第10話 神殿での祈り
「私は結婚します」
村の神殿で祈りを捧げる前に、私は神へ宣言しました。
まだ初夏も遠い季節。
朝焼けが空を染めながら一日の幕開けを宣言するなか、私は神へ祈る。
クヌギ村は今日も平和で。
明日も、明後日も、一年後の世界も十年後であっても、平和であることを私は願っています。
だけれども、私は白い聖衣とピンク色の髪は失うかもしれない。
この世界を平和を維持する力を失うかもしれない。
だけれども、聖力が込められた石はお金で買うことも可能です。
でも、私とイジュの幸せは、お金で買うことはできません。
私は、二人の幸せに賭けてみることにします。
聖女の資格を失っても後悔しない自信があります。
結婚によって聖女の力を失うかどうかを、事前に断言することはできません。
どの段階で聖力が失われるのかなんて、正確には誰も知らないからです。
統計を取っているわけでもありませんし、デリケートな問題ですから他人に話すようなことでもありません。
聖力を失ったのが結婚式の後なのか、初夜の後なのか。
もしくは出産の後なのか。
そんな生々しい情報、要らないです。
ぼやかしておくのが最適でしょう。
でも、結婚生活のなかのどこかで力を失うのは確かです。
結婚した先輩聖女の方々のピンク色の髪が薄くなっていくのを、何度か見たことがあるから分かります。
私が聖女でなくなることの意味を、村の者たちがどこまで理解しているのか分かりません。
ですが、お金で解消できる問題ですから解決は可能でしょう。
聖女で村を守ることと、私一人でその責任を果たすことの間には大きな隔たりがあります。
ちっぽけな一人の人間が全責任を負うようなことではありません。
「ふふ、今日も来てくれたのね」
今朝も聖力石の上は賑やかです。
サイズはもちろん色も微妙に違う小鳥たちが戯れ、ネズミやリスなど小型の動物たちがその間をちょろちょろと動き回っています。
力を注ぐ者が変わるだけで、聖力石は今後も村を守っていくことでしょう。
それは野生動物たちを癒し、結果として村によい影響を与える力です。
「今後ともよろしくね」
私が話しかけると動物たちは一瞬動きを止め、無邪気な表情でこちらを見てきます。
理解はなくとも協力してくれる彼らとの関係は、変わることがありません。
それを村の人たちがどこまで分かってくれているのか、その点には疑問が残ります。
平和を守るためには、聖女がいるだけでは足りません。
そのことは王都での修行中に教わりました。
無理なく循環させて平和を維持できる便利なシステム、と教師を務めた先輩聖女が笑って教えてくれたことは沢山あります。
聖女の仕事は楽しいし、好きなので出来れば続けたいのですが。
尊重してもらえない状況では難しいでしょうね。
聖力は私が努力で手に入れた力というわけでもありません。
ですから運命が私から奪うと決めたなら、簡単に失くしてしまう力なのでしょう。
だからといって、私が後悔するとは思えません。
私が聖女として祈る時、唯一責任を感じている相手との幸せを築くための結婚だからです。
誰にも文句は言わせません。
ですが……。
村の平和を祈り、イジュとの幸せを願いながらも、心の隅に小さく固まってざわついている不穏な何かを私は感じています。
これが未来への漠然とした不安というものでしょうか?
それとも、これは悪い予感というものなのでしょうか?
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