第39話

季節は過ぎ去り、人々は春前の冬の寒さに身を凍えさせていた。



「じゃ、お嬢様の事は任せてよ。」


「……お願いします。」


「はは、そんな不安そーな顔しないでよ。いってらっしゃいループス。」



ペリーに見送られ、私はエヴィルバード公爵家の敷地から出た。





──────────────────────


馬車乗り場を目指し王都内を見回しながら歩く。


この国は訪れた時から変わらず、民の顔は明るく、往来が盛んで活気づいている。



「姉ちゃん、これ全部で銅貨5枚だ!買わなきゃ損だぞ!」


ニィっと歯を見せて品を見せる男に首を振り、私はソヌ国に向かう馬車を探した。



「はぁ……。」


息を吐くと、白い蒸気になってまた消える。


どうしてこんな事になったのだろうか。









────今から1週間前、突然公爵様の執務室へ呼び出された。




「仕事中にすまない、こちらとしても突然の事でね。」


机に肘を付き、頭を抱える公爵様の目の下には、濃い隈が浮かんでいた。


私は怪訝に思いつつも呼び出された内容に首を傾げる。



「私に御用でしょうか。」



私の言葉に口を開いたあと、また閉じる。

それから眉間に皺を寄せ、私に一通の封筒を手渡した。



「……私から話すよりも君が見た方が早いだろう。」


頭を抱えている公爵様の反応を見るに、あまりいい内容では無いのかもしれない。



渡された封筒は上等な紙で出来ており、蝋で閉じられた封には貴族らしき家紋が押されている。


私は既に開かれた封をめくり、中に入った紙を取り出しそこに書かれた内容を読んだ。




『 拝啓 親愛なるエヴィルバード公爵殿


先ずは、突然の連絡に謝らせて欲しい。



本日は、其方の邸で侍女をしているというループスについて頼みがあって筆をとった。


 彼女は我が叔母の下で育ったとはいえ、血のつながりもなく、叔母以外の我が一族は一度も顔を合わせていない。

ゆえに、正式に家の者として迎えるには、私達パトロニウス一家一同と、ソヌの国王陛下への謁見が不可欠になる。


簡易な貴族教育を施し、謁見の準備を整えたうえで、正式登録を済ませる。近々開かれる貴族会合にも同行させるつもりだ。


 事情あって急ぎたい。なるべく早く返答を頼む。


 エヴィルバード公爵家の厚意には、いつも感謝している。


フィル・パトロニウス』




……何だこれは。


理解をしようと急速に回る頭と、何故かギリギリと痛んできた胃。


私は言うまでもなく混乱した。



「……聞いてないぞフェルマー……っ!」


公爵様の前であるというのに髪をグシャリと握る。


聞いていない、こんなもの。


──────私が、貴族?


彼女からの生前の贈り物は、エヴィルバード公爵家で働ける機会だと思っていた。


おかしいと思っていたんだ、あの意地悪ババアがそんな生易しい“贈り物”だけを私に残していくなんて。


手紙の内容を読むに、私がパトロニウス家の家系にもう入っている、ということになる。


あとはそれを正式な書面での記載をする為に必要なものが国王謁見……。



要するに、あのババアは死ぬ前に、出生も不明、身元も不明の私を、ババアのコネで無理矢理パトロニウス家にねじ込み、そのねじ込まれた名前にパトロニウス家一同は扱いに困っているので一旦来いという事だろう。



「……ル、ループス?」



「あの……クソババア……。」



頭の中でフェルマーが腕を平げて『サプラーイズだ、ループス。ハッハッハッ』と嘲っている図が浮かび上がってくる。



フェルマーもきっと分かっている。というか、フェルマー以上に私を分かっている人間など存在しない。


私が貴族になど絶対になりたくない事を。


面倒事はごめんだが、あのババアは意地が悪い。


知らず知らずのうちに、私は渦中に放り込まれてもう逃げられない状態である事は分かっている。





『腹を括れ、ループス。』



息を引き取る直前、私の頬を撫で、フェルマーはそう言った


私はもう死ぬぞ、と。

一人で生きていけ、と。


そう言われているようで、口が乾いて声が出なかった。


私は結局、死ぬ直前の彼女の声に返事が出来なかった。



「どうする?ループス。……まあ、どうすると言っても、行くしか……無いだろう…。」



眉を下げた公爵様に申し訳なさを感じつつ、私は乱れた髪を整え、ふっと息を吐いた。



「……良い機会です、行ってまいります。」



墓石になったフェルマーに文句のひとつでも言ってやる。


もう、私に出来る事はパトロニウス家の意向に従う事くらいだしな……。




──────────────────────



そんな経緯があり、私はエヴィルバード公爵邸からソヌ国に国境を跨ぎ、パトロニウス家に向かう事となった。



「……はぁ。」


馬車に乗り込み、私は荷台に背を預けて息を吐く。


パトロニウス家の事は、もう考えても仕方がない。

懸念点は別にあるのだ。


リビア様に今回出掛ける内容を言っていないのだ。


リビア様が学園に通うまであと1ヶ月もない。

きっと私はそれまでに帰れない。


公爵様と話をした末に出た結論は、リビア様にはこのことを言わない方が良いというものだった。


言ってしまえば、また学園に行く行かない論争が起きてしまうと公爵様が唸っていた。


学園には1人ずつ、護衛と侍女を連れて行ける。

きっとリビア様は侍女として私を連れて行くつもりのはずだ。


それなのに言ってしまえば、安易に想像出来る。


『ループスが来ないなら私も行かないわよ。』というリビア様のお顔が。



…申し訳ございませんリビア様……。


私は馬車の中、心のモヤを吐き出すようにため息を吐いた。









──────────────────────


「ソヌ……久しいな。」


タスマリアよりもずっと乾燥していて、凍えるような風に目を細める。


馬車に乗って1日と半分程、私はやっと国境を越えてソヌへやってきた。


大通りには松と呼ばれる木が道を挟むように生えている。

大木と言っても過言では無いまでに育ったそれは、横に伸びる松の木の特性を上手く抑え込む庭師の力あってこそのものだろう。





「……!」


揺れる松の葉を眺めていた時、突然視線を感じた。

その方向を見ても誰もおらず、気配すらも感じない



「……?」


風を視線と見紛っただけか?


後ろ髪を引かれるが、私は目的のパトロニウス家へと足を進めた。



ソヌの特産は果物だ。今この時期は蜜柑が甘くて美味い。

街ゆく端に麻布を敷いて民芸品や蜜柑、野菜やその他食品が売られている。


静かで無口な国民性の為か、客引きはあまり見られないが、逆にそれが商品を見やすい空気感を作り上げているようだ。


時々足を止める旅の者を横目に、私はパトロニウス伯爵邸へと足を進めた。









「……ここ、か。」



歩いている内に天気が変わり、振り落ちる雪が頬を掠める。


目の前には年月が長くたっているであろう、趣のある立派な屋敷がそびえ立っている。


さて、門番も居ない、使用人も見えないし、この家の者やそれらしき人物も見当たらない。


どうするか考えていると、後ろから声がかかった。



「来たか。」


先程から長く後をついてまわっていた人物が、やっとその身を現したようだ。



「……白々しいな。国境に入った時から付け回していた……だ…………。」


振り向きその人物を見た途端、私は驚いて声が出なかった。



「……ふん、お前がループスか。」



男版、若きフェルマー。


そんな馬鹿みたいな感想だけがポッとでてきた。


笑った時の目尻の下がり、薄い唇に、わざとらしく引き上がる口角。

特徴的な高い鼻は、少しだけ弧を描き、俗に言う鷲鼻だ。



……そっくりだ。



「……。」


「呆けてどうした。……はは、そうか、俺は叔母殿の顔に良く似ているだろう。故人でも見た気分か?」



固まった私の顔を見て、意地悪な笑みをこぼした男は、正真正銘、聞かなくともわかる。



「……パトロニウス伯爵様ですね。」



私がそう言うと、伯爵様は眉をくいっと上げた。



「まあ、入れ。叔母殿は、面倒なもんを残していきやがった。」


余り気のこもらぬ声でそんな言葉を吐いてから、門を開いて屋敷の中へと入って行った。


私は術もなく、ただ小鴨のようにその後をついて行くしか出来ない。


ただ居心地の悪さを感じながら、これから訪れるであろう特大の面倒ごとに、徐々に頭が痛くなっていた。





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