第二章【月編】: 悪の華
◆
殺され方にも格がある。
王侯貴族が処刑される際にしかるべき手順を整えるのは、それだけ貴族という存在の格が高いからである。
然るに、たかが平民の娘一人を殺すのに銘剣は必要ない。
賤しい身分の者は卑しい刃で弑されるべきである──そうイザベラは考えていた。
難易度的にも居場所さえ分かれば簡単な仕事であったし、その居場所にしたところで目途はついている。
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「サルーム王国ね。あの雌猫がサルームの血を引いているなら、きっとあの国に逃げ込むはず。そうよね?」
「はい」
ホドリック伯爵令息が答えた。
イザベラとホドリックは布の一枚も纏っていない。
つまり裸ということだ。
ここはイザベラが用意した特別な屋敷で、二人の不義は概ねここで行われる。
イザベラは跪くホドリックの後頭部を掴み、自身の中心へと強く押し付けた。
ホドリックもイザベラから期待されている通りの行為を行う。
それらが一通り済んだ後、ホドリックは顔をあげてイザベラの顔を見た。
イザベラの形の良い顎がくいと上げられると、ホドリックは口を開く。
「ロミリアという義母の話によれば、あの平民の女の母親はサルーム王国出身の様です。リオン殿下には諸外国との伝手はありません。また、二人がしっかりと旅準備をすることなく出奔したと考えれば、サルーム王国しか選択肢はないでしょう。かの国は外国人も多く受け入れておりますからな」
「それで?」
イザベラが促すと、ホドリックは続けた。
「こちらの手の者を送り込んでおります。といっても、万が一の時の為にお家に連なる者以外で選んでおりますが。勿論、リオン殿下の事は決して傷つけてはならない旨を厳命しました」
「うん、いいわね。私が許せないのはあの雌猫だから。リオンにはちゃんと立場を分かってもらいたいからね。そうそう、彼らが帰ってきたら分かってるわよね?」
「は。話を聞き、首尾を確認した後に処分いたします」
「分かったわ。それじゃあ続きをして頂戴」
薄暗い部屋に、湿った音が響きわたる。
◆
男たちは別に暗殺の名手というわけではなく、ごろつきに毛が生えたような者たちに過ぎなかったが、仕事自体は簡単だった。
特に武芸の心得があるわけでもない女を夜陰に紛れて殺すなんて、文字通り赤子の手をひねるようなものだった。
しかし、単純に見えることほど段取りが占める割合は大きいのだ。
例えば、殺しの仕事のようなものは顕著だった。
単なる殺しと殺しの仕事は似て非なるものである。
前者はただ殺せばいいが、後者は足がついてはならない。
対象をスムーズに殺害し、痕跡を消して逃げ延びる──そうするためには綿密に段取りを組まなくてはならない。
それを怠るとトラブルが起きる。
例えば、近所に住む老人が邪魔をしてきたりとか。
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ジャハムには
だから
ジャハムはしばらくリオンとクラウディアの家に注意を払っていた。
シーラの存在があったからだ。
シーラに
だからいざという時は、自分が悪者になる覚悟を決めていた。たとえそれでリオンやクラウディアから恨まれたとしても、シーラがオジーと同様に変わってしまっていたら──
──儂がシーラのお嬢ちゃんを殺す。
そんなつもりでいたのだ。
そして還って来たシーラは、やはり生前のままとは行かなかった。ただ、オジーのように元の穏やかな性格が一変し、狂ったように暴れまわるといったことはないようだった。やはり時間が重要だったのだ、とジャハムは安堵するが、シーラには今後も注意を払っていくつもりだった。
しかし、そんなジャハムの慎重さが彼にとって仇となる。
ある晩、ジャハムはテラスに置いてある木製のチェアに座って夜酒を嗜みつつ、リオンたちの家を眺めていた。もしシーラが夜抜け出し、何か穏やかならぬ振る舞いを見せたとしたら──
ジャハムは腰に佩いた鉈を見遣る。果たしてそこで見つけたのは、シーラではなく怪しげな男たちであった。身を潜める努力はしているようだったが、素人臭さが抜けていない。遠目からでもジャハムの目には男たちが暴力的な気配をまとっていることが目に取れた。
ジャハムは再び鉈を見て、立ち上がった。
◆
声を潜めても、その暴力的な気配は隠しきれない。
男たちの声は夜陰の中、興奮の色を漂わせつつ交わされていた。
「楽な仕事だったな」
「ああ、首を掻っ切ってやった!」
「殺す前に楽しんでも良かったんじゃないか?あ、あの体ならよ、死んでたって突っ込み甲斐があるってもんだ」
「時間がなかったから仕方ねえよ、それに邪魔も入った」
「あの爺さんか。こんな夜遅くに何をしていたのかねえ」
「クソが!あの爺、俺の指を噛みちぎりやがった!痛ぇ、痛ぇよ……」
「我慢しろ。戻ったら指一本には高すぎるほどの報酬が待ってるんだ」
「ところで死体だけどよ、女の死体は坊ちゃんに見つけさせるようにするんだよな。でも爺さんはあれでよかったのか?」
「さっきも言ったが時間がねえんだ。あれじゃあ野犬か何かに掘り返されちまうだろうが……仕方ねえよ」
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