須藤くんが一歩私の方に踏み出す。

 背筋がぞくっと震える。

 なに、これ。


「もちろん彩花がいいならっていう話なんだけど」


 またさらに一歩近づいてくる。

 そして手を伸ばせば届く距離にまで来ると、私の方に手を差し出して言った。





「俺と、デートしてくれない?」





 須藤くんが笑みを浮かべながら私を見つめる。

 どう答えるべきか、少し迷った。

 それでも私の気持ちは決まっていて。

 考えた結果、私はストレートに答えた。





「……ご、ごめん。デートとかそういうのは……」





 苦笑いを浮かべながら、必死に空気が悪くならないように取り繕う。

 そしてちらりと須藤くんを見ると、信じられないと言った表情で固まっていた。


「……嘘、だろ。俺、断られた?」


「須藤、くん?」


 様子がおかしい。

 いつもの爽やかさやにじみ出た自信、優しさはどこにもない。

 顔に影が落ち、口角は下がりきっている。

 

 私が知ってる須藤くんじゃない。

 怖い。こんな人、私は知らない。

 私が好きだった須藤くんじゃない。


「冗談だよね? 俺とデート行くよね?」


「えっと……ごめん」


「え、え? どういうこと? 俺とデートに行きたくないってこと?」


「行きたくないっていうか……」


 何かこの空気を変えないと。

 必死に和むような話題を探す。


「そ、そう! 宮子ちゃんと弥生ちゃんもいるでしょ? だから二人っきりっていうのはなんか……」


「別にいいでしょ。だって出かけるだけだよ? それだけじゃん」


「そうだけど……」


 やっぱり様子がおかしい。

 誰? 私の目の前にいる人は一体誰なの?


「彩花、俺はお前とデートに行きたいんだよ。な? 彩花も行きたいだろ?」


 口調が違う。

 それにこんな怖い顔してなかった。

 ぎこちない。

 爽やかな表情が歪み、おぞましい何かが顔をのぞかせている。

 怖い、怖い……。


「ご、ごめん」


「……おいおいおいおい。何言ってんだよ。俺がデート行きたいって言ってんだぞ? なら普通来るだろ。だって俺だぞ? なァ?」


「す、須藤くん?」


 須藤がさらに一歩踏み出し、私の肩を右手で摑んだ。



「きゃっ!!!」



 咄嗟に須藤くんの手を払う。

 すると須藤くんはぎこちなさを完全に消し、見たこともないような恐ろしい顔になった。


「……ふざけんなよ。彩花も九条のことが好きなのか?」


「な、何言ってるの?」


「…………そうかよ。ったく、“女”って生き物はつくづくアホだなァ」


「っ!!!」


 目の前にいる人は須藤くんじゃない。

 私の知ってる須藤北斗くんじゃない。


 ……いや、もしかしてこれが須藤くんなの?

 私が知らなかっただけで、これが須藤くんの“裏”の顔なの?

 

「お前みたいな奴はさァ、男に股開いとけばいいんだよ。な? だから大人しく俺の言うこと聞けよ」


「わた、しは……」


「俺のこと好きだよな? ならいいじゃねぇか。デートしようぜ。なァ?」


「ッ!!!!!」


 本能が身の危険を訴えている。

 これはマズい。逃げないと……!

 それか誰かを呼ばないと……!!!


「彩花、これまで特別扱いしてやれなくてごめんな? でもこれからはたっぷり可愛がってやるよ。――たくさんいる特別の中で、だけどなァ?」


 須藤くんが再び私の肩を掴む。

 強い。痛い、痛い……。

 誰か、助けて……!



 九条くんッ……!!!!!





     ♦ ♦ ♦





 ※須藤北斗視点



 頭がカチンときていた。


 ありえねぇ……ありえねぇ!

 俺様のデートの誘いを断るなんて!!!

 当然これまで、女を誘って断られたことなんてほとんどない。

 

 女は俺に服従する。

 すべては俺の思いのまま。

 なのに……こいつッ!!!!


 また九条だ!

 きっと彩花の奴、九条に落ちやがった!!!

 

 最悪の事態だ。

 これを食い止めるために、こっちはデートに誘ったって言うのに……!

 こんな屈辱的なことはない。

 ただでさえこっちは全校生徒の前で負かされて、恥をかいたって言うのにィ!!!


 雫に続いて、彩花まで取られるわけにはいかない。 

 絶対にだ。

 許すわけにはいかない。俺を“拒絶する”なんてことはッ……!!!!



「彩花、これまで特別扱いしてやれなくてごめんな? でもこれからはたっぷり可愛がってやるよ。――たくさんいる特別の中で、だけどなァ?」



 彩花にわからせてやる。

 俺という人間のすごさを。


 あんなつまらない、ゴミみたいな人間より“俺”の方が好きになる価値があるってことをよォ……!!!


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