夏休み(4)

 毎年八月、水上公園では大規模な花火大会が開催される。公園の隣にある貯水池から打ち上げた花火を園内から眺めるという催しだ。

 市内だけでなく近隣の市町村からも多くの人が集まり、家族連れやカップルで大賑わいとなる。

 それは一方で、壮絶な場所取りが行われることを意味している。

 花火大会当日は朝九時の開園と共にレジャーシート片手に園内に流れ込み、その後花火大会開始までの十時間を真夏の日差しに照りつけられながら陣地を確保し続けなければならない。少しでも席を外せば他の客に場所を奪われ、ゲリラ豪雨でも来ようものなら花火大会そのものが中止となって朝からの努力が水の泡となりかねない。

 それでも人々は毎年、少しでもいい位置から花火を観ようと、この苦行に耐えている。

 そして、そうした苦行を経ることなく恵みを得られるのが、水上公園で働く者たちなのだ。

 バイトの特権で花火がよく見える特等席を取ることができる。むしろこの権益を目的に働いている人すらいるぐらいだ。

 僕もまた、この特権を利用して——ということはない。

 そもそも花火大会に興味がない。

 何を好き好んでわざわざ人混みに紛れなければならないというのか。


 八月に入ってからも玉木さんとの実験は続いた。

 誰もいない体育館や校庭で、僕たちは彼女の力を試し続けた。

 玉木さんの能力は更なる成長を遂げ、視界に入る球体であればほとんど不自由なく操れるまでになっていた。

 もちろん、距離や大きさによって制御の精度に幅はあるけれど、それでもバスケットボール程度の大きさであれば自由自在だった。


 あれは花火大会の一週間前、八月十日のことだった。

 いつものように実験を終えて片付けをしていると、玉木さんから突然の問いがあった。


「箱崎は花火大会、行くの?」


 その瞬間、僕の心臓がドキリと音を立てた。目眩にも襲われた。

 玉木さんからそんな質問をされるとは思っていなかった。

 何か言わなければと思ったけれど、蜘蛛の子を散らしたように言葉が見つからなかった。


「箱崎?」


「あ、ごめん。何て?」

 声の震えを押さえながらようやく言った。

「水上公園の花火大会。行く予定あるの?」

「予定は、ないけど」

「ならよかった」

 何が「よかった」の?

「じゃあさ、一つお願いがあるんだけど」 

 何でしょう?

「場所を確保してほしいんだよね」

「場所?」

「花火大会見るための。プールのバイトしてるといい場所取れるんでしょ?」

「ああ」

 話の転がる先が見えた。

「取れるはずだよ。興味ないからどういう風にするかは確認しないとだけど。何人分必要?」

 弟たちと行くのかな、と思いながら訊ねると、

「二人分でお願い」

 数学の苦手な僕でも、この計算はできた。

「わかった。確保しておくよ」


 玉木さんと花火を見上げるであろう「もう一人」については考えないようにしながら僕は言った。

 どうせ僕には関係のない話だ。

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