Okinawa 対峙
「神に祈ります」
本堂の中ー。沙羅の言葉に佐倉たちは手を合わせた。マルセルとメグレ警視も周りの見よう見まねで手を合わせる。お辞儀を何度か繰り返し甘酒を出された。呑むのは躊躇われたが、こちらの心中を読んだかのように「何も入っていませんよ」と沙羅は低い声で言った。
一通りの作法を終えた後、沙羅が全員と向かい合う。
「どういったご用件でしょうか?普通の参拝ではないようですが」
「とぼけちゃって」
佐倉は最初から挑発的な態度に出た。実の娘が死んでわずか2ヶ月。この表情の裏に潜んでいる闇を引き出すつもりでいた。
「あなたは河村杏奈、いや桐谷杏奈の実の母ですね」
「そうよ」沙羅はその事実を驚くほど呆気なく認めた。
「杏奈を殺したのはあなたですか?」
「どうして?そんなことを知って何になるの?」
「逆にあなたじゃないとすれば、知りたくないですか?娘を殺した人間の正体を」
「これだけは言っておきます。あの子は自分の死を納得しているわ」
「あなたが納得しているの間違いでは?」
横では小声で吉村がマルセルとメグレに通訳している。
「楠国際大学の騒動…。暴動時には火炎瓶が投げ込まれた。あれはあなたの仕業ですか?」
「さっきの質問と一緒ね。答える必要ないわ」
「これ、何の写真かわかりますか?」
佐倉は3億円事件の実行犯たちの写真を取り出した。沙羅が質問に対し、否定しようと惚けようと矢継早に責める準備は出来ている。
「何かしら」
「昭和52年、この沖縄で起きた3億円事件。その実行犯グループの写真です。実はこの写真、ここで撮られたものじゃないかと思うんですよ」
「…」
「何も言えないか。じゃあもう一つ。知事の孫娘の居場所はここだな?」
核心的な言葉を投げつけた。間違いなくここにいるはずだと佐倉は睨んでいた。杏奈が死ぬ間際に誘拐された子のことを「大丈夫」と言っていた。それはここで母の沙羅と祖母が匿っているからだろう。
「…」沙羅は口を閉ざした。が、佐倉は止まらない。
「ここ数日、何名もの人間がこの大舞寺へ出入りしているな」
「それはお寺ですから。参拝客なんて毎日います」
「大量のガソリンタンクを持って、全員の目が血走っている団体の参拝客は日本中探してもここぐらいだよ」
ここ数日、この寺を太田と共に見張っていた。異様さを感じたのは先週のことだ。白いマスクに全員同じ柄のジャケットを着用した集団が寺に入って行くのを目撃した。その数、ざっと50名。特徴的なのはみんな太田ぐらいの年齢で20歳ぐらいと言ったところか。
「あんたたち、何をしようとしている?」
「私がお答えしましょう」
突如、背後から声がした。沙羅と同じく白い法衣を着けた女性が立っている。
「杏奈の祖母、美佐江と言います。ここの住職もさせていただいております」
本命があっさりと姿を現した。爆薬製造の天才。3億円事件の実行犯グループの4人と同年代と考えれば年齢的にも60過ぎぐらいだろう。
「私たちが望むことは2つ。復讐と真実の公表です」
「何が復讐だ。ふざけやがって。もう一度聞く。楠国際大学の暴動はあなた達の仕業だな」
「そうです。我々と我々の同志の者達で起こしたものです」
「何が同志よ!あんな騒動起こして!」
吉村が怒りの声を上げる。しかし美佐江、隣の沙羅も揃って眉一つ動かさない。
「いいこと教えてあげましょう。こっちへいらっしゃい」
佐倉たちは美佐江の案内のもと寺の裏側に通された。そこには鮮やかな緑一面の畑が広がっていた。畑の中に足を踏み入れると、これまで嗅いだようなことのない香りが鼻をつく。よく見ると苗木ポッドが一つ一つ敷地いっぱいに並んでいる。
「ん?もしかしてこの葉…」
吉村が足元の葉を千切りマルセルとメグレに差し出すと、匂いを嗅いだ2人は驚きの表情を見せた。
「どうした?」佐倉が吉村に尋ねる。
「これはコカの葉ですね」
「そうよ」
「あんた、まさかここでコカインの栽培をしていたのか」
佐倉の言葉に美佐江が笑う。
「ええ。もう何十年も前からね。堂々と栽培していたわよ。誰もお寺でコカインを栽培しているなんて夢にも思わないでしょう」
なんてことだ。パリで吉村が冗談交じりで話した大麻寺というネーミングもあながち間違いでは無かったのか。
「どうしてこんなことをしている?」
マルセルがヨシムラを通して疑問をぶつける。
「シンプルなことです。同志を増やすため」
「コカインを打ち込んで大勢の人間をコントロールしているということか?」
「麻薬は便利よ。金も手に入れば人をもコントロール出来る。目的のためなら手段を選ばない私たちにはピッタリの品物だわ」
その言葉に佐倉が反応する。
「何が同志だ。ただクスリ漬けにして、それを餌に廃人を奴隷扱いしているだけだろう」
「その奴隷たちがそろそろ動き出しているところよ」
美佐江の冷たい声に一同が静まり返る。
「午後4時。ちょうどお祭りが始まる頃ね」
「お祭り?」
「あなた、コザ暴動って、ご存知?」
美佐江は口角を上げ、楽しそうな表情で佐倉に尋ねた。
コザ暴動とはリランのある中の町周辺で昔に起きた市民による暴動事件だ。当時、アメリカ軍の実質的支配下にあった沖縄は、日米どちらの憲法も適用されていない無法地帯のような状況にあった。
1970年、9月。県内でアメリカ軍人による轢殺事件が起きた。しかし事件の3ヶ月後、軍法会議では加害者側に証拠不十分として無罪の判決が下され県民はこの判決に大きな怒りを抱えていた。
コザ暴動はそんな情勢の時に起きた。アメリカ軍人が運転する乗用車が、1人の沖縄県民をはねた。軍人は酒を呑んでいた。現代でも見られる光景だが、県内で在沖アメリカ人が事故を起こすと日米両方の警察が出動する。当時、日米の両警察が事故現場を検証している最中に中の町を始め周囲で酒を呑んでいた者たちが集まり、轢殺事件の経緯もあって暴動を起こした。事故とは直接関係のないアメリカ人や、彼らが運転する車も次から次へと横転させ、暴行を加えた。
沖縄市で夜の世界に長いこと身を置いたら、自然と歴史の授業として耳にする事件だ。
「そんな昔の事件がどうした?」
佐倉は美佐江を睨み付ける。だが美佐江はその視線すら愉快といった感じで冷たく笑い続けている。
「ふふ。私、コザ暴動って直接この目で見てみたかったわ」
「何を言っている?」
ヴー、ヴー。その時、佐倉の携帯が鳴った。太田だ。
「佐倉さん!やばいです!」
「どうした?」
「演説会場で爆発がありました!」
「何?」
思わず美佐江を見る。その口元は冷たく小さく笑っていた。
「何を始めるつもりだ?」
「今言ったでしょ。お祭りよ。大学を襲ったのは真栄城への復讐。そして次は具志堅への直接の復讐。早く行かないと彼、具志堅は私たちの同志に殺されるわよ。第2のコザ暴動といったところかしら」
「吉村さん!」
吉村を呼び、急いで車へと駆け出す。何があったのか理解できないままマルセルとメグレも佐倉に続いた。
「ちょっと!誘拐された子供はあの中でしょ?」
「あいつらは子供には手を出さない」
何故かわからないが佐倉には確信があった。復讐が目的で殺すのなら、とっくに殺しているはずだ。今はそれより爆発が起きたという沖縄市へ急がなければ。
爆発。加えて今日は土曜日ー。車は渋滞でなかなか思うように進まず、本来30分で着く距離が一時間近く経っても全く進まなかった。
「太田、現場に警察はいるか?」
「はい。仲間刑事の姿も見えます」
「わかった」佐倉は次に仲間刑事へと電話をした。
「何だ?」
「知事は無事か」
「あぁ。今のところはな」
「機動隊は?」
「それがこの暴動を起こしている連中が一斉に道路を塞いでいるらしい」
「道路を?」
「とにかく知事は大丈夫だ。俺がついて守っている」
通話ボタンを切り、佐倉は吉村達に向き直った。
「どうしたのかね?」マルセルが聞いてくる。
「あの同志とかいう狂った連中が道を塞いで暴動を起こしているらしい」
「何ですって?」
「ここから中の町まで2キロ。この渋滞じゃいつまで経っても進みそうにない。走るしかないな」
「何ということだ…」メグレがつぶやく。
「とにかく俺はここから走っていく」
「ちょっと待って。一般人を危険とわかっている場所に行かせるわけにはいかないわ。あなたはここに残っていなさい」
吉村が佐倉に対し鋭く厳しい表情を見せる。出会って初めてのことだ。横でマルセルとメグレも佐倉に視線を向ける。
ここにいる佐倉以外の3人は、国は違えど警察官だ。一般市民、町の治安を守るのを職務としている彼らの言い分は当然のことだった。しかし佐倉も折れるわけにはいかない。土曜日、リランでは多くの従業員が既に開店の準備をしている。彼女たちも危険だ。
「お姉さんたちのことは任せなさい」
佐倉の心を読んだかのように吉村が笑顔を見せる。
「(行こうか)」
何やらフランス語で小さく呟いたメグレの言葉を合図に、吉村とマルセルたちは佐倉を渋滞の車内に取り残し、沖縄市中の町方面へと駆け出して行った。
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