Okinawa 黒幕

「パリにあるパリレ・ブルーという公園で、桐谷浩の遺体が異常な形で発見されたのが全ての始まりでした」

 吉村が丁寧に話し始めた。

「第1発見者はナスリという大学生。しかし彼はただの目撃者ではなかった。遺体を公園に運んだという自供を始めたんです。そして殺したのはパリ警視庁のモーリス警視だと。カニバリストの彼は桐谷浩の顔の皮膚を食べるという異常行動を起こしましたが、基本的に殺人には手を染めていない。そして新たなことが発覚しました。彼は事件以前にモーリス警視に対してある要求を突きつけていた。先ほどの話と全く同じ。押収した麻薬の横流し。彼自身も麻薬常習者だったんです」

 一同が驚いた表情をしている。

「彼は約1年前に沖縄に来ていた形跡がある。おそらくその時に大舞寺を訪れた。麻薬の横流しもあなたからヒントを得たのではないですか?」

 吉村は美佐江を責めるような表情で見る。

「またこの携帯電話はその時から所持していた。美佐江さん、あなたが渡したんです。契約者名義もあなたの名前。確認済みです。彼はモーリス警視を脅した。その際に使用されたのはこの携帯電話です」

 吉村は言いながらマルセルの手にある携帯電話を指差した。

「この携帯電話からわかったことがもう1つあります。電話帳に登録されている番号ですがモーリス警視とは別にもう1人、意外な人物の連絡先が登録されていました。その人物は全てモーリス警視に桐谷殺しの罪を被せようとした。その人物に今、電話をかけてみましょう」

 お願いします。と吉村はマルセルに合図を出した。全員が固唾を吞んで見守る。

 プルルルルルルルー。プルルルルルルルー。

 携帯の規則的な音が店内に鳴り響き、全員が音の鳴るほうへ視線を集中させた。その先にはメグレ警視がいた。彼のジャケットの内ポケットから着信音が響いている。

 吉村は流暢な発音でメグレに言い放った。


「メグレ警視、ヒロシ・キリタニとモーリス警視を殺害したのはあなたですね」


 吉村の流暢な発音が冷たく、乾いて聞こえたー。

 刹那。メグレが拳銃を引き抜く。反応するかのようにマルセルも構えた。

「おいおい、結構呆気なく認めたな」佐倉がメグレに対して言い放つ。

「全部わかっていたのか?」

「はい。振り返ってみると一度調べ終わったはずのキリタニのパソコンをあなたが取りに来たのもおかしかった。そして突然の捜査中断。今回の日本行きの同行。決定的だったのがその携帯電話を手にした時です。それと…」

 吉村がマルセルに視線を移す。

「これはナスリがここオキナワで1年前に来た時に入手した写真です」

次にマルセルが右手で銃を構えたまま、左手で内ポケットから1枚の写真を取り出した。そこには現金強奪事件の4人組の写真と同じく、ここ大舞寺を背景に親指を立てサムアップポーズの人物が写っている。メグレだ。

「まさかあなたとここオキナワが繋がっているとは思わなかった。説明してください」

 拳銃を握る拳により一層力を入れる。一瞬でも気を抜けばやられる。

「説明は不要だ。それに、あまりこの状況は私にとって好ましくないな」

「私の孫は無事なのか?」

 そこで、それまでずっと黙っていた具志堅知事が口を開いた。

「あなたが真実を公表すれば生かして返すわ」

「…わかった」

 美佐江の言葉に具志堅は目を閉じ、深く一息つくとゆっくりと話し始めた。

「3億円事件については、さっきそこの女の言った通りだ。一つだけを除いてな」

「一つだけ?なんですかそれは」

 仲間が具志堅を見る。

「我々は4人じゃない。そこのメグレを入れて5人だったんだ」

 真栄城が言っていた「勘違い」とはこのことだった。犯行グループは実行犯4人に加えて、あの写真の撮影者である5人目がいた。

「この男、メグレは私たちと共に活動していた。サークルにはあまり顔を出さない幽霊部員のようなものだ。実際に計画の絵を描いたのは私とこいつだ。しかし実行当日、我々の計画に変更が生じた。このメグレが薬物パーティーの現場にいたとして警察に拘束されたんだ」

 具志堅の話を耳にしてマルセルと吉村が驚きの表情を見せる。

「まさかモーリス警視だけではなく、あなたまで?」

 マルセルの言葉にメグレの口角が少し上がる。自分の薬物使用を暴露されても気にしていない様子だ。そしてそれは否定よりも肯定を意味している。

「結局、犯行は残りの人間で実行することになった。最後まで桐谷茂雄は反対したがな。現金強奪は驚くほど呆気なく成功した。本当に驚くほどに。警察と既に話をつけていたのも私たちの実行の後押しとなった。しかし奪った3億円の使い道について意見が別れた。私とメグレは予定通り警察の麻薬の横流しに金を使うことを主張した。真栄城とモーリスはどっちつかず。桐谷だけは寺に隠し通すことを主張したんだ」

「それが大舞寺だな」佐倉が写真を具志堅の前に投げつける。

「そうだ。桐谷は当時交際していたそこの女、美佐江の父が住職を務める寺に金を隠し通すことを主張した。宗教法人なら一度に大金が入っても目をつけられないし、申告の必要も無いからな。互いの主張は平行線のまま。折衷案が金の山分けだ。1人当たり6,000万。奴は6,000万を寺に隠した。だが我々は運命共同体。私たちは警察から麻薬を買い取ると同時にコカインの栽培を始めた。裏切りが出ないよう我々は栽培自体を大舞寺で行うことにした」

「なぜ、運命共同体の桐谷茂雄を見放した?」

「やはり奴は危険分子だった。罪の意識に苛まれたのか、突然全てをマスコミに公表すると言い出した。桐谷は真実の公表を我々にも強要したよ。だが事はもう我々だけの問題じゃない。日本の警察機構も巻き込んでいる。反対した直後に奴は失踪した。このままではいつ彼がマスコミと接触するかわからない。そこで警察と話し合い桐谷の写真をモンタージュ写真で使用し、桐谷の身柄拘束を優先させた」

「そして殺した。恐ろしいね」

 佐倉が口にする。もうそこに知事という立場も威厳も存在しなかった。

「しかし事件から数十年経った現在、想定外のことが起きた。シゲオ・キリタニの息子、ヒロシ・キリタニの出現ですね」吉村がメグレを睨みつける。

「あぁ。それとナスリだ。ヒロシ・キリタニは真実の公表を行うと私たち2人に対して言ってきた。ナスリも1年前、ここオキナワで3億円事件とコカイン栽培の事実を掴んだ。それを公表しない口止めとして麻薬の横流しを要求して来た。クックックッ。全く迷惑で馬鹿な奴らだよ。パリ警視庁の警視2人を敵にして来たわけだからな」

「それであんたはどうしたんだ?」質問するももう佐倉には答えはわかっていた。

「モーリスには『私に全て任せろ』と伝えた。まずはヒロシ・キリタニを殺害した。ナスリにはキリタニ殺害後、麻薬の横流しを約束するかわりに公園にヒロシ・キリタニの遺体を運ぶよう依頼した。これらの事実をモーリスは知らなかった。私は彼に内緒でナスリを味方につけていた。ちなみに奴がカニバリストと言うことも知っていたよ」

「おい、仲間さん、世界中の警察はこんな奴ばっかりか?」

「馬鹿言うな」茶化す佐倉に仲間は厳しい目で反応する。

「後々、ナスリも殺す予定だった。だが何故かあいつは公園に残り目撃者として警察に通報した」

 全員言葉を失った。通訳の吉村もその口が止まっている。異様な空気が店中を充満させ、言葉に出来ない不快感が全員を包んだ。佐倉はマルセルに目をやった。その表情からは現実と向き合おうと必死になっている心情が読み取れる。

「何故、モーリス警視は『自分がキリタニを殺した』と私に虚偽の証言をしたのですか?」

「簡単だ。そう証言しなければ『妻を殺す』と伝えたまでだよ」

 拳銃を構えるマルセルの手が大きく震え出した。怒りだ。引き金に手をかけている。目の前の人間を撃ちたいという感情と撃っては駄目だという感情が入り混じっている。

「マルセル警部!」

 吉村が叫ぶ。

「撃ってはダメです!」

「ふっ。私が憎いか?マルセル。撃ちたければ撃てばいい」

 マルセルの手が更に震える。

「マルセル警部!ダメです!」

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