Paris 休息

「映画の『ニキータ』そのままですね」

 パリ・リヨン駅のレストラン。『ル・トラン・ブルー』でニコラスとヨシムラはひと時の別れの前に一緒にランチをとっていた。バロック調のインテリア、ベルサイユ宮殿を思い起こさせる豪華絢爛なレストラン。一度でいいから行ってみたいと言うヨシムラの要望に応えるような形でマルセルは彼女を連れてきた。

「凄い綺麗です」

 店の中に足を踏み入れた瞬間からヨシムラは店内のありとあらゆる装飾物に目を奪われていた。

「とにかく座って何か頼もう」

「マルセル警部は何度もここで食事されているのですか」

「たまにな。結婚記念日とかそういった日ぐらいだ」

 席に着くとウェイターに牛肉の煮込みと魚のムニエルを注文した。

「さて、ここでしばらく別々になるな」

「はい」

 一連の事件について捜査方針が決定した以上、ヨシムラは一度リヨンのインターポールに戻らなければいけない。その決定にはもちろん個人の気持ちは反映されない。戻るのは必然であり避けられない事だった。だが…。

「本当に日本へ行くのか」

「はい。業務命令上、一度リヨンに戻ってこれまでの捜査報告書を提出して手続きを行い、オキナワへ行こうと思っています」

「そうか。目的はキリタニのメール相手だったマエシロとカワムラいう人物だな」

「はい。しかしマエシロには話を聞けるかはわかりません」

「何故だ?」

「マエシロが学長を務めるカレッジで先日火災が起きました」

「火事?」

「はい。オキナワにいる知人に確認したところ、マエシロはその火事による一酸化炭素中毒で意識不明の重体、入院中とのことです」

「偶然か?」

「いえ、偶然では無いと思います。そして、その火事の際にキリタニの娘も死んだみたいです」

「何だって。逃げ遅れたのか?」

「いえ、騒動の際に何者かに射殺されたみたいです」

「射殺?」

「紛れもなく殺人です。間違いなく一連の事件と何らかの繋がりがあるでしょう。オキナワに行って調べてきます」

「そうだな。突破口がなかなか見えない今、頼りはそこになるな」

「マルセル警部は?」

「あぁ。私もこの件に関して引き続き捜査したい気持ちはあるが、ひとまずは年末のカウントダウンイベントでの警備責任者をやれと言われた」

「エッフェル塔でのイベントですね?」

「そうだ。まぁこれも当然大事な仕事だからな」

 そこで注文していたメニューが運ばれてきた。店員がマルセルに牛肉の煮込みを、ヨシムラの目の前に魚のムニエルをセットする。

「美味しそう!」ヨシムラが料理を見て感激の言葉をあげる。

「さぁ、まずはいっぱい食べて力をつけないとな」

「『腹が減っては戦は出来ない』というやつですね」

「何だね、それは?」

「日本の諺ですよ」

言いながらヨシムラは早速料理を口にした。

「うん!セボン!(美味しい!)」美味しそうに料理を口に次から次へと運ぶヨシムラを見てマルセルもフォークを手に取った。確かにここの料理はクセも無く美味しい。

 マルセルも牛肉を次から次へと口に運んだが、途中で視線を感じた。顔をあげるとヨシムラがずっとこちらの顔を見ている。

「どうした?こっちのほうが食べたくなったか?」

「…」マルセルの言葉に反応せず、無言のままヨシムラは次にマルセルの目の前の皿の上に視線を落とした。

「おい、ヨシムラ女史。いったいどうしたのかね?」

「あの、ちょっと思ったんですけれど…」

「何だ?」

「パリレ・ブルーの事件は、フランス国内だけではなく、世界的にも注目を浴びている事件です。世の中の多くの人が事件の真相を知りたがっています。それにも関わらず、なぜパリ警視庁の上層部は警察機構として動こうとしないのでしょうか?」

「年末に向けてこれから色々と忙しくなる。本来の業務に支障をきたさない配慮ではないか?」

「やっぱりそうですかね…」

「何がそんなに気になるんだ?」

「やっぱり引っかかるんです。例の写真。あの写真を撮ったのは誰なのか?そして裏面に書かれていた〈誰のことも信用するな〉って言葉。モーリス警視はいったい誰のことを信用するなと言いたかったのでしょうか?」

「全く見当がつかない」

「もしかしてあれって私たちが本来信用しているような人物を指しているんじゃないですか?」

「例えばどういった人物かね?」

「警察関係者」

 ヨシムラの言葉にフォークとナイフの動きが止まる。

「警察関係者?まさか…」

「だって保管庫から銃を持ち出したのがモーリス警視っていうのも、あくまで推測の話ですよ。何か証拠があったわけじゃない」

「じゃあ、事件の関係者がまだ警視庁内にいると?」

「有り得る話だと思います」

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