第20話 王都の屋敷

 曇り空の下、馬車は順調に歩みを進め、午後のお茶の時間には屋敷に到着しました。


「これが男爵邸」


「アマリリスの屋敷になるのかぁ」


 馬車から降りた私たちはポカンと立派な屋敷を見上げました。


 二階建ての建物は村でも珍しくはありませんが、ここまで大きな屋敷はありません。


 エリックさまが定宿のようにして使っている、村から一番近い貴族屋敷よりも大きいです。


 しかも、ここは王都。


 相当お高いのではないでしょうか。


 そして私たちの前にいるのは、執事服に身を包んだ初老の男性です。


「こちらの屋敷や領地の管理は全て私が行っています。アマリリスさまのお手を煩わせるようなことはありませんので安心してくださいませ」


 エリックさまは管理人までしっかり手配してくださっているので、私は何もすることはないようです。


 手入れの行き届いた庭を眺めながら屋敷の中に入ります。


 室内はピカピカでお掃除も完璧です。


 ですが、使用人の姿は見当たりません。


 必要な仕事はされているのに、それに携わった労働者の姿は見えない。


 貴族の屋敷においては、これが一番クオリティの高い働き方であることは私も知っています。


 それを実現する人材を揃えるのは、トップの腕前と財力も必要であるのだと知っています。


 目の前にいる執事は、相当の手練れなのでしょう。


 こんな人材をエリックさまは、どこから連れてきたのでしょうか。


 もしかして王城勤めだったのでは? とか考えて頭が痛くなったので止めました。


 エリックさまのすることをいちいち冷静に考えていたらコッチがおかしくなります。


 私は聖女といっても平民。


 男爵位を賜ったところで中身が平民ですから、あまり深く考えると恐れ多くて委縮してしまいます。


 とはいえ、くれるというものは貰っておいた方が良さそうなので、こちらは無料で使える宿くらいの感覚でいようと思います。


 その辺にある花瓶ひとつとっても自分の物だと思うと怖くなってしまうので。


 イジュに至っては、私の横でカチコチになっています。


 ここが自宅になりますよ、と言われたらどうするのでしょうか。


 緊張のあまり早死にするのでは? と心配になるほど、イジュは固くなっています。


 気持ちは分かりますけど。


 目の前を歩く執事が使用人とか、どんな冗談ですか。


 優秀な部下を持つ上司は、こんな気持ちになるのでは? という感情がモンモンと体の中に詰まっていくので考えるのは止めます。


 ここは無料で使える宿だと思っていた方が、気が楽です。


「こちらが奥さま方のお部屋となります。すぐにお茶をお持ちしますので夕食まで、ゆっくりとおくつろぎください」


 執事は美しい礼をとって去っていきました。


 やはり、私たちは同じ部屋を割り当てられたようです。


 夫婦なので、当たり前と言えば当たり前ですが。


「あっ、オレ知っている。続きになってる部屋が奥さま部屋なんだよね? オレは男爵さまの配偶者だから、奥さま部屋を使うよ」


 イジュは元気にそう言って、目当てのドアを開けて入っていきました。


 けれど、奥さま部屋ですからね。


 昨日の宿よりも装飾がファンシーなのではないでしょうか。


 大きく息を呑みながら発する悲鳴みたいな「ヒッ⁈」みたいな声が聞こえてきました。


 私の予想を大きく上回るファンシーさなのでしょうか。


 気になるので、後で私も見に行ってみようと思います。


 執事と入れ替わるようにして入ってきたメイドが、テキパキと美しい所作でアフタヌーンティーの用意をしてくれました。


 この部屋にある白いテーブルは上質でお洒落なものですが、自室用ですから小ぶりです。


 その小さなテーブルの上に、華やかなお菓子の数々と薄いキュウリが挟まったサンドイッチの並んだケーキスタンドが置かれています。


 私はエリックさま好みの華やかでお洒落な椅子に腰を下ろして、メイドが用意してくれた紅茶を飲むことにします。


 一口飲めばわかる茶葉の良さ。


 エリックさまが好まれて飲まれる紅茶と同じものですね。


 この茶葉を選んだのがエリックさまなのか、先ほどの執事なのか。


 考えかけて、途中で止めます。


 どちらにせよ、私は恵まれすぎです。


 エリックさまが私に甘い理由は知っていますが、もうそろそろ抱えている罪悪感を手放されてもよいのではないかと思います。

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