第25話 秋稲さんのおねだり

「あれ? 秋稲さん? え、何で?」


 休み時間はもちろんHRが終わるまでに特に声をかけられる機会なんてなかったのに、何でこんな時間まで教室にいるんだろうか。


「永井先生にこっぴどく怒られちゃったんだよね?」

「ま、まぁね。だけど俺が悪かったからだし、意外とそんな酷く言われたわけでもなかったから平気っていうか……」

「そうなんだ? でも珍しいよね、幸多くんが居眠りなんて。お昼休み、何かあったの?」


 昼休みに青夏と何かあったことなんて言えるはずないよな。それともすでに妹とやり取りして聞いてる可能性もなくは無いけど、だとしてもって話だし。


 それか、村尾の件が関係して俺を待ってた?


「昼休みは~……え~と」

「……とりあえず、一緒に帰ろ?」

「そ、そうだな」


 友達想いの笹倉だから深い意味は無くて、心配してくれているだけだなきっと。


「お、栗城! 寄り道するなよ? って、笹倉秋稲もいるのか!」


 帰り際、廊下で永井先生とすれ違った。


「永井先生、お疲れ様です」

「そういえば笹倉は栗城と隣近所だったな。とにかく栗城! 明日からもあいつをよろしく頼むぞ~!」

「はい?」

「じゃあな、栗城。それと笹倉も! あははははっ!!」


 意味不明な言葉を俺に投げて、永井先生は高笑いしながら教員室に戻って行った。永井先生と遭遇したのはいいとしても、何で変なことを言い残していなくなるんだよ。


「…………幸多くん」

「は、はい」

「とりあえず、学校を出ようか?」

「そ、そうしよう」


 昇降口でお互いの靴箱を開けるが、流石に帰りは問題が無かった。昼休みに俺が確かめているというのもあるが。


 すでに日も暮れて校舎に留まれないので、笹倉に言われるまま何も言わずに外へ向かうことにした。


 いつもなら俺の隣には青夏がいて適当に話しながら過ごしていたのに、今日は妹ではなく姉の秋稲が隣を歩いている。


 この時点で、多分何か聞いているとしか思えないけどどうだろう。俺から切り出してみるか。


「そういえば秋稲さん。誰も教室に残ってなかったのに、どうして俺を待っていたのか訊いても?」

「……話がしたかったからです」

「あ、うん。だよな……」


 それ以外に待つ理由なんて買い物に付き合ってとか、青夏を探してとかくらいしかないもんな。愚問だったか。


 そうして賑やかな文世ロードに差し掛かったところで、笹倉が俺の正面にきたと思ったら、両手を重ねながらじっと見つめてくる。


 しかも少しだけ上目遣いで。


「……な、何でしょう?」

「あのぅ、実はちょっと……幸多くんにお願いしたい……ことが、あるんです」


 な、なんだ?


 随分と改まってるような言い方だし、まるで甘えてきてるような気が。


「うん?」

「明日、私もお邪魔……してもいいですか?」

「……へ? お邪魔ってどこに?」

「幸多くんがアルバイトしてるところに、です。駄目……かなぁ?」


 何かと思えばバイト先?


 そういや、安原が青夏を誘っていたが妹が誘われたのを知ってるってことだよな。


「それは別にいいけど、秋稲さんが?」

「私だって遊びますよ。千冬ちゃんとたまに行ったりするし、せいちゃん……あっ」


 やっぱりすでに昼休みに何が起きたか知ってるんだな。別に気にしなくていいのに。


「青夏がどうかした?」


 俺はちっとも気にしてないし、あくまで平静を装うだけだ。


「ううん、何も。じゃあ、明日せいちゃんと一緒に遊びに行く予定なので、見かけたらよろしくです!」

「そういうことなら」


 バイト先に笹倉姉妹が来るとか、通常ならサプライズなんだろうけど少しだけやりづらさはあるな。とはいえ、その辺は安原が何とかしてくれるだろ。


 問題はなんだよな。


「じゃ、どこか寄り道して帰ろっか!」


 俺の返事に納得したのか、笹倉は俺の隣に戻らず機嫌良く先の方に歩きだした。商店街でお互い食べる物を買うだけだったが、その後は何事も無く終わった。


 助けてとか言っていた朝の手紙については今日は触れたくないみたいで、終始俺に気を遣ってくれている感じだった。


「ふぅ~……」


 お隣さんと同時に自分の家に入ったところで、ようやく一息ついた。笹倉にあれこれ聞かれることはなかったとはいえ、青夏から何も連絡が無いのは流石に堪える。


 明日笹倉姉妹が遊びにくるといっても、目の前で安原とイチャイチャされたらメンタルがやられてしまう恐れがありそうなんだが。


 何となく気が落ち込んできたところで、通知音が鳴った。


 何だか久しぶりな気もするけどとりあえずスマートフォンの画面を見ると、


「幸多くん、寝ちゃった?」


 ……と、青夏の名前があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る