Okinawa 覚悟

 吉村たちに言われて大人しく待っていられるわけがない。佐倉もすぐに車を降り、中の町へ駆け出した。しかしそこで待っていたのはあまりにも予想外で現実離れした光景だった。

 暴動が起きているー。

 隙間のない群衆の中に飛び込み佐倉は再び走った。知事の街頭演説が行われているのは確か胡屋十字路。ミュージックタウンという商業施設付近だ。

 走れば走るほど熱を感じる。楠国際大学の時と全く同じ感覚だ。あの時と圧倒的に違うのは悲鳴の多さと血の匂い。そして白いジャケットを着た、美佐江が言っていた同志とかいう連中の姿。

 同志の1人が佐倉めがけて火炎瓶を投げてきた。思わず身を伏せる。これでは僅か数百メートル程先のミュージックタウンまでたどり着けそうにない。大きな爆発音が鳴る。と同時にガラスの破片が空から降ってきた。更なる悲鳴が聞こえる。警察や消防はこの状況でやって来ることが出来るのか。

 パン!パン!パン!

 爆発音の次には銃声が聞こえた。誰かがついに発砲した。味方か敵か。爆音、銃声、悲鳴、物騒な音しか耳に入ってこない。

 グッ!

 ふと後ろから首を絞められた。同志の人間が佐倉の背後に襲いかかった。首が締め付けられ、呼吸活動を止められる。

「あっ…あ」

 堕ちる。佐倉は首を締め付けられながら手足を動かし必死の思いで抵抗するが敵わない。

 パン!

 銃声と同時に同志の手から力が抜けた。誰かが同志を撃った?

 見るとそこには驚きの人物が銃を握っていた。杏奈の実母、沙羅だ。

「物騒な事するじゃないか。何で助けた?」

「助けたんじゃない。あなたが邪魔だから確実に殺すためよ」銃口は佐倉に向けられたままだ。

「銃を下ろせ」

「嫌よ」

「あんたたちの目的は真相の公表だろう。それは俺が必ず約束する。だからこんな馬鹿な騒動は終わらせろ」

「復讐も目的の一つよ」

「もう十分だろう。これだけの人間巻き込んでおいて何を言う?」

「動かないで!」佐倉に対し、銃を構える沙羅の手に力が入る。その目は本気だ。

「あんたの旦那は殺された。何をしてもその事実は変わらない」

 沙羅は引き金に手をかけた。賭けに出るしかない。

「あんたの旦那を殺した人間、すぐ近くにいるぜ」

 佐倉の言葉で拳銃を構える沙羅の手が一瞬、力が抜けたのがわかった。

「何言っているの?桐谷を殺したのはパリ警視庁の警視。彼も何者かに殺されたはずよ。でたらめ言わないで」

「死ぬ覚悟でこんな騒動起こしているんだろう。最後に俺の言葉を信じて見るつもりはないか?」

 パン!パン!

 刹那、更に大きな銃声が響いた。同時に佐倉と向かい合った沙羅がゆっくりと崩れ始めた。口から血を吐き出している。

「あ…」

 ドラマのスローモションを見ているような錯覚に陥る。そして沙羅の向こう側には拳銃を構えた美佐江が立っていた。

「おいおい、冗談だろ」

「言ったでしょ。沙羅も杏奈も、そしてもちろん私も死を覚悟の上で行動しているのよ」

「狂ってるな」

「あ…あ…」

 沙羅が息絶えた。目の前で一瞬で人が死んだ。杏奈の時と同様だ。

「息子の浩をパリで殺し、そして昭和52年に夫をも殺した人間。あなたはもうわかっているのね」

「あぁ」

「頭が良いのね、あなた。殺された主人を見ているようだわ」

「犯罪に巻き込まれて殺されるのは勘弁だよ」美佐江は拳銃を下ろし、ゆっくりと告げた。

「会わせてもらおうかしら」

「じゃあその拳銃をよこせ。あんたが持っていると安心して一緒に行動できない」

「…わかったわ」美佐江は佐倉に拳銃を投げ渡す。

「それとこの暴動を止めろ。あと確認したいことがある。俺の推測が当たっているかどうかな」


「ようやく役者が揃ったようだな」

 太田から報告を受けて、佐倉は美佐江と共にリランへ入った。具志堅知事は美佐江を見て驚き、マルセルとメグレは佐倉の姿を確認した瞬間、拳銃を構えた姿勢を崩した。

 パリ警視庁の刑事が拳銃2丁。吉村は休暇中なので所持していないだろう。仲間や比嘉も常に拳銃を携帯しているわけではない。あとは美佐江から預かった佐倉が所持している1丁になる。

 暴動は美佐江の指示のもと沈静化してくれるだろう。だが同志たちは全員クスリを打っている。大人しく検挙されてくれるだろうか。

 佐倉と美佐江、具志堅知事に仲間刑事と比嘉刑事。吉村にマルセルとメグレ警視、太田に愛子。リランの従業員まで顔を揃えていると流石に狭い。窮屈だ。

「愛子、みんなを」

 佐倉が愛子に全員を帰宅させるよう促す。

「おまえ馬鹿か!あんな暴動が起きている中に私たちを出すのかよ」

 奈緒が声を上げる。

「大丈夫だ。そのうち沈静化するよ」

「嫌よ!しかも今日はバレンタインデーよ!稼ぎ時!いっぱいチョコ持ってきたんだから!」

「馬鹿はお前だ。こんな状況の中、客なんか来るかよ。それにここにいたほうが危険だ」

 佐倉の最後の一言が効いたらしい。全員黙り込んだ。

「太田くん、聖奈、お願い」

 愛子が太田と聖奈に従業員全員を店の外に出すよう指示する。真琴や恭子、恵、智子らが素直に指示に従い一列になって出て行く。

 真琴がすれ違う時に「無茶はしないでください」と声をかける。逆に奈緒は「お前、チョコ買い取れよ」と文句を言って出ていった。

 全員が出ていったのを確認すると佐倉は具志堅知事に向き合った。

「さて、はじめまして具志堅知事。この店の送迎係をやっています佐倉と言います」

「ふん」

 具志堅は佐倉の挨拶を無視したが、どこまでその強気な姿勢を保っていられるか見ものだ。

「まずは仲間刑事。知事の孫娘を誘拐して現在監禁している人物。河村杏奈を楠国際大学で殺した人物、そしてこの暴動の首謀者はここにいる桐谷美佐江です」

「なんだと!」

「それともう1人、先ほど河村杏奈の実母、桐谷沙羅も殺しました」

 佐倉の言葉に一同が驚いた表情をしている。しかし当の美佐江は眉ひとつ動かさない。

「否定はされないんですか?」仲間が美佐江に語りかける。

「否定?しないわ」

 あっさりと犯行を認めた美佐江を見て仲間は怒りの表情を見せる。

「貴様、それでも人間か!」

「もう人間らしい感情なんてとっくに捨てた」

 相変わらず低く冷めた声を発する。冷酷な女だ。

「どうですか?具志堅知事。自分を殺そうとしている人間を目の前にした気分は?」

 具志堅の表情は怒りでみるみる紅潮していく。

「美佐江さん、3億円事件のこと話してもらおうか?」

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