第1章 デスゲーム【Won/Dead《ウォンデッド》】
第1話 嘘つきオオカミ
極彩色のネオンが網膜を焼く。
喧騒と紫煙が充満する非合法カジノの最奥。
張り詰めた空気の中、その勝負はクライマックスを迎えていた。
緑色の
脂汗がこめかみを伝い、顎先からチップの山へと滴り落ちた。
「いいカードは引けたかしら?」
対面の女が、妖艶に唇を歪める。
豪奢な赤のドレスに身を包んだその女――通称 “タヌキ” は、自身の前に積まれたチップの塔を、細い指先で崩した。
ジャラジャラと、絶望的な音が響く。
「レイズよ!」
心臓が早鐘を打つ。
ここで降りれば負けは確定。
だが、乗れば破滅か、あるいは――。
「コ、コール……!」
声が震える。喉が張り付くようだ。
俺の手札はジャックのスリーカード。決して悪くない。いや、勝負できる手だ!
震える手で、俺も全財産をテーブルの中央へと押しやる。
「あら。貴方、嘘が苦手みたいね」
「なっ……俺は嘘なんかつかねえよ!」
自然と反論の声が上ずる。
今にも泣き出しそうになる気持ちを押し殺し、俺は女を睨みつける。
だが、そんな俺の感情はお見通しとばかりに、女は笑みを深める。
「勝負はもうついたわ。教えてあげる。私、超能力者なの」
女が前髪を掻き上げると、露わになった右目が異様な輝きを放った。
アメジストのごとき、禍々しい紫光。
「紫色の、目!?」
この世界には超能力が存在する。
自然発生的に生まれる超能力者たちは、誰しもが尋常の人間では不可能なことを可能とする特別な力を有している。
超能力者の出現率は10万人に1人ほど。
超能力を有していると国に認められたものは、国の管理下にある施設である “研究所”に所属し、一般人とは隔離された世界で生活するか、超能力の使用を封印され一般人として生活することとなる。
そんな超能力者が、なんで俺の目の前に?
確かにここは、欲望渦巻く裏の世界。
非認可の超能力者が潜んでいたっておかしくはないが、俺は一般人だぞ。
超能力者になんて勝てるわけがない。
くそ、どうして俺は、こんな勝負に乗ったんだ――。
「さあ、ショーダウンよ!」
女は自身のカードを表にし、テーブルに叩きつける。
開示した手札はフルハウス。
スリーカードなんて目じゃない強力な役だ。
女の開示したカードを見た俺は、静かに顔を伏せる。
「私の目はあなたの心を写し取る。見えていたわ。あなたの役はジャックのスリーカード。私の、勝ちよ!」
勝ち誇る女の宣言を聞き、俺は俯いたままゆっくりと自分のカードを表にする。
「嘘……っ!?」
テーブルに並んだのは、スペードの10、J、Q、K、A――ロイヤルストレートフラッシュ。
俺が開示した手札は、ポーカーの最強手だった。
ガタッ、と椅子が倒れる音がした。
「な、なぜよ! 私の目は他人の心を読める特別な力があるの! 貴方の役は確かにスリーカードだったはず」
絶対の自信を砕かれ、女は訳も分からずに狼狽する。
そんな女の動揺を肌に感じながら、俺はゆっくりと顔を上げる。
「くはっ。残念! 俺は嘘つきなんだ」
俺は笑いをこらえきれずに口元を吊り上げる。
ああ、だめだな。
感情を抑えきれないんじゃギャンブラー失格だ。
態度を急変させた俺の様子を前に、女性は愕然とした様子で嗚咽を漏らす。
部屋の奥から黒服を着た屈強な男たちが現れ、俺たちへと近づいてくる。
「
「嫌! 嫌よ! これは絶対に勝てる勝負だった! なのに、なんで私が! こんなのイカサマよ! 絶対におかしいわ!」
黒服の男たちは女の脇を両側から抱え、店の奥へと引っ張っていく。
女は床に爪を食い込ませ抵抗するが、それで男たちが止まることはない。
「待って! 私には難病の娘がいるのよ! ここで私が死んだら娘の命は……」
黒服の男に引きずられながら、女は必死に俺へ向け手を伸ばす。
「それはご愁傷様。こんな危険を伴う大金をかけたギャンブルに参加してるんだ。あんたにだって負けられない理由の1つはあるよな」
「そうなの! 私は死ぬわけにはいかないのよ! だから、助けて……」
「だが、俺の人生には、罪悪感を刺激されるお涙頂戴の三文芝居の記憶はいらねえな」
こいつが俺に何を期待しているかは知らねえが、俺はただのギャンブラーだ。
こうやってカモを見つけて、超能力で相手を騙し、勝利を掠め取る。
ただのクズでしかない。
自分が生きることに精一杯で、他人様を助ける余裕なんてあるわけがないんだ。
勝負はついた。
右手で親指と人差し指だけを立てピストルの形を作ると、人差し指の先を自身のこめかみへと当てる。
「なんたってすぐに忘れちまうんだ」
――バンッ
口ずさむと同時、俺の頭の中で何かが白く弾け、意識が一瞬飛ぶ。
ガクンとうなだれた首を起こすと、やけに視界がクリアだ。
「待って! 助けて!」
なんだか周りが騒がしいが、どうせ過去の俺が何かやったのだろう。
目の前の女が何か泣き叫んでいるが、今の俺には関係ねえ。
「いやああああああああああああ!」
女性の叫び声は俺が建物を出るまで続いていた。
勝ち取ったチップをそばに控えていた黒服の職員に回収させると、悠々と出口へ向かって歩き出す。
「今日の晩飯は何にするか」
豪華なホテルの一室を借り行われていたギャンブルの会場を後にした俺は夜の街へと消えていく。
これが俺、ギャンブラー
定職に就かず、能力未登録。
【
端末に表示された法外な桁数の残高に、思わず頬が緩む。
さて、これでまたしばらく遊んで暮らせるな。
上機嫌で夜道を歩く俺は、ビルの間を抜け、緑の生い茂る公園へと差し掛かったところで異変に気付く。
「おいおい。まじかよ……」
頭上から吹き付ける突風。
緑地公園を通る俺が見上げた空に現れたのは、強力なサーチライトで地面を照らし目の前へと降りてくるヘリコプターだった。
プロペラの風圧を受け、手で顔をかばう。
地面に降り立ったヘリコプターから降りてきたのは、2メートル近い体躯の男たち三人。
彼らは、まっすぐに俺のもとへと近づいてくる。
「【
リーダー格の大男が、灰色のスーツを風にはためかせながら告げる。
その手には、不吉な黒い封筒。
「俺がオオカミロンリかどうかは……記憶にありませんじゃあ、許してくれないよな?」
「オオカミ様には賞金100億円をかけたギャンブルの大会、『
「決定しましたって、俺に拒否権はなしかよ。100億円もの賞金がでる大会か。俺は何を賭けさせられるんだ?」
「当然、それに見合う対価。あなたの命です」
男は、無駄なことには答えず大会のルールを説明してくる。
俺は周囲へ視線を巡らせるが、夜のオフィス街には人一人見当たらず、助けを求められそうにもない。
この辺りに土地勘はなく、まともな手段で男3人を相手にして逃げ切れるとも思えない。
「こんな奴らに目を付けられるとか何をやらかしたんだよ、俺は」
「それではオオカミ様、私たちとともに向かいましょう」
これが全部嘘だったらいいのに。
そんな益体もないことを考えながら、その裏では次の身の振り方を計算する。
「わかったよ。おとなしくついていけばいいんだろ」
俺は、男たちに促されるままヘリコプターへと近づいていく。
右手で親指と人差し指を立て、それを頭まで持ってい――
「ぐはっ!?」
腹部に走る衝撃。
俺は脇に控えていた男のうちの1人に腹を殴られ地面へと転がされる。
「無駄な抵抗はおやめください。あなたが大人しく従っているうちは、私たちは貴方に危害を加えるつもりはありません」
「くそっ。こっちの手の内はお見通しってわけかよ」
こいつらは俺の能力ばかりか、今までほとんど使用したこともない俺の“奥の手”まで把握しているらしい。
この状況で、俺がこの男たちの手から無事に逃げ出せる可能性は、ゼロだ。
「ちっ。分かった。降参だ」
俺は口に溜まった血を吐き捨てながら、立ち上がる。
どうやら倒れた際に、口の中を切ったらしい。
男は俺の言葉を聞き、静かに頷く。
「ご理解いただけたようで何よりです。それではまいりましょうか。私たちの主が待つ豪華客船ヘルメース号へ」
俺に逃げ道は無いらしい。
ズキズキと痛む腹を押さえながら扉から中へと押し込まれると、ヘリコプターは暗闇の空へと静かに浮き上がる。
これからいったい、どんな目にあわされるのか。
俺は、窓から眼下に広がる夜景を眺めながらため息を吐いた。
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