エドワード(上)
◆
エドワードが自分の手の者たちにイザベラの動向を初め、弟リオンのことを再度調べ直させた際、当然サルム王国にも再び調査の手が及んだ。
もちろん、いきなりリオンとクラウディアの家を訪問したりはしない。
ある程度、遠巻きに様子を伺うつもりだった。
しかし、待てど暮らせどクラウディアもリオンも家から出てこない。
さすがにおかしいと思ったのか、調査隊はリオンの不評を買うことを覚悟して二人の家の扉を開いた。
そこで見たものは──
「リ、リオン殿下……こちらの娘は、うっ!」
調査隊の男の一人は、吐き出すまいと口を押さえた。
彼らが見たものは、二人と一匹の死骸だった。
しかし、その状態は尋常ではない。
特にクラウディアと思われる死体の損傷は非常に激しく、肝が太い調査隊の男たちといえども、直視できないほどの痛々しい姿だった。
──なぜ、このようなことに……あの老人が何か知っているのか?
調査隊は当然、リオンたちがジャハムと呼ばれる老人と交流があったことを知っている。
早速手の者を向かわせると──
「いない? ……いや、これは」
家の中には誰もいなかったが、男たちは目ざとくジャハムの家の前からリオンとクラウディアの家の方へ足跡が伸びていることに気づいた。
足跡を追ってみると、とある場所で複数の足跡が入り乱れ、地面が荒れていた。
そこで争いが起きたことを予想するのは難しくない。
そして、ならず者の一団の雑な仕事を看破することも。
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「このことは急ぎエドワード殿下へ伝えなければならない」
「分かっている。だが、この娘はどうする?」
「平民だが、リオン殿下の思い人だ。一緒に運ぼう……くそ、臭いが酷いな」
「サルム王国では朝が早い。人気がないうちに済ませるぞ」
「猫は?」
「……猫もだ」
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そしてリオンたちは、男たちの手によって運び出され、ホラズム王国へと帰ったのである。
◆
王族が眠る霊廟は王城の裏手、静かな森に囲まれた小高い丘の上に佇んでいる。
リオンとクラウディア、そしてシーラは、王家の霊廟の傍、森の中につくられた小さな墓に葬られた。
リオンを霊廟に葬らなかったのは、王家としての判断ではなく、家族としての判断による。
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『父上、母上。リオンを殺したのは私たちでもあるのです。私たちは王族としてのリオンしか見ようとしなかった。結果的に、それが弟を追い詰めることになったのでしょう。しかし、私は王族として生まれたからには、王族として生きねばならない事も知っています。そして、王族として生きるためには相応の立ち居振る舞いが必要であるという事も。リオンにはそれが出来なかった──だから逃げた。ここまでは良い。ですが……』
『言うな。分かっておる。リオンが王族でなくなったならば、残るものは血よ。我々はリオンを家族として見なければならなかった。儂の過ちじゃ。とんだ愚王であった……』
王妃は鎮痛そうに俯くばかりだ。
『……できる事をしましょう。まずは彼らを手厚く葬るのです。安らかに眠る事が出来る場所へ』
エドワードが言うと、王と王妃は頷いた。
ふと思い出した様に、王妃が言う。
『そういえば、あの子は樹々や花といったものが好きでした。幼い頃は、王族としての教育が始まる前は、よく王宮の植物園に一人で……』
◆
ある日、リオンたちが眠る墓を訪れる者がいた。
リオンの兄、エドワードである。
エドワードは、これまで覚えたことがない奇妙な感情を持て余しつつ、リオンたちが眠る墓を見つめていた。
ふと過日の出来事を思い出す。
それは、エドワードが王立学園に通っていた頃、旧友であった青年が嬉々として見せてきたとある実験のことだ。
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「この石、蒼奇石っていうんだけれど、できるだけ青味が強いものがいいね……えっと、これにこの粉をふりかける……そして、水を注ぐと……」
大きめの硝子の器に入れられた石が、水が注がれた途端に青い火花を散らしはじめた。
火花はエドワードが見ている間にも、ますます勢いを強め、ほんの一瞬、宙空に青い薔薇にも似た何かを形どって消えていく。
「錬金術というやつか」
エドワードは珍しく瞳に興味の色を宿し、青年に尋ねた。
青年は頷き、エドワードにも一度では理解できないような説明を長々とし始める。
それに対して気を悪くする様子もなく、エドワードは「もう一度できるか」と問いかけた。
「それもいいけど、他にも見て欲しいものがあるんだ」
そういうと、青年はエドワードに次々とまるで魔法のような現象を見せていく。
目の前の現象が次にどのように変じていくのか、エドワードは飽きずに青年のやることを見守っていた。
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その時と同じである。
エドワードは強い好奇心を持って、自身の精神の変容を観察していた。
彼の精神の変容──人は例えるならば炎だった。
赤々とした炎が少しずつその色を変えていく。
赤から黄色へ、黄色から白へ、そして白から青へ。
最後には、黒へと。
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